フォーカス

台湾 2015年のインディペンデント・シーン

岩切澪

2015年12月01日号

 前回は、昨年のこの時期に台北ビエンナーレについてレポートしたが、今回は台湾のインディペンデント・シーンについて紹介してみたい。何をもってインディペンデントとするかについてだが、ここでは公的資金によって運営されているインスティテューション=美術館、芸術村や大学および大学美術館以外の民間の動きに限定したい。しかし九州と同じほどの大きさである台湾のアートシーンにおいては、官営も民営も、あるいは営利も非営利も、お互いに深く結びつきつつ活動していることは言うまでもない。今回は、シーンのマッピングを試みつつ、今年話題になった事件や、現在開催中の展覧会について紹介する。

学生による立法院占拠以降の台湾アートシーン

 去年の台湾のアートシーンは、3月に起こった学生による立法院占拠と深い関わりを持っていた。数多くの芸大生やアーティスト、キュレーター、批評家、ドキュメンタリー映画監督たちが占拠を支持、あるいは参加し、作品を制作し、また国民的ヒットとなったテーマソングを仕掛けるなどしたことは、別の場所で書いた。今年はあのような多くの人々が全面的に巻き込まれるような事件はなく、また地元で開催される台北ビエンナーレではなく、ヴェネチア・ビエンナーレに台湾館として参加する年(両方とも運営は台北市立美術館による)だったので、国内はどちらかというと内省的に台湾アートシーンのこれまでとこれからを思考する年、あるいは台湾を代表する三つの公立美術館の館長交代に代表されるように、ある意味過渡期のような趣があった。


今藝術主催によるフォーラム「代理制度の背後にある責任や義務、そしてグローバル・ビジョン」の会場風景。
写真提供:典蔵今藝術

 内省的と書いたが、その象徴的な事件は、4月に国際的に活躍する若手作家である呉季璁(ウー・ジーツォン)が「湃思紀(Passage)」という美術文化批評サイトで発表し炎上したテキスト『台湾のギャラリーはアートを野菜として売っているのか』と、それに続く一連の反応だろう。呉の主張は、台湾のコマーシャルギャラリーは国外のギャラリーと異なり、アーティストを育てることをせず、国際的なマーケットに打って出てもいない、という批判であった。これに対してもっともだとする意見とともに、彼自身メジャーなギャラリーに属していること(当時)や、美術館もキュレーターも誰も彼も罵る強気の態度に批判も集まった。この事件を受けて月刊美術専門誌『今藝術(ARTCO)』が主催したフォーラムも盛況であり、ギャラリストたちが「今の状況はギャラリーやアーティストがみんなで作り出したのだから」「ギャラリーがどれだけお金と労力を払っているか分かって欲しい」と呉をやんわりと説き伏せる一方、それぞれがアーティストとギャラリーの理想の関係とはどのようなものかを確認し、言語化する作業が見られた。残念ながら、呉が批判していた特定のメジャー画廊からは誰も出席しておらず、またひそかに若手アーティストの搾取が噂されるほかのギャラリーのオーナーたちも(当然ながら?)姿を見せることはなかった。しかしこの事件が、アートマーケットの存在感がますます大きくなりつつあるこの時代に、アーティストと商業システムについての思考や議論を生むきっかけになったのは確かであり、ひとつの風穴を開けた呉には拍手を送りたい。

 これらの議論が、コマーシャルな環境においてアーティストを育て、その権利を守ることについてであるなら、あくまで非営利という場で、キュレーターや批評家を育てる作業を積極的に行なっているのが、昨年三つ目の場所に拠点を移し、鄭美雅(メイヤー・ジェン)から呂岱如(エスター・リュー)へとディレクターを交代した台北コンテンポラリーアートセンター(以下TCAC)である。リューは、2013年に非台湾人アーティストの半数を越える招聘で物議を醸したヴェネチア・ビエンナーレ台湾館「これは台湾パヴィリオンではない」展のキュレーターとして知られる。ワークショップやレクチャーを中心に、活発な活動を行なっており、9月には、アートの代替経済についてのワークショップを、香港の非営利組織アジア・アート・アーカイヴと共同企画した。(写真)11月には、週末のレクチャーシリーズとして、「展覧会の制作における七つの関係」と題し、アーティストの陳界仁(チェン・ジエレン)、2019年、香港に開館予定の美術館 M+の準備室のキュレーター姚嘉善(ポーリーン・ヤオ)や、ホーチミンにあるアートスペース サンアートのディレクターゾーイ・バット、台北市立美術館の新館長林平(リンピン)らを週末ごとに迎え、7つのテーマに沿って議論の場を提供している。


