フォーカス

鑑賞者から主体的なアクターへ──YCAMオープンラボ「オルタナティブ・エデュケーション」からみるアートセンターのヴィジョン

白坂由里(アートライター)

2022年05月15日号

筆者は2019年に「オルタナティヴ・アートスクール」★1という連載で、4つのアートスクールを取材し、運営者や受講者へのインタビューを交えて5回にわたりレポートした。その最後に「アートプロジェクトに参加したことがきっかけで、『自分にも何かできそうだ』と学びにやってくる人も多い。そのなかから実際に企画や運営に関わる人も出てきた。いわば鑑賞者のなかからアートプロジェクトに対する問い返しが始まっている」と書いた。それはオルタナティブな教育の現場で、鑑賞者がプロジェクトの主体的なアクターになっていく兆しを示したものだった。


YCAMオープンラボ2021「オルタナティブ・エデュケーション」SESSION #05「豊かさとは何か?」の様子
[写真提供:山口情報芸術センター[YCAM]]


去る2021年11月〜2022年2月に、山口情報芸術センター[YCAM]が主催する対話のためのプラットフォーム「YCAMオープンラボ」でオンラインイベント「オルタナティブ・エデュケーション」が8回にわたり開催された。それは、美術館に限らずアートセンターやオルタナティブスペースでも、展覧会だけでなく、地域や市民に学びの場を提供する「ラーニング」に注力していることを再認識する内容だった。YCAMがアートセンターとして開館してから20周年を迎える2023年に向けて、他の文化機関と対話を広げると同時にウェブ上にアーカイブを構築することを企図している。「アートを通した学び」「オープン・プラットフォーム」「リソースの共有」「地域の文脈」「持続可能な関係」といった重要な問いを含む複数の対話を行ない、今後2年にわたり継続していくという。

ラーニングへ向かうオルタナティブなアートの現場

今回のセッションは、YCAMからはキュレーターのレオナルド・バルトロメウス(Leonhard Bartolomeus)氏、エデュケーターの原泉氏、山岡大地氏、今野恵菜氏が参加。第1回と第8回に堀内奈穂子氏(アーツイニシアティヴトウキョウ[AIT/エイト])と津口在五氏(鞆の津ミュージアム)をゲストに迎え、その間に、海外から3つの事例、日本の複数の機関の鼎談を3回挟む形で開催された。筆者が記憶に残ったキーワードやエピソードを簡単に紹介したい。毎回テーマとゲストが変わるので、関心のある回から視聴しても内容はつかめるかと思う。

SESSION #01 「アートから何を学ぶことができるか?」

堀内菜穂子(アーツイニシアティヴトウキョウ[AIT/エイト])
津口在五(鞆の津ミュージアム)

複雑な環境下にある子どもたちとアーティストをつなぐ「dear Me」プロジェクトを行なう堀内氏と、社会福祉法人創樹会での創作活動に関わりながら展覧会企画・運営を行なう津口氏。表現してもしなくてもどのように居てもいいし、失敗から学べることもあるので、安心して表現できる環境をまずつくることの大切さを語る。そうした余白やゆとりを持つことを「隙をつくる」という言葉で表わしていたのが印象的だった。両者ともに、作者の人生に根差した「ライフスペシフィック」な表現、「ウェルビーイング(よき生)」をサポートする活動を続けている。

SESSION #02「アートの有用性」

ジョン・バーン(John Byrne)(リバプール・ジョン・ムーア大学

タニア・ブルゲラとのコラボレーションなど、実践を通じてアートの有用性を説く。アートは自律したものであり、とはいえ単独で立っているものではなく、コミュニティとのつながりを要するという考えや経験が背景にあるようだ。プロジェクトは、課題を単純化せずに細かく続けていくことが重要だともいう。

SESSION #03「分かち合う価値」

ファリド・ラクン(Farid Rakun)、ゲシヤダ・シレガル(Gesyada Siregar)(アート・コレクティブ「ルアンルパ」

今年の「ドクメンタ15」のディレクターを務めるインドネシアのアート・コレクティブ「ルアンルパ」がゲスト。ローカルのなかから「共有」をテーマにつくりあげてきたプロジェクトについて語る。今回のセッションを企画したYCAMのレオナルド・バルトロメウス氏は「ルアンルパ」のメンバーでもある。


