2019年04月15日号
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フォーカス

老鮫と若き錬金術師 ガゴシアンとワース

木村浩之

2011年01月15日号

 今、不況から回復しつつあるように見えるアートビジネス界で、最も目立つ2人がいる。ラリー・ガゴシアン(アメリカ)とイワン・ワース(スイス)だ。今回は、『Art Review』誌(イギリス)恒例のアート界権力番付「The Power 100」2010年版の1位と3位でしのぎを削るこの2人にフォーカスしたい。
 結論らしいことから言えば、両者はプライマリー・マーケットだけでなく、セカンダリー・マーケットも積極的に扱っているということで共通している。デミアン・ハーストのように自分の作品をコレクターから買い戻したり、ギャラリー(プライマリー・マーケット)を経ずアーティストが直にオークションハウスに作品を持ち込むといった変化が起こっている現在、ギャラリスト・ディーラーにも、支店の世界展開と自身のコレクションの展示、あるいは一言でいうならばブランディングという新しい動きが出てきている。

ラリー・ガゴシアン


ガゴシアン・ギャラリーの入る建物のエントランス。この表札以外に表に看板は出ていない。ベルを鳴らしてから鍵を開けてもらい、2階にのぼって再度ベルを押す。敷居の高さを感じる一方、一度中に入るとスタッフがとてもフレンドリーに対応してくれる。アポは必要ない。[筆者撮影]

