フォーカス
交錯する都市社会と芸術表現──新局面を迎えたナイロビ現代アート
西尾美也/西尾咲子
2012年03月01日号
「Grassroots upgraded」展──画一的なスラムのイメージを批判
ひとつめは、年明け早々から4月半ばまで国立のナイロビ・ギャラリーで開催されている「Grassroots upgraded」展。ナイロビ中心部を占める巨大なスラムとして有名なマザレ地区を拠点とするメディア集団Slum-TVによる個展だ。Slum-TVは、2007年に地元の若者で組織され、当地区の急速に変わりゆく生活についてのドキュメンタリー映像と、ドラマやコメディなどの娯楽映像を制作している。そして独自の自己表象といえる映像を、コミュニティ内の公共空間での上映会や世界に向けたネット配信で発信してきた。スラムというと「暴力的で」「悲惨で」「病的な」救済の対象として、単純なメッセージを訴えるための表象が外部者により繰り返されてきた。ステレオタイプで権力的なイメージ形成のあり方に、Slum-TVは挑む。内側からの視点によってイメージに複層性を加えることで、イメージ創造の「民主化」に取り組んでいる。
本展のために、ロシア製LOMOカメラを用いて、マザレを含むナイロビ東部地区の活気ある都市生活が撮影された。七つの部屋と踊り場、廊下からなる展示空間に、100枚超の写真と過去のドキュメンタリー映像が並ぶ。LOMOカメラはトイカメラの一種で、撮影時の露出が無規則な偶然性に左右され、ぼやけたり、魚眼レンズのような歪みが生じることもある。撮影者の意図を裏切る不完全なメディアを使うことで、無意識のステレオタイプを超えるオルタナティブなイメージの生成を狙う。
スラムとよばれるインフォーマルな居住空間は、救済や開発を必要とする哀れな対象としてだけでなく、日々を生き抜くためにブリコラージュやDIYが当たり前の日常性は、豊富な創造性やインスピレーションの源としてアーティストたちに認識され始めている。スラム拠点のアート活動が活性化していることも、ナイロビのアートシーンを象徴する一面である。
スラムの独立系メディア集団を国立ギャラリーで紹介するという意欲的な本展を総合的にプロデュースしたのはGoethe-Institutだ。当団体はドイツの文化機関で、世界各地に拠点を設けて文化教育活動を行なっている。ナイロビでは1963年に設立されて以来、ケニアのアートシーンにおいてもっとも精力的に催しやアートプロジェクトを実施している。とりわけここ数年のユニークな取り組みは特筆すべきで、ドイツ文化の紹介におわらず、地元アーティストたちとのコラボレーションや長期的プロジェクトを介して、ケニアの芸術活動の育成や国際的発信に努めている。
Grassroots Upgraded
「OUR BODIES, OUR STORIES」展──アートによって発せられる「声」
次に、昨年10月にナイロビ国立博物館で開催された「OUR BODIES, OUR STORIES」展。ケニアのHIV感染者たちが描く等身大のポートレート作品20点が展示された。これらは、2005年から各地で行なわれてきたアートセラピーのワークショップ「Body Mapping」をとおして制作されたものである。参加者は、文字どおり自分の身体を紙の上にトレースし、色や言葉、記号などを用いて絵画を構成する。特別な描画技法は必要とされず、自分の身体や経験、記憶そのものが素材となることで、患者が回復の源としての身体を再発見する機会になる。
各作品のキャプションには、HIV感染の発覚から家族や友人との人間関係の変化まで個別のストーリーが記されているのに加えて、ワークショップの感想などについて制作者の言葉が添えられている。身体をトレースする作業が夫婦やペアで行なわれることに象徴されるように、ワークショップの過程では、また完成された作品を通してもそうなのだが、患者は相手と対話することで社会的汚名から自らを解放する。さらに、展示を見る第三者は、患者の等身大の表象とストーリーを前にして、幸せや権利、健康、病、社会的偏見、共生のあり方などについて考えを巡らさずにはいられない。
日本ではHIV感染は稀な病気という印象があるが、世界の感染者数の3分の2を有するサハラ以南アフリカに位置するケニアでは、ごく身近で日常的なものといえる。しかし一方で、感染者に対する差別や偏見はケニア社会に根強く残っている。この取組みにおいて、アートは社会的に疎外された人々が声を発するひとつの方法であり、参加者と観客がともに問題を共有して、生きるという創造性に希望を見出すことを可能にする。
「Body Mapping」ワークショップの様子