YCAMオープンラボ2021「オルタナティブ・エデュケーション」SESSION #03「分かち合う価値」の様子
[写真提供:山口情報芸術センター[YCAM]]


SESSION #04「ミュージアム 3.0」

アリステア・ハドソン(Alistair Hudson)(ウィットワース美術館マンチェスター市立美術館館長

「ユースフルアート」ムーブメントの第一人者であるハドソン氏は、イギリス中部の湖水地方を拠点に地域再生プロジェクトに取り組む「グライズデールアーツ」での経験も生かし、「ミュージアム 3.0」を提唱している。利用者は、ミュージアム1.0では「作品を一方的に鑑賞するのみで、双方向性はない」、2.0では「プロジェクトに共同制作者として参加するが、誰かの決めたアイデアに乗っている」、3.0では「ミュージアムは使用者の行動によって作られる。利用者がそこで自らの物語、歴史、文化を発見する。美術館は方向性を決めない」ようになり、鑑賞者が主体的なアクターになるという方向性を示す。


続いてSESSION #05〜#07では、中脇健児氏(場とコトLAB)がモデレーターを務め、活発な意見交換が行なわれた。

SESSION #05「豊かさとは何か?」

内田友紀(make:fUKUI / XSCHOOL)
三尾康明(ななめな学校
森脇千種、岡磨理絵(代官山ティーンズ・クリエイティブ
上田假奈代(NPO法人こえとことばとこころの部屋cocoroom



ココルームでの釜ヶ崎俳句会[撮影:齋藤陽道]


コラボレーションを交えたプラットフォームを運営するゲストたちに、アートが人の人生に与える影響を聞く。子ども・若者の学ぶ機会や居場所をつくる千葉市の「ななめな学校」、東京都渋谷区の「代官山ティーンズ・クリエイティブ」。社会人を中心に転職へのステップともなっている福井市の「XSCHOOL」。いずれもほかの自治体にも参考になる活動だ。一方、大阪・釜ヶ崎の「ココルーム」では、“喫茶店のふりをしながら”、さまざまな出会いを重ねている。まちを学校とした「釜ヶ崎芸術大学」を運営し、ホームレスなど社会の周縁にいる人々とともに表現活動を行なう、自立した活動の強さが際立つ。

SESSION #06「公共とはなにか?」

栗田康弘(可児市文化創造センターala
甲斐賢治(せんだいメディアテーク
藤浩志(秋田市文化創造館 NPO法人アーツセンターあきた
会田大也(山口情報芸術センター[YCAM]

公共施設で運営に携わるゲストたちが、利用者が主体となってつくる「公共」の場について語り合う。SESSION #03の「ミュージアム3.0」にもつながる内容。可児市文化創造センターalaでは、フィリピンやブラジルからの移住者やその子どもたちと演劇をつくる活動を行なっている。alaをもうひとつの我が家のように思ってもらえるような、新しい関係やつながりを生むために始まったという。秋田市文化創造館館長で、 「NPO法人アーツセンターあきた」の理事長を務める藤氏は、企業や行政など多層的なステークホルダーとプロジェクトを行なう際、「登場人物を待つ」と言い、その秘訣などを語る。「せんだいメディアテーク」で話題に上った、東日本大震災後から開催されている「てつがくカフェ」については後述する。



可児市文化創造センターalaでの多文化共生プロジェクト ドキュメンタリー演劇『こころの井戸』(2021)
[写真提供:可児市文化創造センターala]


SESSION #07「物語を紡ぐ」

明日香健輔(阿東文庫)
三浦大紀(GOつくる大学
益田文和(株式会社オープンハウス

「GOつくる大学」は故郷を見直し、未来へつなぐUターンの好例。明日香氏は阪神淡路大震災の経験から、益田氏は地球環境問題への危惧から山間地に移住。見知らぬ土地での生活がすでに学びだ。個人が動き出すことで、賛同する隣人もじわじわと増えてくる。

