フォーカス

【パリ】二つの展覧会から見るアート、その価値と「お金」

栗栖智美(美術ライター、通訳、コーディネーター)

2023年08月01日号

セーヌ川を挟んでルーヴル美術館の向かい、そしてオルセー美術館の隣にひっそりとたたずむ建物がある。864年にフランス国王の命で設立された世界最古の国有企業、コイン鋳造を担うパリ造幣局だ。現在でもユーロ硬貨やレジオンドヌール勲章などを作っている由緒ある公的機関である。
ここに美術館があり、さまざまな企画展やアートフェアが行なわれているのを知る人は少ない(硬貨製造に関する深い知見が得られる常設展示室も敷地内にある)。現在の企画展示は、まさにこの場所で開催されるのがふさわしい「L'Argent dans l'art(アートにおけるお金)」という展示だ。芸術とお金の密接な関係と、古代から続くそれらの絶え間ない変化を探求する。古代の神話や貨幣の発明から今日の非物質化された作品に至るまで、200点近い作品を年代順に紹介している。
アートとお金。これまでも切っても切れない関係の両者だったが、ここ数年、アート市場の隆盛とSNSの普及で一般人にもアート作品の購入が身近になっている。また、ブロックチェーン技術の発達により、アート作品の真贋証明、作品売買の簡便化、クリプト経済の誕生など、アートとお金の関係はますます複雑かつ密接になった。
今回はパリ造幣局での「L'Argent dans l'art」展示と、今年2月にフランス国立近代美術館(ポンピドゥー・センター)が購入したNFT作品の展示を通して、アートとその価値、そしてお金について考えてみたい。

造幣局で、アートを通してみる「お金」の真価



「L'Argent dans l'art」展 最初のサロン・デュプレの展示風景[筆者撮影]


「L'Argent dans l'art」展では、豪奢なサロン・デュプレにプロローグとして現代美術の大型作品が展示されている。ダミアン・ハースト、バーバラ・クルーガー、アンディ・ウォーホルの作品を横目に注目したいのが、アンヌ&パトリック・ポワリエの「FRAGILITE」と書かれた緑の巨大なタブロー《Fragilité》(2001)。点描のように見えるが、近づいてみると切り刻まれたフランスフラン紙幣でできている。ユーロへの移行時に流通から回収され、機械によって裁断された「紙屑」だ。かつては額面通りの貨幣価値があったものが一度無価値になり、アート作品に再利用されることによって、再び価値づけられた。交換ツールが交換対象へ変化するという面白さがこの作品にはある。



アンヌ&パトリック・ポワリエ《Fragilité》 展示風景[筆者撮影]
旧紙幣の束とそれを細かく刻んだ「素材」の上に置かれている。


もうひとつはハンス・ハーケの《The Buisiness Behind Art Knows the Art of the Koch Brothers》(2014)という挑発的な作品。左右2枚の噴水の写真から噴き出すように、実物より大きな偽百ドル札があたり一面に散らばるインスタレーションだ。この噴水はMoMAの前にあり、億万長者の実業家でアメリカの超保守派の資金提供者であるデビッド・コークの援助によって改修されたものだ。作品のタイトルは、MoMAが発行した「芸術の背後にあるビジネスは、優れたビジネスの芸術を知っている」というリーフレットの引用で、特定の政党への強い影響力をもつコーク氏のアートに対する慈善活動に異議を唱えるもの。70年代以降、資金調達に対するアート界の政治への従属をインスタレーションを通して批判してきたハーケならではの作品だ。



ハンス・ハーケ《The Buisiness Behind Art Knows the Art of the Koch Brothers》 展示風景[筆者撮影]


この現代美術によるプロローグの次は、お金の神話と起源をテーマにした展示室へ。16世紀のティツィアーノ作といわれている《ダナエ》は、囚われの身のはずのアルゴス王の娘が、黄金の雨に変身し天窓から侵入したゼウスに愛され、英雄ペルセウスを生んだという神話を描く。その横に硬貨と紙幣を下腹部へたぐりよせるトレイシー・エミンによる自画像《I've Got it all》(2000)が並べられているのは示唆的だ。

