2019年07月15日号
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フォーカス

2010年のアートシーンを振り返る

村田真/福住廉

2010年12月15日号

ムーブメントとの距離感

福住──いまの話に関連して、村田さんにお聞きしたいのですが、かつての流行のムーブメントをどのようにご覧になっていましたか。僕は美術の現場をせいぜい10年くらいしか見ていないのですが、村田さんは70年代以後ずっと見られているわけですよね。いまから振り返ると、たとえばポストもの派とか、ネオポップとか、スーパーフラットという、美術の歴史に名前が残されているムーブメントは、じっさいのところ当時の美術の現場とどれくらい近かったのか、あるいは離れていたんでしょうか。

村田──答えになるかどうかわかりませんが、僕は1970年代に美術教育を受けていて、要するに最末期のモダニズムの洗礼を受けているわけです。その目で見ると、いまいわれたポストもの派とかネオポップといったムーブメントはすでにポストモダンの領域で、僕から見ればもう線ではつなげられない、点々でしかないんです。ただその一つひとつの点がおもしろいか、おもしろくないかという判断はあったと思うけど、全体としてのムーブメントはぜんぜん見えません。

現代で福住さんが気になっているムーブメントがあるということですか。

福住──ムーブメントがあるとは全然思っていなくて、むしろムーブメントみたいなものは求められなくなったと思っています。時代を代表するような特定の様式を念頭に置くというよりも、それぞれが勝手に自分の表現を突き詰めて、みんなで一致団結してやることを最初から求めていない。それは批評家の言説に牽引されながら作品を制作することを端から求めていないということとも関係していると思います。だから、いま2000年代を振り返ってゼロ年代の歴史的な地図を描けと言われたら正直困ります。特定の時代様式で括ることができないから、拡散して細分化された動向を丁寧に拾い上げていくしかない。批評家の言説にしても、そもそも批評言語を共有できていないから、交流のしようがない。僕がartscapeで書いているものを見直してみても、てんでバラバラでまとまりがありませんが、そもそもまとまる意欲もまとめる必要もないところが、いまの特徴といえば特徴なのかもしれません。逆にいえば、一つひとつの作品やアーティストの発言から、それぞれの共通点を探り出してゆき、ゆるやかなつながりを結んでいける状況は、瞬間的な消費のためにでっちあげられるムーブメントに翻弄されるより、よっぽど健全だと思います。

村田──僕は、1990年代くらいから美術のムーブメントを追うのは諦めていて、美術館/マーケット/地方の動きのほうに割と目を向けようとしてきました。ムーブメントよりもその外枠というか、制度を見たほうが変化が見えやすいし、社会動向と結び付いているので理解しやすい。どちらかというと、僕はもうムーブメントがどうだこうだというところからは引いてますね。

村上隆の活躍はどのようにご覧になっていますか。展覧会以外にも、TwitterやUstreamなどの新しいメディアの動向に敏感に反応して存在感を示していましたが。

村田──昨日たまたまTwitterでオタクから叩かれて一生懸命応酬しているのを見ました。逐一丁寧に答えてて、あの根気というか情熱というは偉いなと思いましたね。ベルサイユ宮殿での展示は見たかったな。あれは写真でしか見ていないけどすごいね。

福住──いま、美術でもっとも精力的に闘っているのは村上隆だと思います。作品の好き嫌いや商業的な戦略に賛否両論あることは事実ですが、身体をはって闘っているところは誰も否定できないのではないでしょうか。僕自身は村上さんがやろうとしていることや、目指している行き先には共感しませんが、だからといって誰ともなにとも闘わない呑気な美術関係者に共感するわけでもありません。三芳のスタジオに取材に行ったときも、Twitterで論争を繰り広げたどこかの学生がスタジオに来ていて、議論に応じるばかりか、その様子をUstreamで配信していました。敵を含めた他者と応酬することによって自らの正統性を再生産していくのが村上さんの闘い方なんでしょうが、それはほんとうに体力を消耗するし、お金にも直結しないし、まったくもって面倒なことですが、その闘い方をけっしてやめない村上さんについては、評価します。

アートの綴り方/アラカンから始める現代アート

お二人はこの数年間、BankART schoolの講師を務めています。2010年は、福住さんは「アートの綴り方 Vol.5」を開講し、村田さんも「アラカンから始める現代アート──現代美術なんかこわくない!」の一部を担当されています。こうした活動は、専門性や世代を問わず美術に関心を持つ人々へ間口を広げて、新しい美術のあり方を模索するような活動ともとれます。この学校にはどのような方が参加してどんな関心をもっているのか、授業の様子をお話しいただけますか。