SESSION #08 「アートでなにを学ぶことができるか?」

堀内菜穂子(アーツイニシアティヴトウキョウ[AIT/エイト])
津口在五(鞆の津ミュージアム)

SESSION #01のゲストを再び迎えて、これまでを振り返る。アートは生きることにどう役立つか、どのように能動的に使っていけるかを考える。

地域で積極的な参加者を育む

アーティストとの制作を突き詰め、さらに社会に応用していくという2本の軸で活動を続けてきたYCAM。会田大也氏は、「その応用の際に、参加者にオーナーシップ(権限)を受け渡していくように進めている。YCAMで準備をして手綱を握るのではなく、一緒につくり、参加者が手応えを感じるようにサポートするようにしている」と「SESSION #06」で語っていた。

なお、YCAMのテクノロジーを用いたハッカソンでスポーツの競技をつくることから始める「未来の山口の運動会」の紹介があった。また、山口市内の学校と共同で授業をつくることも行なっている。そうした話から筆者が想起したのは、コミュニティにおける「運動会」の存在意義であった。かつて「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」で取材した集落では、少子化のため、運動会には大人も参加していた。それは世代や身体能力の境界なく、自ずと村中で楽しめる一日となっている。運動会およびYCAMに限らず、山間部も沿岸部も都市部もあるエリアで、あらためて地域性を観察することから新たな視点やつながりが生まれるようにも思う。



2019年に開催した「第4回 未来の山口の運動会」の様子
[撮影:谷康弘 写真提供:山口情報芸術センター[YCAM]]


もうひとつ、トピックには上がらなかったが、滞在制作型映画プロジェクト「YCAM Film Factory」の第4弾、2019年に三宅唱監督が滞在制作した映画『ワイルドツアー』も思い出した。YCAMバイオ・リサーチの「バイオラボ」を舞台として山も海も登場し、YCAMが若者にとってどんな場所かを生き生きと伝えている。出演者はオーディションにやってきた学生たちで、幼い頃からすでにYCAMがあり、ワークショップに参加し、放課後にはテスト勉強にも使う馴染みの場所でもある。東京の映画上映で開催されていた三宅監督のトークを思い返し、映画づくりの原点に戻るように、彼らが主体的に「隙」を埋めていくような脚本づくりと演出を行なっていたことがあらためて感じられた。

なおYCAMでは、2021年から空き家を舞台に最小の文化施設をつくる「メディアとしての空間をつくる」プロジェクトも行なわれている。オルタナティブの原点から問い返すような活動が楽しみだ。

せんだいメディアテークの「てつがくカフェ」が生み出したもの

ここでSESSION #06で話題に上った、せんだいメディアテークでの「てつがくカフェ」★2について補足しておきたい。2011年の東日本大震災はせんだいメディアテークの建物にも被害を及ぼした。「いま起きていることがどういうことなのか、人と話しながら解釈していく時間や空間がいるよねというスタッフとの話から、『てつがくカフェ』を開催することになった」と甲斐氏は語っていた。1階スペースに黒板に見立てたテーブルを並べた「考えるテーブル」という場がつくられ、毎回70〜80人くらいの人が集まって3時間ほど語り合う会が催された。筆者は「てつがくカフェ」を幾度か聴講したことがある。東京からの交通費が工面できず、自身の考えもまとまらずに通いきれなかったことが悔やまれるが、心の拠り所になっていたのは確かだ。



第21回てつがくカフェ「震災を問い続けること」(2013年5月6日開催)
[写真提供:せんだいメディアテーク]


甲斐氏が語る通り、職業など「立場」を外して話し合うということが約束事にあった。著者の印象では、甲斐氏を含むスタッフもまた答えのわからない一員として切実に、ともに考え続けていたことが信頼につながっていたように思う。甲斐氏をはじめとするせんだいメディアテークのスタッフによって、提供する側と提供される側が反転していくようなプラットフォームが設計され、さらにファシリテーターの西村高広氏(専門は臨床哲学)をはじめとする「てつがくカフェ」スタッフによって対話の流れがつくられていた。