2015年9月19日に行われたフォーラムより。左から、台湾のインディペンデント・キュレーター呂佩怡(リュー・ペイイー)、香港アジア・アート・アーカイヴのイングリッド・チュー、ニューヨークのアーティスト兼キュレーター兼エデュケーターローレル・プタック(Laurel Ptak)。
写真提供:TCAC

立方計画空間での陳界仁の個展

 このレクチャーシリーズのトップバッターの一人であった陳界仁は、台湾を代表する社会派の映像作家として知られるが、現在、彼の個展が、立方計画空間(TheCube Project Space)にて開催中だ。立方計画空間は、台北ビエンナーレやヴェネチアの台湾館の経験もあるキュレーター鄭慧華(エイミー・ジェン)が、サウンドカルチャー研究者であるパートナーの羅悦全(ジェフ・ルォ)と共同運営しているアートスペースである。自らのスペースでだけでなく、台湾の美術館や海外のアートスペースとも協力して精力的に展覧会を企画・開催している。彼らが昨年北師美術館(高雄市立美術館にも巡回)で開催した「造音翻土(ALTERing NATIVism)」展は、戦後の台湾サウンドカルチャーについての調査を、研究者らと共同で行い展覧会にしたものであった。その莫大で緻密な仕事についての評価が、今年の台新藝術賞のグランプリ受賞という形で結実したことは、記憶に新しい。鄭は2003年の初企画展以来の、陳の仕事の理解者であり、一時はマネジメントも行なっていたことがある。
 今回の個展の中心はシングルチャンネル・ビデオ作品で、これはもともと北投にある私立の鳳甲美術館が二年ごとに開催している「台湾国際ビデオアート展」の特別イベントとして、今年1月に楽生療養院内の空き地で4チャンネルとして放映された作品《残響世界》をひとつにまとめたものだ。合計104分あるが、看護(カンフー)と呼ばれる大陸出身の付添看護人や、チェンの前の作品にも出演した若者についてなど、4つのテーマに分かれており、日本統治時代にその起源を持つハンセン病療養院をめぐる小さな物語を丁寧に語っている。なお、年明けの1月9日には、ドキュメンタリー《残響世界楽生へ帰る》のスクリーニングと作家によるトークが予定されている。


陳界仁 2015年1月18日「台湾国際ビデオアート展」の特別イベント4チャンネルスクリーニングの風景。
写真提供:陳界仁

台湾のアーティストランスペース

 TCACやCubeがキュレーター主導のスペースであるのに対して、台湾にはアーティストランスペースも数多くある。90年代からよく知られる伊通公園(IT Park)や、今年20周年を迎えた竹圍工作室(Bamboo Curtain Studio)は今も現役だが、ほかにもアーティストやキュレーターが共同で立ち上げたスペース非常廟芸術空間(VT Artsalon)や、非営利である組織中華民国視覚藝術協会の運営する福利社(FreeS Art Space)、やはり90年代から続く新楽園藝術空間(Shin Leh Yuan Art Space)などがある。VT Artsalonでは現在「假動作10」が行なわれている。2006年から2008年まで同タイトルのグループ展を企画し作品を発表していた、国立台北藝術大学科技藝術研究所の卒業生を中心とするアーティストたちが、久しぶりに一堂に会した展覧会だ。7年ぶりに集まった彼らは、2009年に福岡アジア美術トリエンナーレに参加した蛍光灯を使ったサウンドアーティストの姚仲涵(ヤオ・ジョンハン)や、2011年にベネツィア台湾館に参加した蘇育賢(スー・ユーシェン)、今年ヒューゴボスアジア賞にノミネートされている黄博志(ホァン・ボージィ)など、それぞれ国際的に活躍し、台湾を代表する若手作家として認知されるようになった。今回のテーマは「純藝術(純粋芸術)」というもので、どの作品もまったく純粋芸術には見えない彼ら流の皮肉だが、全体に地味ながらも、結婚して子どもを持ったり作風が180度変わったりと変化を経て来た彼らが、自身が身を置く生活の中での芸術のあり方を問い直す内容となっている。


