フォーカス

中国現代アートの歩みを総括

多田麻美

2009年12月01日号

 今年の秋から初冬にかけての北京の現代アート・シーンには、どこか「総括」ムードが漂っていた。ひとまずここで一区切りつけ、もう一度仕切り直そう、といった雰囲気が伝わってきたのだ。798芸術工廠をはじめとする巨大芸術区が、じわじわと深みをます不況の影響でとうとう本当の正念場を迎えたからか、あるいは新中国が「還暦」という節目を迎え、社会に大きな影響を与えた改革開放政策も30周年を迎えたためか。いずれにせよ、政治や経済が美術の発展に及ぼす影響力の強さを、改めて人々に印象づけたようだ。

大型展覧会での位置づけ

 「還暦」祝い系で先手を切ったのは、新中国成立後の中国芸術の総括として中国美術館で行なわれた『新中国美術60年』展だった。油絵や版画から伝統画、アニメーションまで、プロパガンダ、歴史的な題材のものを多数含むさまざまなジャンルの作品が展示されたが、画期的だったのは、控え目な展示とはいえ、現代アート作品が並んでいたことだ。徐冰、劉小東らの作品に交じり、張暁剛の「大家庭シリーズ」の一点が、強い存在感を放っていた。中国の国慶節を前に、上海美術館、広東美術館などでもここ60年の中国美術を回顧した展覧会が行なわれたが、そのいずれにおいても、これまで「非主流」として官主催の展覧会から締め出されてきた現代アートの作品が展示された。社会への鋭い批判精神をもつ作品は避けられたものの、中国の現代アートが主流の美術史にとっても無視できないものとなったことを印象づけた。

 また偶然ながら、日本での動きとして見逃せなかったのが、福岡アジア美術館で行なわれた第四回福岡アジア美術トリエンナーレだ。アジア美術館開館10周年を記念した展覧会で、その主な趣旨が、一般市民にアジアを代表する作家を紹介することにあったため、結果として出品者には、黄永砅(ホァン・ヨンピン)、徐冰(シュ・ビン)、蔡国強(ツァイ・グォチャン)など、ここ10年の中国系アーティストの傾向や成果を語る上で欠かせない著名作家が選ばれていた。また、日本初紹介の何雲昌(ハア・ユンチャン)や、邱志傑(チウ・ジージエ)、鄔建安(ウー・ジエンアン)など、まだまだ今後の活躍が期待される中堅・若手作家らの作品も、中国現代アートが未来へとつながっていく可能性を示唆していた。アジア全体における中国系作家の特色や存在感が伝わってきたことも、この展覧会の収穫だった。

プライベートな祝祭

 これらの公共性を重視した展示とは極めて対照的だったのが、北京の現代アートの画廊としては最老舗ともいえる紅門画廊と上海の紅寨画廊が共同で開催した『30度』展だ。
 30人の作家が30の異なる視点から、改革開放後の中国のここ30年間の変化を見つめた展覧会だが、実はこの「30」にはもうひとつの意味があった。それは、30年間中国と関わってきたオーストラリア出身のキュレーター兼ギャラリスト、ジョージ・ミッシェル(George Michell)氏の中国滞在30周年を記念した展覧会でもあったことだ。
 ミッシェル氏は舞台ダンサーや上海領事館の職員などの極めて変化に富んだ経歴をもつが、90年代から中国の現代アートに関心を注ぎ、2005年には上海で画廊をオープン。上海を拠点に、新進作家の発掘に努めてきた。


企画を手掛けたジョージ・ミッシェル。背後には張朝輝のインスタレーション《You and Me》(2009)

 今回展示された作品の選択には、作家の意図とは別に、中国の急激な変化を目の当たりにしたミッシェル氏個人の体験が強く作用していた。自家用車の増加、海外ブランドの大量流入、ペット文化の普及が反映する都市の孤独感、生活の速度や人間の価値観の激変、そして大震災や都市の再開発に伴う立ち退きや取り壊しなど、中国で起きたさまざまな社会現象をめぐるミッシェル氏の個人的な感慨が反映された作品のチョイスは、ある意味で強い自信と余裕、ひいては「潔さ」さえ感じさせるもので、こういった強引な「総括」もありなのか、と新鮮味を覚えた。

 もちろん、そのはっきりした嗜好と共鳴していた出展作品そのものにも、価値体系の激変や、既存の価値観への疑問などが強く反映されており、手法や素材こそ、既存のものの再アレンジという感はあったが、その多くがストンと相手に伝わるストレートさや中国アートらしい記号性、そしてウィットやユーモアを兼ね備えていた。そして、中国の現代アート作家らは、自分たちにふさわしい手法を熟知し、それらを自家薬籠中のものとしたのだ、という印象を覚えた。模倣や安易な追随が避けられるようになれば、そこからまた次の一歩が出てくるのかもしれない。この展覧会には地方の作家も多数参加していたが、彼らと北京の作家の表現の間には、新たに共通の記号のようなものも確立していたようだった。


劉陳希《30度》2008


陶弘景《先富起来(まずは富もう)》2008


張傑《新世界》2009


張利語《苹果(リンゴ)》2008。2分硬貨を使用

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