「てつがくカフェ」でさまざまな「声」を聞いて、筆者自身も考え込んだのは「当事者意識」の問題であった。「当事者」の意味するところは、直接的に被害を受けている「当事者である」人たち(個別情報を持っている)と、問題のある現状に対して何らかのかたちで関わっていく「当事者になる」人たちとの大きく2つに分かれていた。仙台に住む人から、津波に遭った沿岸部や福島第一原子力発電所事故の帰還困難区域でもない自分は「当事者」ではないのではないか、という声もあった。こうした被害の差異によって、語ることを躊躇してしまう風潮は各地で起こっていた。「体験していないと語れないのか、あるいは体験を語らなければいけないのか」「『私』と『公』のどちらを優先するか、あるいは自分の行動を決めている背景には何があるのか」といった対話もあった。思いや体験の「違い」が分断を生むのではなく、個別的な体験を尊重し想像しながら、普遍的な何かを見つけるように「聞く」といった態度が学ばれていったように思う。

「3月11日をわすれないためにセンター」では、市内外の多数の人々によってさまざまな地域や時間の記録映像が撮られ、貴重なアーカイブとなっている。そのなかにはまだ駆け出しの頃の酒井耕氏、濱口竜介氏、小森はるか氏、瀬尾夏美氏などもいる。いま、アーカイブを見聞きし直すことから、何らかの動機を持った市民がアクチュアルに活動できる場をつくるためにどのような設計が必要かといったヒントも見出せるかもしれない。

多様な市民がリードするプロジェクトへ

都市規模、文化的歴史的背景の違いはあっても、市民を主役にした学び合いの場はほかにも生まれている。「アートアクセスあだち 音まち千住の縁」での大巻伸嗣による「Memorial Rebirth 千住」の運営はすでに市民の手に引き継がれている。「隅田川 森羅万象 墨に夢」での市民主導の公募プロジェクトは企画から行なわれ、事務局ではその実現に向けたアドバイスやサポートを行なうが、あくまで主体は市民で結成したグループにある。



大巻伸嗣「Memorial Rebirth 千住 2018 西新井」[撮影:冨田了平]


ミュージアムでは、2021年にオープンした八戸市美術館で、「出会いと学びのアートファーム」をコンセプトに、市民たちが用途に応じて空間をつくり変えて活動できる「ジャイアントルーム」での活動も始まっている。

もちろん理想とするミュージアム像や観客像に、利用者を当てはめてコントロールすることはできない。また、医療やケア、スポーツなど、さまざまな分野で「文化」を取り入れる総合文化センター化も起きている。身近な周辺にどんな課題があり、アートでどんな問いを立て、あるいは少しでも解決を図りたいのか。今後はさらに分野や立場の異なる人々との対話が必要となっていくのではないだろうか。一方で、その広がりに見合う人員や予算などを確保する方策も同時に考えていかなければならないのだろう。

★1──「オルタナティヴ・アートスクール」(artscape 2019年1月15日号〜2019年6月15日号)https://artscape.jp/report/topics/10151624_4278.html
★2──もとになっている「哲学カフェ」とは、1992年にフランスの哲学者マルク・ソーテがパリのカフェで始めた市民討論会。現在、日本でも各地で継続的に開催されている哲学カフェが多くある。せんだいメディアテークの「てつがくカフェ」については「震災、文化装置、当事者性をめぐって──『3がつ11にちをわすれないためにセンター』の設立過程と未来像を聞く」(甲斐賢治/竹久侑)(artscape 2012年03月15日号)を参照。 https://artscape.jp/focus/10024379_1638.html

YCAMオープンラボ2021「オルタナティブ・エデュケーション」

期間:2021年11月26日(金)〜2022年2月26日(土)(全8回)
アーカイブURL:https://alternative-education.ycam.jp/
主催:山口市、公益財団法人山口市文化振興財団

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