聖書では、東方三博士の崇拝やカエサル治下のデナリウス硬貨(《Le Denier de César》伝ルーベンス、1614年頃)など金がテーマとして好まれていたが、次第に強欲への戒めに代わる。ルネサンス期のオランダ絵画では、徴税人、銀行家、金秤などの金銭のやり取りがモチーフとして好まれ、貪欲さや強欲に対する芸術家からの批判的な視線を感じずにはいられない。



左:伝ティツィアーノ《Danaé》 右:トレイシー・エミン《I've Got it all》 展示風景[筆者撮影]


産業革命後、植民地開拓に伴って鉄道や運河の建設、鉱山やプランテーションの開発などの大規模プロジェクトが相次ぐと、大量の国債が発行されたため証券取引所は大いに賑わった。アルベール・メニャンは、《La Fortune passe》(1895)で、新聞のニュースを必死で追いかける大勢の株主と、金貨をばらまきながら階段を下りる幸運の女神という絵画で19世紀末のビジネス社会を描いた。また、画商ポール・デュラン=リュエル(ルノワール作の肖像画[1910]も展示)の尽力により印象派の地位が確立され、19世紀、芸術は富裕層のための投資の地位を確立する。古い美術商のやり方を踏襲せずに成功を収めたデュラン=リュエル。自身の借金を顧みず芸術家庇護に徹し、積極的な個展開催、国外ギャラリーとの国際的コネクションの構築、マスコミを使った宣伝活動、芸術と金融世界のコネクトなど彼の先見的なアート市場への功績も付け加えておきたい。



アルベール・メニャン《La Fortune passe》 展示風景[筆者撮影]


階段を下り、20世紀以降の展示室へ。お金の仕組みと芸術的価値についての考察を最初に始めたのは、マルセル・デュシャンであろう。レディ・メイド作品の登場によって、既製品に芸術的価値がついてしまった。その価値を担保しているのは一体何なのか? アーティストは何を売っているのだろうか?

ここで注目したいのが、イヴ・クラインの《非物質的絵画的感性の領域の譲渡》だ。1962年、クラインは「非物質的な領域」(=空虚)と金を一定の重量で交換する展示およびパフォーマンスを行なう。購入者は購入証明書を受け取り、その「儀式」に同意した場合、証明書を焼却し、クラインは金箔をセーヌ川に投げ込むというものだ。展示室ではそのときの写真と購入証明書である小切手(焼却されなかったもの)、残された金箔で作られた作品を見ることができる。彼が売ったものは空虚である。そしてその証明も燃やされ、交換できる金でさえセーヌ川に沈んで「消滅」してしまった。いま、その残骸を見ることはできるのだが、クラインのコンセプトに照らし合わせれば、この物質の存在に本当は価値はないのだろう。ここにアートと価値、お金に対するさまざまな問いが隠されている。




イヴ・クライン《非物質的絵画的感性の領域の譲渡》のパフォーマンス写真 展示風景[筆者撮影]




「非物質的な絵画的感性の領域」購入者に発行した購入証明書(小切手)[筆者撮影]


その横には「5フランでキスはいかが?」としきりに連呼するオルランの《Le Baiser de l'artiste》(1977)が。マリアに扮し胸をあらわにしたオルランが、5フラン硬貨とキスを交換するという装置だ。売春めいているがパフォーマンスとしてのアートなのか、装置がアートなのか? 5フランで売られた価値は最終的にいくらになっているのだろうか? 芸術とお金の関係、そして商品化された女性の身体についての疑問を投げかける作品である。


オルラン《Le Baiser de l'artiste》 展示風景[筆者撮影]
国際現代美術フェア(Fiac)の会場に設置され、本当に5フランでアーティスト本人がキスをした。