黄博志の《500本のレモンの木》プロジェクトは、2013年に台北藝術賞のグランプリを受賞している。
写真提供:VT ArtSalon

 こういったアーティスト主導のスペースの中で、コンセプチュアル・アートやリレーショナル・アートなどとの親和性が高いのは、理論やコンセプトに力を入れた美術教育が行なわれているとされる国立台湾藝術大学の学生たちが集まって2001年に運営を始めた打開-當代藝術工作站(オープン・コンテンポラリー・アート・センター、以下OCAC)である。メンバーには、第一回ヒューゴボスアジア賞にノミネートされたシュー・ジャーウェイ(許家維)、BankArt Studio NYKにレジデンス滞在したことがある周育正(ジョウ・ユージェン)や羅仕東(ルォ・シードン)らがいる。2013年に現在の場所に拠点を移して以降、不定期かつ実験的に海外のアーティストのレジデンス滞在も受け入れており、今年はインドネシアからのアーティストのほか、7月から8月まで、ポーラ美術振興財団の助成を受け1年間の予定で来台中の池田剛介が滞在し、制作・展示を行なった。「作家同士という関係でコラボレーションしながら展覧会をつくるという、普通の滞在制作ではあまりできない経験」であったというが、アーティストランスペースならではの体験だろう。また、OCACはここ数年、台湾の独立系アートスペースとしては初めて、タイをはじめとする東南アジアのアートシーンと展覧会やシンポジウムなどの長期にわたる交流活動を行なっており、シーンに新たな風を吹き込んでいることも特記しておきたい。


OCACの2階は、メンバーが集まってミーティングしたり、レセプションや座談会、スクリーニングの会場として利用したり、レジデンスアーティストが滞在したりするスペースとなっている。
写真提供:OCAC

活発な台南のインディペンデント・シーン

 こういった草の根の国際交流はもちろん公的な助成がないと難しいが、資金だけでなく、人も重要なファクターとなる。華人圏で最も先端的とされる季刊美術批評誌『藝術観点ACT』の改編に関わり、批評家としても活躍する国立台南藝術大学教授龔卓軍(ゴン・ジョジュン)は、 2014年11月相馬千秋らによって正式に発足した東京芸術公社(Arts Commons Tokyo, ACT)に続いて、今年3月台南藝術公社(Art Commons Tainan,ACT)を立ち上げ、「翻訳、シェア、対話、つながり」をキーワードに、東アジアのアートをめぐる交流プロジェクトに取り組んでいる。★1そのきっかけは、ゴンが東京芸術公社の主要プログラムのひとつ「r:ead レジデンス・東アジア・ダイアローグ」の2回目(r:ead自体はACTの発足に先立つ2012年から開催)に参加したことであった。そして昨年には、ゴンが共同ディレクターとなり、3回目のr:eadが台南市で行なわれている。このプログラムの公式言語は英語ではなく、どんなにその翻訳プロセスが大変であろうとも、あくまでそれぞれが母国語で話をすることを基本としている。ふだんは非英語圏でも共通言語として何の疑問もなく使われている英語は、母語でない者同士が使うことで知らず知らずのあいだに本来の意味からズレが生じることもあり、またそこにヒエラルキーを内包してしまう。戦後70年の東アジアで、対等かつ深い文化交流を目指す時、英語に頼らない意味は大きい。またこういった動きが中央の台北ではなく周縁の台南から出て来ていることにも、意味があるだろう。池田剛介によると、台南ではほかにも多くのアートスペースが徒歩圏内に位置し、TCACのリューに「今、本当にインディペンデント・シーンと呼べるのは台南だけかも」と言わしめている活発なシーンがある。今回は取材が間に合わず残念であったが、今後注目していきたいエリアだ。


