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西京をひらく──西京人インタビュー

西京人/坂口千秋

2016年06月15日号

実現しない自分のなかのユートピア



西京人《第3章:ようこそ西京に—西京オリンピック》2008


西京人のプロジェクトは、身近な素材を使ってアイディアをかたちにしていくユーモアと軽快さが特徴だと思います。特に第3章の「西京オリンピック」は、とても西京人的だと思いました。

小沢──あれは2008年の北京オリンピックと同時期に北京に滞在してつくったものです。国家の威信をかけた商業主義的なオリンピックの横で、誰も勝つことも負けることのない闘いをたった3人で日々真剣にやりました。連日35℃を越える暑さの中で、毎日2〜3種目ずつ、家族大集合で家内制手工業のように、ばかばかしいけどとても高いモチベーションでした。

ユーモラスでありながら社会に対するシニカルさも感じられますが、現在のオリンピックに対する批判も含んでいたのですか?

ホンソック──それはないかな。僕個人の作品はとてもシニカルだけど、西京人においては、シニカルな態度は僕らの意図するものではないです。

現実よりも、ユートピアとしての西京はどうあるべきかの方が大事だから?

ホンソック──僕の個人的な意見だけど、僕は最初、西京というユートピアのあり方について本当にまじめに考えていたんです。もし自分が新しい都市をつくるとしたら、それはどうあるべきか。よい都市とは? よい暮らしとは? よい未来とは? でも6、7年たった頃、その必要はないとわかった。そんな定義よりもさっさとやってしまえ、それが西京スタイル。そして次第に、ユートピアは物理的に実現しなくてもいい、よい建築家も都市計画者も政治家もいらない。ユートピアとは自分の中にあるものだ―と思うようになりました。これについて僕らはちゃんと話し合ったことはないけど、おそらく2人も同じように考えているんじゃないかな。


ギムホンソック氏


小沢──そうだね。5、6年たって改めて気づいたんだけど、ビデオには僕らの家族がたくさん登場してるんだよね。西京人は、見る人にとっては美術作品だけど、実はプロセスが中心だと思う。言葉のあまり通じない人と目的を置かずに対話をするのは、とても幸せな経験です。

西京人ではそれぞれの家族がよく登場しますが、それは素敵なところだと思います。家族を作品に加えるのは自然なことですか?

ホンソック──ええ。でも自分の作品では別です。考えたこともない(笑)。


西京人《第3章:ようこそ西京に—西京オリンピック》2008
撮影:木奥惠三
画像提供:金沢21世紀美術館


タイトルのなかの肯定と否定


第5章のタイトル「西京は西京ではない、ゆえに西京は西京である」について。なぜこのタイトルにしたのですか。

ホンソック──このタイトルは、シャオションのアイディアです。西京人は3人だけど、ここにシャオションはいません。彼はいま北京の病院にいます。2013年の恵比寿映像祭の後しばらくしてから、彼が病気であることを知りました。北京のギャラリストがビデオレターをソウルに届けてくれて、カメラに向かって弱々しく微笑むシャオションを見た時、病気がとても深刻なものだとわかりました。ショックでしばらくなにも手につきませんでした。
 友達として、アーティストとして、何をすべきかすごく悩みました。だけど次第に、ひょっとしたら、それもプロジェクトの一部かもしれないと思うようになりました。なぜなら、西京人はただの美術作品じゃない。家族といっしょで、僕らの人生にとても近いものだ。それなら彼が病気であることも、人生だと受け入れるべきじゃないだろうか。僕らは北京へ見舞いへ行き、シャオションに第5章をつくろうと持ちかけました。ある意味、とても残酷な提案でした。でも誤解してほしくなかった。それが彼の生きるエネルギーになってくれたらと思ってたんです。

キミのアイディアが必要なんだよ、と。


西京人《第5章:西京は西京ではない》2016
撮影:木奥惠三
画像提供:金沢21世紀美術館


ホンソック──それから数ヵ月後、シャオションから返事が来ました。そこには「西京は西京ではない」とありました。すぐさま僕は、「オーケー、完璧だ!」と返事しました。なにも聞く必要がないくらい明快でした。