 ラリー・ガゴシアン(65)は、2010年11月18日、10件目のギャラリースペース(支店)をジュネーブにオープンした。
 ガゴシアンといえば、村上隆、ジェフ・クーンズ、ダミアン・ハーストなどの名だたる現代アーティストに加え、ジャスパー・ジョーンズ、バスキア、ウォーホル、ラウシェンバーグなど近現代を代表するアーティストを扱う化け物ギャラリスト/ディーラーである。
 村上隆とジェフ・クーンズといえば、物議をかもしたフランス・ヴェルサイユ宮における個展を実現(2008年と2010年)させた大物アーティスト2人であるが、その実現の背後にもガゴシアンがいる。
 ニューヨークに3件とビバリーヒルズにすでに支店をもちながら、イギリス・ロンドンに2000年、2004年、2006年と相次いで支店をオープン。さらにイタリア・ローマ(2008年)、ギリシャ・アテネ(2009年)に続き、スイス・ジュネーブ(2010年)に支店を展開している。
 ガゴシアンのヨーロッパ大陸初進出地となったローマでのオープニング展(2008年)では、イタリア在住のアメリカ人アーティスト、サイ・トゥオンブリの新作を発表している。
 続くアテネは、第2回アテネビエンナーレが開催中であった2009年9月25日にサイ・トゥオンブリ展をもって支店の杮落としをし、さらに1年後の2010年10月20日にオープンした9件目のパリでも、サイ・トゥオンブリ展をオープニングに持ってきている。トゥオンブリは、ルーヴル美術館シュリー翼に400平米にもわたる巨大な天井画を2010年3月に完成したばかりの「時の人」。ガゴシアンはこの作家の新作を10点用意し(しかしオープン前にすべて売れてしまったという)、総売上22億円にも昇ったというコメントを後日発表、着実なビジネスをしている印象を裏づけた。
 一方、最新のジュネーブは、打って変わってひっそりとしたオープニングであった。40平米という小さなスペースも、スイスブランドの時計店などが並ぶ中心街の広場に面する一等地とはいえ、特に目立つ看板もなく、呼び鈴を押して開錠してもらい、2階に上らなくてはならないような、ある意味隠れ家的な佇まいとなっている。小奇麗に改装してあるとはいえビルの一室を賃貸(おそらく)しているのみである点、ロンドン、ローマ、パリなどの支店が、すべてロンドンベースの先鋭建築家カルーソ・セイント・ジョンによる「建築的」スペースとなっているのとは極めて対照的である。例えばひとつ前にオープンしたパリ支店は、シャンゼリゼ通りの1本奥、大顧客のひとりであるフランソワ・ピノーがオーナーであるクリスティーズ仏本社にもほど近いロケーションにあり、4フロア、350平米もの広さを有するという。
 またジュネーブ支店では、オープニング展にスイス人アーティストであるアルベルト・ジャコメッティをもってきているが、ジャコメッティ財団直々のキュレーションによる、財団所有の作品を非商業的に展示した、まさに「ミュージアム・クオリティー」のショーであった(ごく数点のギャラリー所有作品を除いて非売)。これは、2007年にポンピドゥーセンターで開催されたジャコメッティ展のコンセプトのひとつ、パリのアトリエの再現のスイス版ともいえる企画で、彼の生地であるスイス・スタンパ村の小さなアトリエで制作された作品や、ごく初期の作品を中心に展示していた。空間の大きさも実際のアトリエとガゴシアンのスペースでは大きな差がない。つまり同様に狭いことも絶妙なマッチングであった。さらに、キッチュな具象的リコンストラクションではなく、アトリエと展示室の窓(光・眺め)の位置を重ねあわせ、それを主軸に作品を並べていくという想像的な空間となっており、狭いながらも窓を残した(窓を壁とすれば展示壁面積が増える)ディレクターの勇気ある決断をも示す好印象な展示であった。そもそも選ばれた22点の作品自体が粒ぞろいに素晴らしく、ジャコメッティ・ファンでなくともそれだけでジュネーブを訪れる価値のあるものであった。
 押しの強い商いをするガゴシアンは、(ガゴシアンをもじって)「Go-Go」だの「サメ」だのと揶揄されてきた(英語で「サメ Shark」とは不平等で強引な取引を行なう者のことを指す)。その彼の、このジュネーブでの態度をどのように解すべきなのであろうか。わざわざひっそりと「売れない」ショーをやるのも、また、そもそもスイスに支店を開設するにあたり、彼のライバルでもあるハウザー&ワースの本拠地である国際的商業都市チューリヒではなく、あえて高級別荘地の響きのあるジュネーブにしたのも、何かワケがあるのだろうか。
 ひとつ言えることは、パリ支店をオープンする2日前にフランス最高の勲章であるレジオン・ドヌール勲章を受章しているガゴシアンにとって、言い換えるとヨーロッパでの最高ランクの名声を得てしまった彼にとって、ヨーロッパはすでに関心の対象ではなくなってしまっているかもしれないということだ。
 例えば、近年注目を集めている香港のアートフェアArtHKにて、2010年にアジアの顧客に数億円のピカソとデミアン・ハーストを売っている彼は、ギャラリーとしては11番目の支店で、アジア最初となるスペースを、2011年1月香港にオープンすると発表している。
 さらに、ロシアでの動向も彼にとって相当エキサイティングに違いない。
 ロシアのエルミタージュ美術館が2014年の開館250周年記念にあわせてオープンする新棟が現代アートセクションとなる予定ということから、20〜21世紀のアート作品購入に意欲を示している(「エルミタージュ20・21プロジェクト」)。すでに2003年のトゥオンブリ展に続きヴィレム・デ・クーニング展、キーファー展を行ない、また「ツタンカーメン級のセキュリティコストのため諦めざるをえなかった」という100億円級のハーストによるダイアモンド骸骨の展示企画も挙がっていた。これらのアーティストはすべてガゴシアンの取り扱いアーティストであり、当然ガゴシアンはサンクト・ペテルブルグに度々招かれているという。「現在ロンドン・ナショナル・ギャラリーのマスターピースとなっている21点は、もともとエルミタージュのマスターピース21点であった」とエルミタージュのディレクターがあるインタビューで述べているが、もし本当にエルミタージュの意気込みがそういったレベルでの話ならば、(ロシアの景気が失速しているとはいえ)ガゴシアンが黙っているわけはないだろう。
 さらに現在、2011年1月24日まで、アブダビのサディヤット島の展示施設マナラット・アル・サディヤットにて彼の初となるコレクション展「RSTW」を開催している。2012年にはルーヴル・アブダビ(ジャン・ヌーヴェル設計)、グッゲンハイム・アブダビ(フランク・ゲーリー設計)、ザイド・ナショナルミュージアム(ノーマン・フォスター設計)などの展示施設の完成予定が目白押しのアブダビ。そこに、ガゴシアンは一手早く乗り入れたといえるだろうか。SANAA(妹島和世・西沢立衛)設計によるルーヴル・ランスへの拡張(2012年竣工予定)も同時進行のルーヴルや、世界中での拡張計画を披露しているグッゲンハイム(実質的には6カ所目のスペースとなる)と同様に、アートの世界ブランドとして強く印象付ける意図があったと考えられなくもない。展覧会の名称「RSTW」は、Rauschenberg, Serra, Twombly, Warhol and Woolの展示作家名を略したものだが、それぞれのアーティスト名だけでも入場者を稼げる大物ばかりの名前をあえて全面に出さず記号化してしまっている。その背景には、副題に現われる自身のフルネームを、つまりガゴシアン自身の存在を相対的に引き上げる狙いがあったとも考えられなくもないだろう。


ベル・エポックの雰囲気漂う階段室にある2階ギャラリー入口。軽やかな装いの一方で、セキュリティーカメラが至る所にあり、この扉も10センチは優にあろうかという防弾仕様である。[筆者撮影]


ガゴシアン・ギャラリーのホームページ。一切装飾的要素のない白背景に並ぶ一連の写真は、取り扱いアーティストの一覧ではなく、すべて現在各支店で開催中の展覧会である。ローマにて村上隆展が行なわれているのが見える。
http://www.gagosian.com/

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