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ヴェルサイユ宮殿 恒例現代美術展「ペノーネ ヴェルサイユ(Penone Versailles)」

栗栖智美

2013年11月01日号

 2013年は造園家アンドレ・ル・ノートルが生誕して400年の記念すべき年。彼の作品のなかでも最も有名な庭園のあるヴェルサイユ宮殿ではさまざまなイベントが行なわれている。今回はこの庭園と毎年恒例となった現代美術展「Penone Versailles」をご紹介しよう。

フランス式庭園の最高峰、ヴェルサイユ宮殿庭園


ヴェルサイユ宮殿庭園(アンドレ・ル・ノートル設計、2009年撮影)


 アンドレ・ル・ノートルが生きた17世紀、フランスは絶対王政の最盛期を迎えていた。フォンテーヌブロー城、ヴォー=ル=ヴィコント城の庭園を手がけその才能を認められたル・ノートルは、ルイ14世の依頼でヴェルサイユ宮殿の庭園の設計に着手する。ほぼ同時期にシャンティイ城、サン=ジェルマン=アン=レー城、チュイルリー庭園、サン=クルー城、パレ・ロワイヤル、ソー庭園、そしてムードンの庭園をつくり上げた彼の造園様式はフランス式庭園様式と呼ばれ、17世紀の最も有名な造園家として名を馳せた。
 フランス式庭園様式とは、まず城館を中心として一本の軸を設定し、シンメトリーに花壇や芝生を配置する。放射状に小径を通し、高低差をつけたり、球体や円錐などの形に剪定した木を植樹したり、大理石の彫像を配置、幾何学模様に整えた花壇に色とりどりの植物を植える。また、運河を人工的につくり上げ、装飾的なフォルムの池やギリシャ・ローマ様式の彫刻を配した豪華な噴水などがところどころに配置される。木の枝の先端に至るまで緻密に計算しつくされ、均整のとれた壮麗なデザインで見るものを感嘆させる。この造園には、自然をも支配する為政者の絶大な権力を誇示するための威厳に満ちたプランと、それを維持するための自然への深い造詣と管理技術が求められる。
 太陽王ルイ14世がつくらせたヴェルサイユ宮殿はまさにフランス式庭園の最高峰であり、それは4世紀を経たいまでも変わらない。具体的な数字を挙げれば、800ヘクタールの敷地に20万本の木が植えられ、毎年21万本の花が新たに宮殿を彩る。50の泉と620の噴水口、23ヘクタールの大水路(宮殿から運河の先まで歩いて1時間かかる)がつくられている。ルイ14世は、寝室や鏡の回廊から、太陽に輝く美しい幾何学模様の植物と、神話の神々が戯れる泉水や、世界の果てまで広がるような大運河に己の絶大な権力と栄光を見て満足していたに違いない。

宮殿に寄り添う室内作品

 今年の夏から秋にかけて、ヴェルサイユ宮殿を訪れた人は、ル・ノートルの描いた緑の絵画の中に異質なものを見出すだろう。2008年のジェフ・クーンズ展を皮切りに、毎年開催されている現代アートの企画展だ。2010年の村上隆展の際には、フランスだけでなく世界中の観光客の多くを混乱させ、抗議運動にまで発展したのは記憶に新しい。2011年に当館長だったジャン=ジャック・アラゴンが定年退職し、サルコジ元大統領の政治顧問だったカトリーヌ・ペガールが後を引き継いだ。その影響か、近年の展示は宮殿と現代美術作品のギャップを楽しむセンセーショナルな展示ではなく、豪奢な宮殿のたたずまいに寄り添うような平和路線の展示に移行していると感じる。それは単に私たち鑑賞者の方に免疫がついたからかもしれないのだが。
 今年の招聘作家はアルテ・ポーヴェラの代表的作家であるジュゼッペ・ペノーネ。60年代から自然をモチーフに作品を発表し続けているイタリア人彫刻家である。ル・ノートルへのオマージュを捧げる展示として、まさにふさわしいアーティストだ。
 宮殿内には3つの作品が展示されている。ヒマラヤスギの幹の中央に、その木の若かりし頃の細い幹と華奢な枝が掘り出されている《ALBERO PORTA-CEDRO》、お茶の葉で壁一面を埋め尽くし、壁面から木の枝が生えている《RESPIRARE L'OMBRA-FOGLIE DI TE》、そしてブロンズの葉で巨大な鳥を形づくり、金色の肺を前面にぶらさげた作品。これらは、過去の現代美術展示が鏡の回廊や王の居室を占拠していたのとは異なり、階段脇や居室の一番端の部屋にひっそりと置かれていた。それゆえ、これらの作品に気づかない人が多いのが残念でならない。


《Respirare l’ombra-Foglie di te》2013、金属製の柵、ブロンズ、茶葉


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