フォーカス
マクロに捉えた終末と未来
多田麻美
2016年03月01日号
村をデザインする
許義興「村空間」プロジェクト
やや飛躍するが、次に、現実の建築の現場で、社会のシビアな問題に辛抱強く取り組んでいるケース、つまり、どこか人類の未来の明るさを感じさせるケースについて述べてみたい。
建築家として活躍した経験から、自分自身のアーティストへの脱皮を「建設」の過程とみなし、結果的に自らの内面から社会や世界の事象、変化を照射しているように見える高波とは対照的に、建築家の許義興(シュー・イーシン)は、土着の文化にこだわりつつも、社会全体の動きを踏まえたデザインを重ねている。
許はこれまで、その土地のもつ文脈や伝統を生かした古民家の再生などを手掛ける一方で、大地震で被災した村の学校の復興や廃れた寺の再建などの公益的なプロジェクトにも多数関わってきた。「村空間」プロジェクトでは、伝統版画などの貴重な伝統を受け継ぐ地でありながら、四川大震災では深刻な被害を受けたことで知られる四川省の綿竹市において、民楽村という村の主要な公共空間をデザインしている。その対象には、宗教活動の場や、読書や卓球、技能訓練などに励むための空間が含まれた。
許にとって理想的な農村とは、「伝統のなかで再生できる村」だ。「伝統が失われたり、文化がパフォーマンス化したりするという代価を払わずに、村が新たに青春の輝きを得るのが理想」だという。許はこう語る。「伝統的な生活が、コンテクストを絶やさないままバージョンアップされ、発展するのがベストです。伝統は人が伝承するものなので、私たちがデザインをする時に関心を払うのは、物質的な空間の結果だけではありません。同時に現地の人と一緒に仕事をすることで、人々の意識も向上させるようにしています。そうすれば、伝統の伝播が価値を発揮し、村がうまく機能するためのメカニズムが確立されるからです」。
そういった意識から、許は村人たちの生活そのものをデザインする試みにも取り組んでいる。一例は、仏教信仰があつく、貧困と高齢化が著しい民楽村で、村人たちにそれぞれ1人1種類の食べ物か、2元のお金を持ち寄らせ、「斎(とき)」として皆で食事を共にする催しだ。
都市と農村の共存
この春には、北京の西南、河北省の清西陵にある鳳凰台村をデザインするプロジェクトもスタートする。西陵には清代の皇帝の陵墓が集中しており、それゆえに独特の料理文化などが伝わっている。工事はこの3月に始まるが、基本的な建設については9月に完成するという。
将来、中国の都市や農村のデザインはどのようなものとなりうるのだろうか? この問いに、許義興はこう答える。「農村はいま、都市より人の居住に適した空間となっており、農民の帰郷と都市の人々の農村への移住はすでに始まっています」。
これまで、一般的に中国においては、農村と都市の格差ばかりが論じられてきたが、許は「都市と農村は、互いに奪い合うのではなく、互いを補い合い、共に成長する関係とならねばならない」と考えている。現在、都市近郊で大変顕著な問題である、過剰な建設についても、いずれ「都市の農村化」という選択肢に直面するという。つまり「都市の農村化、都市型の農業の発展、食物の有機化と自家生産化が潮流となる」というのだ。
つまり、現在課題とすべきは過度な都市化ではなく、「人が快適に居住する場としての農村」の建設ということになるだろう。だが許義興はこうも語る。
「農村の建設を急ぎ過ぎるのは危険です。かつて急速な都市化を進めようとした時に起きた、文化と生態における災難を、再び村で起こしてはなりません」。
これは、農民たちを本来住んでいた土地から立ち退かせ、次々とマンションの中に押し込めることで、その土地の伝統文化や豊かな生態が破壊された経緯などを指す。これは残念ながら、都市人口の増加を目標とする強引な政策のもと、北京や天津の近郊でも顕著な問題だ。
来世・未来と現実のはざま
ユートピア的な農村を夢想し、デザインするのは、壮大で意義のあるプロジェクトだ。だが実際には、現地の役人のやる気、歴史的背景、住民の協力などの条件が必要なため、デザインの対象になりうる村は限られているという。
むしろ中国の農村部ではいまでも、一面畑の、何もない場所にいきなり高速鉄道の駅ができた例や、強引な都市化に伴うマンションの過剰な建設によって生まれた「鬼城」、つまり人が住む前にゴーストタウン化してしまった住宅街などが目立つ。つまり現実においては、性急な開発の代償として生じた、どこかSF的で、ショッキングなほどシュールな風景が、いまもしばしば見られるのだ。
興味深かったのは、今回紹介した高波も許義興も、その作品において死からの蘇生や、「斎」の風習など、仏教思想の影響を感じさせたこと。実際、中国の一部の層では、敬虔な仏教信者や仏典に関心をもつ人々が増えており、彼らはしばしば、とてもクリエイティブな創作活動を行なっている。
仏教思想が影響力を増しているのは、時代の変化によって従来の秩序が失われ、人の皮膚感覚と現実の社会がかい離していることと無縁ではないだろう。そういった独特の環境や社会的雰囲気のなかで、世界の動きと連動したアート作品や、野心的な規模の建設プロジェクトを鑑賞できることは、いまの中国ならではの、独特の体験と言えるかもしれない。
セルセ(SERSE)「As far as the eye can see(見渡す限り)」展
エルムグリーン&ドラッグセット「The Well Fair」展
高波「The Great Darkness 黒系──高波からGBへ」展
許義興「村空間」プロジェクト