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モビリエ・ナショナル:Les Gobelins au siècle des Lumières──Un âge d’or de la Manufacture royale展/Carte Blanche à Pierre et Gilles展

栗栖智美

2014年05月01日号

 フランス・パリにある、ゴブラン織ギャラリー(Galerie des Goblins)では、この春から、2つの展示が同時開催されている。ひとつは、ギャラリーを運営する「モビリエ・ナショナル」(フランス国有動産管理局)のゴブラン織のコレクション展。もうひとつは現代アートのインスタレーション展だ。この、一見無関係そうな2つの展示を成立させている背景には、いったい何があるのだろうか。「モビリエ・ナショナル」の歴史をふりかえりながら、考えてみたい。


両展示の共同ポスター


モビリエ・ナショナル──進化し続ける王立工房

 メトロ7番線のレ・ゴブラン駅の名前は、世界的に有名なゴブラン織に由来している。縦糸が見えないつづれ織りの技法をゴブラン織と呼び、ヨーロッパの王侯貴族に好まれ生産されてきた歴史をもつ。
 当地は、15世紀中ごろにゴブラン一家が移り住み、染色工場で財を成したことに始まる。ゴブランの製作所は、ここにかつて流れていた川を利用して、豊富な色彩に染め上げた糸を用い、美しい織物をつくり続けていた。
 17世紀初頭、アンリ4世がフランドルから職人を招き、この工場で宮廷用のタピスリーの生産を始める。その後のルイ14世治下、当工場は王立家具工場の一部となり、宮廷画家シャルル・ルブランの監督下で運営された。ちなみに王立家具工場とは、家具調度品やテキスタイルの在庫管理をするギャルド・ムーブルと、製作部門であるマニファクチュールの二つの機関からなり、当時の王侯貴族の邸宅を飾る家具やテキスタイルを一手に担っていた。
 1937年、ギャルド・ムーブルとマニファクチュールがこのゴブランの地に移りモビリエ・ナショナル(フランス国有動産管理局)として統合され、フランス文化省の一機関となった。モビリエ・ナショナルの使命は、大統領官邸や各国のフランス大使館などの公邸を彩る家具調度品やテキスタイルを製作すること、国の要人が外交先に贈るプレゼントを製作することなどである。4世紀もの歴史のなかで、このミッションが変わっていないことに驚かずにはいられない。そのほか、ここで製作され、さまざまな場所にコレクションされている家具やテキスタイルの管理、修復、保存と、未来の職人の養成や研究書の出版などが行なわれている。


ゴブラン織工房でのタピスリーの製作風景(著者撮影)


 タピスリーや絨毯に関しては、ゴブラン織、ボーヴェ織、サヴォヌリー織の三つの製作所がこの地に集結しており、家具調度品に関しては、木工細工師、高級家具師、彫金細工師、ガラスやブロンズ細工師など専門の職人が研究製作工房のアトリエで、製作や修復にあたっている。
 また、併設されている養成学校では、16歳から23歳までの若者が4年間の教育課程で技法を学んでおり、優秀な成績を修めると、この工房で働くことができるそうだ。しかし最近では国家予算も削減され、なかなか空きがないことから、ここに就職できる若者は年々減っているらしい。


サヴォヌリー織物工房での絨毯の製作風景(Copyright: Vincent Leroux)


 この、家具やテキスタイルを製作するという最大のミッションに関して特筆すべきなのは、われわれがイメージするようなバロックやロココ様式の豪華な家具やテキスタイルをつくっているのではない、ということ。実は、ここで現在つくられているのは、現代アーティストによるコンテンポラリーなものなのである。文化省やモビリエ・ナショナルの有識者で構成された審査員によって、年に2回コンクールが行なわれている。公募された国内外の(国籍不問)現代アーティストの下絵が選ばれると、それがタピスリーとして織られたり、家具として製作されるのだ。海外の要人が訪れる大統領官邸や、フランス国家の窓口となる世界中の大使館公邸を飾るのは、伝統や過去の栄光ではなく、21世紀を表現したコンテンポラリー・アートなのである。過去にとらわれることなく、現代の空気を柔軟に取り入れて常に進化し続けているフランスをアピールするのが、モビリエ・ナショナルのミッションなのだ。

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