この展覧会の最後はお金の非物質化というテーマ。この展示室は暗号資産とNFTに捧げられる。ウルス・フィッシャーによるNFT化された501個のデジタル彫刻作品。レシートとピーラー、クーポン券とゼムクリップなどの実際の日用品を3Dモデリングし、デジタル画像の中で動かし、それが結合していく映像だ。バーチャルな世界ならではの非現実なかたちの変化を捉えている。最後の作品は、ジョン・ラフトマンのアニメーションビデオ。『GOT REKT! 』(2022)は、暗号資産の悪夢のなかで4分以上もがき苦しむ男性の物語だ。次々と変わる不穏なアニメーション、語られる不幸なできごと。なんとも後味の悪い作品なのだが、苦笑いせずにはいられない。世の中にそんな甘い儲け話はない、お金についてきちんと考えなくてはならないと思わされるのである。



最後の展示室[筆者撮影]
NFT展示や暗号資産によってお金を失った男の物語を描くジョン・ラフトマン《GOT REKT!》などでこの展覧会は終了する。




ミュージアムショップでは、この展覧会のオリジナル記念コインが購入できる。[筆者撮影]


古代ギリシアから始まったアートとお金に関するパリ造幣局での展示はここで終了だ。 今度はポンピドゥー・センターに場所を移し、2023年版アートと暗号資産について考えてみたい。現在、センター内のフランス国立近代美術館の常設展では、2室を使って2023年2月に購入した18点のNFT作品の展示「NFT: 非物質の詩学、証明書からブロックチェーンまで」が行なわれている。フランス文化庁およびポンピドゥー・センターは、どんな意図でNFT作品を購入するに至ったのか?

ポンピドゥ・センターによるNFT作品のコレクション

展示室は特別異彩を放っているわけではない。NFTが何かを知らなくても、どこかで見たことのあるような作品に安心するだろうし、NFT愛好家であってもNFT然としていないいくつかの作品に戸惑うだろう。ちょうどポンピドゥー・センターの真向かいにあるNFT factoryが52台のデジタルサイネージ上で展示しているような、コロコロと移り変わる賑やかなNFT作品はほとんどなく、静止画、オブジェ、文書、映像などが静かに展示されている。(フランスのNFTアートの潮流に関しては 2022年の記事を参考にされたい)

展示室には初期のコレクティブルNFTとして有名な「CryptoPunks」があるものの、キュレーターの興味は最新のNFTアートの流行ではなく、芸術作品の非物質化の系譜だ。非物質的な作品の流通によって20世紀以降に提起された疑問に応えているNFT作品をコレクションしたという。

フィアット経済とクリプト経済、著作権や制度批判に関する分散型経済の特殊性と芸術の価値の問題提起だ。特に興味深いのは、収蔵したNFT作品が壁に展示される一方、中央の展示ケースにはNFT誕生以前の美術史のなかでアーティストが提示した非物質的なアプローチに付随していた証明書、プロトコル、文書など、作品の非物質化の歴史を証明する作品を対置している点だ。



「CryptoPunks」 展示風景[筆者撮影]
2017年に発行(最初は無料配布)され、2022年のバブル時には1体22億円の価格がついたコレクティブルNFT。


ウォルター・デ・マリアの《High Energy Bar》(1966)、ファブリス・イベールによる『Bulles de Kanazawa』(1998)、ピエール・アレシンスキーの『無題』(1973)、パリ造幣局にも展示されていたイヴ・クラインによる『Chéquier』(1959)が、それぞれ作品の証明書としてフィジカルな形を残しているのと、NFTがブロックチェーン上に作品の証明を刻むのと、美術史的には同列にあるのではないか。当美術館のホームページではイヴ・クラインの『Chéquier(小切手)』に「NFTの先駆者である」と解説がついていた。



ここにもイヴ・クラインの購入証明書が。[筆者撮影]


