フォーカス
交錯する都市社会と芸術表現──新局面を迎えたナイロビ現代アート
西尾美也/西尾咲子
2012年03月01日号
「Kenya Burning」展──民族対立を記録する報道写真
最後に、大統領選挙が行なわれる予定の今年に着目したいのが、1月末から3月末までThe GoDown Arts Cnetreで開催中の「Kenya Burning」展。2007年末から2008年にかけて大統領選挙後に起こった暴動の際に同アートセンターが企画実施した展覧会の復刻版だ。当時、大統領選の投票結果をめぐりエスカレートした民族対立により、ケニアは1,500名を超える死者と50万人以上の国内避難民をだした。選挙期間中から内戦にわたり、ケニア各地でアマチュアもプロも含めた報道写真家たちが精力的に記録を撮り続けた。
本展では9名の写真家による多数の写真と、キャプションの代わりとして新聞記事が時系列で展示されている。投票を待つ長蛇の列や、投票を終えた証の紫色のインクに染まった指、無惨に切断され焼かれた身体、荒れた道路の真ん中で平和を叫んで立ち尽くす女性。この悲劇を忘れないために、また二度と繰り返さないようにという強い願いが、当時もいまも本展に込められている。
The GoDown Arts Centreは、積年の国による文化政策の不毛と外国機関による文化支援への依存にさらされてきたケニア人アーティストたちの切望によって、2003年に設立されたアートセンターである。立ち上げから現在にいたるまで、フォード財団の財政的支援を受けているものの、企画運営主体は自らがアーティストやパフォーマーでもあるケニア人が中心だ。旧車両修理工場をリノベーションした建物が拠点で、中央にある舞台と展示のための巨大な施設を、20を超えるアーティストスタジオやアート団体の事務所が取り囲む。絵画や彫刻などのビジュアルアートのみならず、パフォーマンスや音楽、ウェブ制作など幅広い表現活動が活発に行なわれている。
Kenya Burning
「交わり」から生まれるアートシーン
上記の展覧会から読み取れる傾向として、アーティスト自身がアートの持つ社会的効用を自覚しており、社会変革の重要な方法論のひとつとしていること、またその潮流は今世紀に入って活発化しておりナイロビ現代アートの新局面といえることが挙げられる。アフリカで活動するアーティストには、自身がキュレーターや批評家、社会的プロジェクトのコーディネーターとしても活躍している者が少なくない。これら三つの展覧会を組織したキュレーターたちも、作家活動を行なうアーティストであり、プロジェクトの企画自体が自身の作品の延長線上にあるともいえる。
このような人材には、欧米出身者や留学経験者が目立つが、そのことを欧米主導型と非難するのは陳腐な発想である。なぜなら、ナイロビという都市は、そもそもの始まりから、イギリス人の主導のもと多様な文化的背景を持つ外部者が集まり、鉄道敷設工事の中継基地として100年ほどかけてつくりあげてきたという経緯があり、誰もが、一時的な滞在者、ここではないどこかを故郷とする者としての意識を強く持っている場所である。人を出生地や人種などわかりやすい基準で隔てて「地元民」と「外部者」を対立させるのではなく、交わり影響し合う関係から生成するナイロビの現代アートに今後も注目していきたいし、自らも関わっていきたいと思う。