フォーカス

マクロに捉えた終末と未来

多田麻美

2016年03月01日号

 世界的な傾向でもあるようだが、現在の中国もSFブームだ。経済、環境、国際関係などの面において将来への不安が募るなか、これから世界や地球はどうなってしまうのだろう、という気持ちが、より広く、切実に共有されるようになっているからかもしれない。
 今回は、やはりそんな雰囲気を感じる北京で、印象に残った作品とプロジェクトを紹介したい。

世界へのまなざし

セルセ(SERSE)「As far as the eye can see(見渡す限り)」展
Galleria Continua Beijing(常青画廊)

 これは企画する側の意図とも関係していることは言うまでもないが、今年の冬の北京で印象に残った現代アートの展覧会には、どこか社会全体の動きに対する意識を感じさせるものが多かった。一例は、南宋の画僧、直翁の作品にインスパイアされた経緯をもつイタリア出身のアーティスト、セルセが常青画廊(Galleria Continua)で開いた中国初の展覧会だ。会場では、グラファイトを用いた独特の技巧で描かれたモノクロの絵画が広い壁を点々と埋めていた。なかでも石油のようにも水のようにも見える黒々とした液体のイメージは、強い存在感を放っていた。それらは、地球規模で生じているさまざまな問題の源でありながら、それ自体は善悪の価値判断とは無縁である物質の、永久不変の性質を体現しているかのようだった。つまりそこには、世界が直観的に把握されたときのような、透徹したまなざしが感じられた。

エルムグリーン&ドラッグセット「The Well Fair」展
ユーレンス現代アートセンター(UCCA)

 また、ユーレンス現代アートセンターで現在も開催中の、エルムグリーン&ドラッグセットの個展、「The Well Fair」は、世界のアート・フェアですでにパターン化されている空間のスタイルを、そのトイレも含めて再現し、美術界の現状を独特の立体感とともにシニカルに表現したものだ。その作品群は同時に、移民や貧困、人口、資源などにまつわる問題を、簡潔かつウィットを交えて暗示することで、福祉(英語でWelfare、展覧会名と同音)の欠落や資本主義の行方をめぐる思考を促している。


「The Well Fair」展より、《Temptation》(2012)[筆者撮影]


「The Well Fair」展より、左:《Storaged》(2015)、右:《Modern Moses》(2006)[筆者撮影]

終末思想を自らに投影

高波『The Great Darkness 黒系──高波からGBへ』展
BTAP(東京画廊)

 一方で、悲劇的なまでに破壊された世界を表現した高波(ガオ・ボー)の作品は、より情動的な迫力に満ちていた。
 現在51歳の高波は、長期にわたるフランス滞在ののち、北京で建築デザインに携わった経緯をもつ。だが事務所開設から6年後に、本来望んでいた現代アート作家の道へと方向転換した。
 そんななか、昨年の12月17日にスタートしたプロジェクトでは、自らのアトリエをBTAP(東京画廊の北京ブランチ)の展示スペースへと移し、創作を始めた。その成果を公開することで、普通の生活を送る「高波」から、芸術家である現在の「GB」に至るまでの自らの人生を概括し、「その過程をのぞく鍵を観衆に渡す」という趣旨だ。
 BTAPでのその後の2カ月は、音楽のソナタのように、全体が第一主題、経過部、第二主題、小結尾部の4段階に分けられた。それは自らの前半生を整理する段階であり、「建築現場の足場のようなもの」だと高波は語る。建築が完成すれば足場は自ずと取り壊され、眼の前に現われるのは本物のGBだからだ。
 もっとも画廊の広い空間全体に満ちていたイメージは、信仰や世界そのものの終焉であり、彼個人の人生との関係で生まれたものでありながら、世界の現状への豊かな示唆に満ちていた。
 高波はこう語る。「誰もが、本当の死が近づいた時にしか、死のことを考えない。でも私は、少し前に考えることで、生まれ変わった後のこともゆっくり考える時間を確保したいのです」。


「The Great Darkness 黒系──高波からGBへ」展より[筆者撮影]


「The Great Darkness 黒系──高波からGBへ」展より[筆者撮影]


「The Great Darkness 黒系──高波からGBへ」展より[筆者撮影]


「The Great Darkness 黒系──高波からGBへ」展より[筆者撮影]


「The Great Darkness 黒系──高波からGBへ」展より[筆者撮影]

「The Great Darkness 黒系──高波からGBへ」展より[筆者撮影]

「The Great Darkness 黒系──高波からGBへ」展より[筆者撮影]


高波(ガオ・ボー)氏

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