第3回r:eadは、国立台南藝術大学や台北の北師美術館で行なわれた。
写真提供:東京芸術公社

ローカルなインディペンデント・シーンから世界のアートシーンへ

 最初に、インディペンデント・シーンを公的資金によるものと民間とに分けたが、メジャーとインディーという分け方もある。しかしそういった尺度で分けてみると途端に、台湾のインディーシーンから世界のメジャーなアートシーンに食い込むアーティストがいかに多いかに気がつく。陳界仁を始めとする前出のアーティストたちはもちろん、2013年にオープンした共同スタジオ空場(Polymer)の朱駿騰(ジュー・ジュンテン)や郭奕臣(グォ・イーチェン)、呉季璁らも積極的に海外で活動しているし、写真家葉偉立(イェ・ウェイリー)の桃園のスタジオでは昨年、来年のシドニー・ビエンナーレやリバプール・バイエニアルへの参加が発表されている陳瀅如(チェン・インルー)が作品を発表していた。また劉和譲(リョウ・ハーラン)の汐止のスタジオ mt.blackのプロジェクトや展覧会も注目を集めている。劉は以前、葉偉立と共に、政府によってジェントリフィケーションされ芸術村としてすっかり観光地化する前の寶藏巖(トレジャーヒル)で地道な制作展示活動を行なっていたことで知られる。こういったさまざまな独立系スペースでの持続的な活動は、台湾のアートシーンをより豊かなものにしていると言えよう。


2014年10月〜11月まで葉偉立のスタジオで行われた展覧会DEAD SOULS AT THE TEST DRIVEより陳瀅如の作品
Photo: Wei-li Yeh,  Courtesy of Yin-ju Chen

 台湾ではほかにも、毎年行なわれるアートフェアArt Taipeiの規模の拡大、就在藝術空間(Project Fulfill Art Space)や耿畫廊(Tina Keng Gallery/ TKG+)などここ数年存在感を強めているコマーシャルギャラリーや、2013年堂島ビエンナーレの企画で知られるルディ・ツェンらコレクターによるシーンへの貢献、ゼネコン忠泰集団による忠泰建築文化藝術基金會(JUT Foundation)の活動と美術館建設、先にも述べた鳳甲美術館が去年から力を入れている地域交流など、ハード面においてもソフト面においても、注目すべきさまざまな動きがある。来年は台北ビエンナーレで台湾を訪れる人も多いと思うが、一緒にチェックしてみてはいかがだろうか?


★1 2015年01月15日号フォーカス鼎談「アジアで、しなやかなネットワークを築く」と2015年06月15日号トピックストークイベント「不確かなアジアのつながり」東京都現代美術館を参照。

台北當代藝術中心Taipei Contemporary Art Center (TCAC)
1 Fl, No.11, Lane 49, Baoan Street, Datong District, 10346 Taipei
陳界仁「The Bianwen Book: Images, Production, Action and Documents of Chen Chieh-Jen」
2015年10月24日(土)〜2016年1月10日(日)
立方計画空間(TheCube Project Space)
2F, No.13, Aly.1, Ln.136, Sec.4, Roosevelt Rd., Taipei
伊通公園(IT Park)
41, 2fl YiTong St. Taipei
竹圍工作室(Bamboo Curtain Studio)
No.39, Ln. 88, Sec. 2, Zhongzheng E. Rd., Danshui Dist., New Taipei City
非常廟芸術空間(VT Artsalon)
假動作10- 純藝術(Feigning Movement 10 - Art Only)
2015年11月7日(土)〜12月12日(土)
B1, No.17, Ln.56, Sec. 3, Xinsheng N. Rd, Taipei
福利社(FreeS Art Space)
B1 No.82 Sec.3 Sinsheng N. Rd., Zhongshan Dist., Taipei, Taipei
新楽園藝術空間(Shin Len Yuan Art Space)
No. 15-2, Lane 11, Section 2, Zhongshan N Rd, Zhongshan District, Taipei
打開-當代藝術工作站(オープン・コンテンポラリー・アート・センター、OCAC)
No. 21, Sec. 1, Minsheng E. Rd., Zhongshan Dist., Taipei
空場(Polymer)
3F, No.9 Sec.1 Beitou Road, Taipei , Taipei
mt.black
2F., No.322, Fude 2nd Rd. Xizhi Dist., New Taipei City
就在藝術空間(Project Fulfill Art Space)
1F., No.2, Alley 45, Lane 147, Sec. 3, Sinyi Rd. Taipei
耿畫廊(Tina Keng Gallery/ TKG+)
B1, No. 15, Lane 548, Ruiguang Road, Neihu Dist., Taipei
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