フォーカス

キース・ヘリング回顧展「The Political Line*」

栗栖智美

2013年06月01日号

 ネオンカラーにケミカルウォッシュのジーンズ、黒縁メガネなど、懐かしくも照れくさい80年代アイテムが最近パリのファッションを席巻している。あの頃を知らない若者にはこの大胆なデザインがクールに移るのだろう。そんな80年代リバイバルはこの春パリのアート界でも話題に。80年代アートの象徴、キース・ヘリング回顧展に行って来た。

込められた政治的メッセージ


Untitled, 1982
Collection de Sheikha Salama bint Hamdan Al Nahyan, Abou Dabi. Emirats Arabes Unis
Peinture vinylique sur bâche vinyle
365,7 x 375,9 cm
© Keith Haring Foundation


 「The Political Line*」と題されたキース・ヘリング回顧展。国家権力vs個人、消費社会、公共スペース、宗教、マスメディア、レイシズム、核戦争への脅威、AIDSと死というテーマ別に構成された本展は、ポップでキッチュというイメージが先行してあまり好きになれなかった私のキース・ヘリング観を払拭してくれた。
 確かにハイハイベイビー、犬、踊る人といったお馴染みのモチーフ、まばゆい原色、リズミカルな線がどの作品においても支配的であるが、同時に彼が理想としていた世界像が浮かび上がってくる展示法であった。世界中から集められた作品を通して、彼の描く線の魅力と、込められた政治的メッセージを読み解く興味深い展覧会である。
 80年代直前に彼はNYにやってくる。ジャン・デュビュッフェのような抽象的な形と絵の具の滴りが混在する荒削りな作品が最初の展示室で紹介される。アートスクールでヴィデオ、パフォーマンス、コラージュといった最先端テクニックを学ぶ傍ら、夜ごとクラブでパフォーマーやグラフィティ・アーティストと親交を深めていた。黒人カルチャーにどっぷり浸かっていながら、当時まだ白人男性のものであったアートを学んでいたことに注目したい。彼の個展のオープニングは黒人の友人たちが大挙して訪れ、閉鎖的だったアート業界の人々を驚かせたというエピソードが象徴的だ。
 その後、メトロの広告スペース(契約切れの広告には黒い紙が貼られていた)に白いチョークで絵を描いて話題となる。まるで彼の広告であるかのように、あちこちに彼の絵が「展示」された。毎日通勤で利用する何万人という大衆、きっとアートスペースに足を運ぶ習慣のない人々の日常生活にアートを忍び込ませたのだ。それこそが彼にとってのアートのあるべき姿だった。
 クラブの壁画、タイムズスクエアの電光掲示板、ギャラリーでの個展、海外のアートフェスティバルへの参加、美術館での展示、POP SHOPと名付けられたショップのオープン、ベルリンの壁へのペインティング……彼はたった数年で時代の寵児となる。

  • キース・ヘリング回顧展「The Political Line*」