小沢──僕はそんなにすぐには理解できなかったよ。返事するのにちょっと時間かかった。

ホンソック──これは仏教と深いかかわりがある言葉です。「西京は西京ではない、ゆえに西京は西京である。」ここには二つの肯定と二つの否定がある。仏教では物事をひとつに決めない。そして理由はすべて自分の内にあると教えます。あるがまま受け入れることが大切で、外に問題があっても、自分自身が聡明であれば関係性は変わる。そう僕は理解しました。

第5章には西京人の3人以外の人々が制作に関わっています。他人に依頼することは初めから予定されていたのですか。

ホンソック──もともと第5章は、西京人がこれまでやったプロジェクトをいろんな人に話して対話を続けていくことを考えていました。でも急がなければならなかったので、僕らは北京へ行き、シャオションのベッドの横でとても短い打合せをして、ソウルでは「教育」、金沢では「西京大統領の日常」そして藝大では「西京オリンピック」を撮ると決めました。でも本当はずっと時間をかけていくつもりだったんです。

小沢──あと、シャオションの言葉も重要だったと思う。2014年に第2章「ここは西京─西京の魔法使い」という映像作品をつくる際、すでに展覧会への出品が決まっているにも関わらず、シャオションは治療に専念するため、撮影に参加することができなかった。そこでやむなく、シャオションの後ろ姿を別の人に変わってもらったことがあって、しばらくたってからその映像をシャオションに見せたら彼が、「僕じゃなくてもいいのかな」と言いました。とてもネガティブなコメントだと思ったんだけど、ポジティブに捉え直したことで今につながった。西京人はこの3人だけじゃない。僕たちは次のステージに進めるんだってことが、その言葉に込められていたと思います。


西京人《第5章:西京は西京ではない》2016
撮影:木奥惠三
画像提供:金沢21世紀美術館


第5章をつくる際、参加者にはどのように説明したのですか? なにかお題を与えたのか、それとも西京でのルールについて説明しましたか?

ホンソック──しいていえば、自由に何をしても構わない、考え過ぎない、それがルールかな。何をやるかは参加者に任せて、途中で口を挟むこともせず、必要なサポートだけして、そうして最終的に上がった映像を見たら、完全に僕のイメージと違ってた! 西京について彼らが一生懸命考えた、すごく好きな作品です。

小沢──日本では、金沢と藝大生の世代の差が明確に出ました。金沢の参加者は60代以上の人が多くて、さすがに人生の厚みを感じる言葉が散りばめられていたと思います。

ホンソック──第5章はまだ続きます。西京人のプロジェクトやパフォーマンスに関わることで、そこら辺にあるものがアートに変わる。退屈な都市の日常が楽しくなる。そこが面白い。日常は美しい、それが僕らの考えです。

「西京人—西京は西京ではない、ゆえに西京は西京である。」展

会期:2016年4月29日(金・祝)〜8月28日(日)
会場:金沢21世紀美術館
石川県金沢市広坂1-2-1/Tel.076-220-2800

■関連イベント


□レクチャー&ディスカッション
 ホウ・ハンルウによるレクチャーと、ギムホンソックと小沢剛を交えたディスカッション。

 日時:2016年7月2日(土) 13:00〜15:00(開場 12:45)
 会場:金沢21世紀美術館 レクチャーホール
 定員:先着90名
 参加費:無料(当日10時からレクチャーホール入口にて整理券を配布)
 ※逐次通訳付(日英)

□ワークショップ「ふくろの国へようこそ」
 紙袋を着たり履いたり被ったりして「ふくろ族」になってみよう!何の変哲もない紙袋が、帽子や服になったりトンネルになったり、宝物になったり……さあ、いったい、どんな物語が待っているのでしょうか?

 日時:2016年7月23日(土)午前の部 10:00〜12:00 午後の部 14:00〜16:00
 会場:金沢21世紀美術館 キッズスタジオ
 講師:小沢剛
 対象:子どもから大人まで
 定員:各回先着20名(定員に達し次第締め切り)
 申込:お電話よりお申込みください。076-220-2801(学芸課)
 申込受付開始:7月5日(火)から
 受付時間:火曜日から日曜日の10:00〜18:00
 料金:無料
 ※未就学児はワークショップに参加できる保護者の同伴が必要

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