この数年間のNFTの投機的価値をめぐる狂気は沈静化し、より穏やかな雰囲気のなかで、ようやく別のレベルで価値、芸術について話し合うことができる、とポンピドゥー・センターは語る。ヨーロッパで初めて美術館がNFTを所蔵品に加えたニュースは、業界だけではなく、一般のマスメディアも大々的に取り上げるほどの驚きをもって迎えられた。しかし、そもそもポンピドゥー・センターが開館する前から、フランス国立近代美術館はダン・グラハムやブルース・ナウマンの映像作品を収蔵していた、ビデオインスタレーション作品を購入した初の美術館だったのだ。以降、クリス・マルケルのビデオ&コンピュータ・インスタレーションの展示や、CD-ROMのバーチャルカタログを作成するなど、新しいメディアを取り入れるのは当館の使命でもあるだろう。もっとも、ポンピドゥー・センター自体が、国立近代美術館だけでなく、図書館(BPI)、産業創造センター(CCI 現在は国立近代美術館に統合)、国立音響音楽研究所(IRCAM)、視覚芸術中心のカンディンスキー図書館で構成され、いわゆる造形美術にとどまらず、現代のあらゆる芸術を集結させたフランスの総合文化施設である。1985年に哲学者ジャン・フランソワ・リオタールをキュレーターに迎えた「Les Immatériaux(非物質)」展のように、造形美術にこだわらない時代の最先端のメディアも横断する先鋭的な展示も果敢に行なってきた。芸術作品の非物質化の系譜という意味でも、今ここでNFT作品を購入したのも驚くべきことではない。



ラファエル・ローゼンダール《Horizon》(2021) 展示風景[筆者撮影]
主にウェブサイトで活動し、作品購入者の名前がサイト上につけられるなど、現代美術とインターネット両域で活動するアーティストだ。




アグニエシュカ・クラント《Sentimentite(Mt.Gox Hack)》(2022) 展示風景[筆者撮影]
世界一の取引量を誇った東京を拠点としたマウントゴックス社の2014年のハッキング事件に着想を得ている。



  1. ブロックチェーン技術に触発された新しい芸術としてのNFT作品(《CryptoPunk #110》ロブネス《Dorian Generatives》)
  2. 1990年代以降のデジタルアートを探求するうえでたどり着いた作品(サラ・メヨハス《Bitchcoin #9.026》、フレッド・フォレスト《NFT-Archeology》、ラファエル・ローゼンダール《Horizon》)
  3. 現代美術としてブロックチェーンがもたらす疑問を捉えた作品(アグニエシュカ・クラント《Sentimentite(Mt.Gox Hack)》、ジョナス・ランド《Smart Burn Contract #11》)


が、今回の18作品選定の3つの軸だという。これらがアートのエコシステムをどのように混乱させ、置き換えるか、今後が楽しみである。

ちなみに、今回のポンピドゥー・センターのNFT作品購入に関して、国立の美術館であるがゆえに、暗号資産での購入はできなかったという。18作品はアーティストや所有者からの寄贈と、ユーロでの支払いでコレクションすることになった。それでもこの展示が、フランス国立近代美術館がデジタルアートやNFTへ積極的に取り組んでいることを証明している。

アートとお金の旅。いまやフィジカル・アートとデジタル・アートが共存し、フィアット経済とクリプト経済のお金の選択肢がある。イヴ・クラインが空虚を売り、小切手を燃やし、価値相応の金をセーヌ川に投げたように、ダミアン・ハーストは2021年、作品《The Currency》の購入者にフィジカル作品とNFT作品のどちらを受け取るか選択させた(選ばれなかった方は 焼却 バーン された)。前者は何もなくなったが、後者はどちらかが残る。ただ、フィジカル作品、NFT作品、そして何も残らなくても、アートはそれ自体価値があり、取引が続く。アートとお金というテーマは時代に合わせてかたちを変えながら、これからも曖昧で密接な関係を保ちつつ、続いていくのだろう。

L'Argent dans l'art(アートにおけるお金)

会期:2023年3月20日(月)〜9月24日(日)
会場:Monnaie de Paris(パリ造幣局内)
(11, Quai de Conti, 75006 Paris)

NFT : Poétiques de l'immatériel, du certificat à la blockchain(NFT: 非物質の詩学、証明書からブロックチェーンまで)

会期:2023年4月6日(木)〜2024年1月22日(月)
会場:フランス国立近代美術館(ポンピドゥー・センター内)常設展4階32、33室
(Place Georges-Pompidou, 75004 Paris)
Magazine記事: https://www.centrepompidou.fr/en/magazine/article/the-centre-pompidou-in-the-age-of-nfts

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