福住──僕のクラスは文章を書くための講座です。6年前から開講していますが、だいたい受講生は僕より年上の方が多くて、退職された方や主婦の方などが集まって、毎年違うメンバーですが9割が女性です。教えるのは感想文の書き方で、展覧会を一緒に見に行って、その感想文を書いて、添削とリライトを繰り返してブラッシュアップしていくという単純なことなんです。講座が終わった後に、『HAMArt!(ハマート)』というフリーペーパーを発行していて、いまちょうどその編集作業をしているところです。受講生は、単純に書きたいという動機で受講する人が多いのですが、見るだけでは割り切れないもどかしさを書くことで消化したいという人や、アートについて「話す」ことを求めている人も多い。ふつうに会社勤めをしていると、そもそもアートの展覧会について感想を話し合う機会に恵まれないから、この講座を受講してほんとうによかったと言ってくれる受講生の方がけっこういますね。お金を払って展覧会を消費して終わりという楽しみ方に満足できない人たちの受け皿としての役割が求められているのかなと思います。
 それから、さきほど批評が必要とされないという話がありましたが、では、いまどこに批評的な要素があるのかというと、僕はこういうところにあるのかなと思っています。批評家の文章はこれからもあると思いますが、それとは違うレベルで、見た感想とか経験をどう言葉でとらえ返していけるのか、この点をこれから育んでいく意味は大きいと思っています。たとえば、ボランティアはいまの美術館の運営にとってなくてはならない存在ですよね。その人たちがただ単に受動的な無給労働者として美術館に使われるだけではなくて、その人なりの批評的な視線と言語を獲得して、それらを次々と共有していけば、いまとはかなり違った美術のシーンが開けてくるはずです。批評家/美術家/鑑賞者/学芸員といった役割分業が揺れ動いているのが、1990年代以降のポストモダン的なあり方だとしたら、それとは違うモデルは、ボランティア/市民/素人などと言われる人たちがどう自分たちの言葉を獲得していけるのかというところ生まれるのかもしれない。もちろん、それは大失敗に終わるかもしれませんが、僕は批評家と連帯するより、そこに可能性を見ているんです。

素人というか、美術の専門性を持っていない人たちの美術館の活動への影響力は、地方ほど強いように感じています。一見、普通のおばさんが、ボランティアを仕切っていたりして、美術館と地元コミュニティとの潤滑油のようにふるまえるキーパーソンだったりします。それは東京ではあまり見られない関係に思えて、そんな日本各地のアートシーンのあり方に注目した企画をいま、artscape開設15周年記念企画「Dialogue Tour 2010」と謳って進めています。『アラカンから始める現代アート』の受講者の反応はいかがですか。

村田──企画しておいてなんだけど、じつはどうしようか模索中です。企画はアラカン(還暦前後)対象で、お金も時間も余裕ができてきた年代にアートに興味を持っていただくのが目的です。だから、展覧会を見に行くだけではなくて、アートの知識を深めるとか、作品を実際に買うとか、いろいろなニーズがあると思うので、そのへんに答えていこうとは思っています。僕が担当するのは、現代美術とはどんなものか、どのように見ればいいのかという基礎的な内容を話しています。

福住──それから、『HAMArt!』からはいろんな動きが発展的に生まれているんです。中沢新一の『アースダイバー』に触発されて、受講生が自分たちで街歩きの企画を立てたり、自分たちで俳句の先生を呼んで「アート俳句」という句会を企画したり、僕の手を完全に離れたところで勝手におもしろいことを次々と仕掛けていく。僕が教えているのは、せいぜい1,000文字程度の感想文ですが、俳句なんて17文字しかないわけですよ。それこそTwitterより短い文字数で作品の感想を表現するなんて、とても僕の教えられる範囲を超えている(笑)。そういうところに、受講生たちが自分たちで乗り出していくことに、僕は無限の可能性を感じています。


『HAMArt!』Vol.4

真価が問われる横浜トリエンナーレ

最後に2011年に注目すべき展覧会や動向について一言ずついただけますか。

福住──ふつうに「横浜トリエンナーレ2011」じゃないでしょうか。逢坂恵理子さんを中心とした女子チームがどんな国際展を打ち出してくるのかというところに注目するのはもちん、横浜トリエンナーレという国際展そのものの方向性をそろそろ固める必要があるからです。これまでにいろんなドタバタというか右往左往がありましたが、ここらで世界のアートシーンにおける国際展としての位置づけを確定させないと、内容的にも集客的にも、瀬戸内や妻有にはとうてい太刀打ちできないはずです。長期的なヴィジョンとそれを支える事務局の体制を整えることが急務だと思います。個人的には、2005年の横浜トリエンナーレでディレクターの川俣正さんが市民やボランティアの人たちを大々的に巻き込んだ国際展を実現させましたが、横浜トリエンナーレが都市型の国際展として存在意義を発揮するには、この市民協働の国際展という方向性を突き詰める以外ありえないと考えています。
 もうひとつ挙げるとすれば、来秋に府中市美術館で予定されている「石子順造展」(仮)。美術評論家でありながらマンガ、銭湯のペンキ絵、丸石神、小絵馬など、民衆文化と大衆文化をとらえようとしたキッチュ論で知られていますが、その石子の思想を21世紀のいま、どのようなかたちで振り返り、なにを得ようとするのか。いまの都築響一を先取りするような仕事をしていた石子は、鶴見俊輔の限界芸術論に批判的に応答していた、ほとんど唯一といっていい美術評論家でした。その意味でも楽しみな展覧会です。

村田──今後のこととも関係するので最後に触れておきたいのは、新潟市美術館問題。展示室内にカビやクモが発生し、文化庁が国宝・重文の展示を禁じる通達を出して、実際に国宝を含む仏像展が他館に振り替えられたことで問題が顕在化しました。そのときの館長の北川フラムさんが、2009年の「水と土の芸術祭」をやったときに館内に湿った土を持ち込んだことが原因とされています。管理上の不備は指摘されて当然ですが、これまで美術館でやってこなかったことに果敢に挑戦したという美術館の姿勢は尊重したい。今回はたまたま悪い結果を招いてしまいましたが、結果だけを見てその試みの良し悪しを判断するのはどうかと思います。同じ北川さんが関係しているのですが、瀬戸内国際芸術祭でも火事がありましたよね。あれも普段の展覧会ではありえないことです。新潟とは逆に、美術館に守られるはずの作品が日常空間に出たから火事に遭遇した。やっぱりこういう「逸脱した試み」にはリスクがつきものなので、これによって全体が自粛する方向にいってほしくないなと思います。


福住氏(左)、村田氏(右)

[2010年12月2日(木)、DNP五反田ビルにて]

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