フォーカス
2011年、美術の展望
2011年01月15日号
2010年にartscapeにて連載いただいたレビューアーの方、学芸員の方を中心に、今年の注目すべきアートシーンと、ご自身の活動予定についてご執筆いただきました。
執筆者一覧
阿部一直(山口情報芸術センター[YCAM])/飯沢耕太郎(写真評論家)/五十嵐太郎(建築批評)/大向一輝(国立情報学研究所准教授)/影山幸一(ア-トプランナー)/鎌田享(北海道立帯広美術館)/木村覚(美学、パフォーマンス批評)/小吹隆文(美術ライター)/酒井千穂(美術ライター)/坂本顕子(熊本市現代美術館)/SYNK(デザイン批評チーム)/須之内元洋(メディア環境学、メディアデザイン)/住友文彦(キュレーター)/角奈緒子(広島市現代美術館)/中井康之(国立国際美術館)/能勢陽子(豊田市美術館)/日沼禎子(国際芸術センター青森(ACAC))/福住廉(美術評論家)/光岡寿郎(メディア研究、ミュージアム研究)/村田真(美術ジャーナリスト)/山口洋三(福岡市美術館)/鷲田めるろ(金沢21世紀美術館)
阿部一直(山口情報芸術センター[YCAM])
2011年の関心事
文化は自然発生的に生まれてくるものではあるが、その反面、人為的で意図的なビジョンによってドライヴさせていくことの影響力は大きい。そうした現在的な必然という意味で、アートとスポーツというのはかなりパラレルではないかと思えてくる。わずか半年前は、サッカーワールドカップ開催中であり、アジアカップが現在スタートしているが、WC大会本番直前のメンバー入れ替えのドタバタ、ACのメンバーの選択がWCとまるで違うコンセプトであることや、昨今のブンデスリーガへの契約金ゼロに近い選手移籍に歯止めをかけられない現状が多くの問題を語っている。それは、タレントとしての選手(つまり文化ではアーティスト)は、日本の中にもごろごろいるが、日本の現実に欠けているのは明らかに、世界的なレベルの指導者およびマネージメント層の人材育成不足、選手の練習や生活環境の脆弱、国内的消費優先による制度面での国際感覚の立ち後れということに行き着く。24歳の若者である本田圭祐の述べる、「くやしいが韓国のサッカー事情の方が数年は先に行かれていることは認めないといけない」というコメントは、サッカーだけの問題なのだろうか。
個人的な注目アーティストは、今年の恵比寿映像祭で近作が紹介予定のハルン・ファロッキ。チェコ生まれでドイツで活躍するかなり東洋的な風貌を持ったこの作家は、単なる映像映画作家・批評家でも、現代美術作家でも、メディアアーティストともとらえきれず、例えばストローブ=ユイレの『階級関係──カフカ「アメリカ」より』で、ラウラ・ベッティと俳優で出演していたり、そのストローブ=ユイレの撮影ドキュメントを自ら制作していたりもする。90年代頭にドイツ文化センターイベントで一回、東京で小さく紹介されたが、それ以来の遅きに失した導入といえる。そういえば前回のドクメンタ12でファロッキは、サッカーWC前々回決勝のイタリア vs. フランス戦の全編をマルチ画面で解析したスーパードライな映像を提出していた。
2011年のプロジェクト、執筆予定の著書など
平川典俊+ミヒャエル・ローター(NEU!)+安藤洋子(フォーサイス・カンパニー)の、初顔合わせ3作家による新作インスタレーションをYCAMで準備中。
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飯沢耕太郎(写真評論家)
2011年の関心事
昨年は中堅からベテランの写真家の充実した展覧会が目についた。石元泰博、奈良原一高、森山大道、荒木経惟などの展示がすぐに頭に浮かぶ。物故者だが、鈴木清や植田正治の展覧会もエキサイティングだった。だが、いきのいい若手の作品があまり印象に残らなかった気がする。今年はその状況をなんとか打ち破っていってほしい。秦雅則、渡邊聖子、川島小鳥、高橋ひとみ、クロダミサト、吉田和生など、ほかにも可能性を感じさせる若い写真家はたくさんいる。彼らがもう一段階大きく飛躍することを心から望んでいる。
2011年のプロジェクト、執筆予定の著書など
個人的には今年も、写真表現の現場をしっかりとフォローしていきたい。このartscapeへの執筆は、僕にとってとても大事な仕事になりつつある。2009年のレビューを『これが写真だ!』(アトリエサード)にまとめたのだが、2010年分も同じ出版社から続編の『これが写真だ! 2』として刊行すべく作業を進めている。ほかに決まっている企画としては、『日本の名作写真(仮題)』(ピエブックス)がある。幕末から現代まで、約100人の写真家たちの代表作1点を掲載して解説を付けるという企画だ。もうひとつ、昨年からの宿題である「鈴木清論」にもなんとか手をつけたい。けっこう忙しい年になりそうだ。
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五十嵐太郎(建築批評、東北大学大学院工学研究科教授)
2011年の関心事
・森美術館で開催されるメタボリズムの建築展。OMAによるメタボリズムのリサーチや、昨年のメタボリズム2.0の討議など、再評価の気運が高まっている。
・東京都現代美術館において開催される建築展。昨年の国立近代美術館に続き、美術の場における建築展がいかに定着していくかに関心がある。
・横浜トリエンナーレ2011がどのように展開されるのか。四度目を迎え、全回とも共通する固定した展示場所がないことが気になるが、そろそろアイデンティティの核となるスペースが必要だと思う。
・ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展の日本館における束芋の展示。国際交流基金での審査のプロセスに関わったので、その成果を期待している。
・青森県立美術館における青木淳の展覧会。自身の空間をどう使うのか。
2011年のプロジェクト、執筆予定の著書など
・河出書房新社の選書シリーズにおいて、現代建築家の列伝を刊行する予定。執筆が遅れており、編集者の藤崎寛之氏には迷惑をかけているが、今年中になんとかしたいと考えている。
・美術家の彦坂尚嘉氏と、20世紀の美術と建築を見直すアートスタディーズという全20回の連続シンポジウムを企画しているが、もうすぐ終了する。それにあわせて、彩流社から、20世紀の美術と建築の詳細な年表をベースとした本を刊行する予定。
・せんだいスクール・オブ・デザインの第一期が終了し、第二期、第三期と続く。五十嵐が担当するメディア軸では、文化批評の雑誌『S-meme』を創刊する。
・UIA2011東京大会では、フォーラムジャパン部会として遊撃隊のような関わり方をしているが、ケンチク映画祭を企画することを考えている。
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大向一輝(国立情報学研究所准教授)
LODACプロジェクトの展開
ウェブが誕生してからはや20年、検索エンジンやソーシャルメディアの普及によって、情報収集の手段は格段に洗練され、見つからないウェブページはないという段階まで到達している。一方、ウェブページのなかから情報の関連を見出す作業は依然として人間が行なわなければならない。美術分野を例にとれば、作品情報や展覧会・イベントに関する情報はさまざまなサイトで精力的に更新されているが、それらが分断されているためにサイトを超えた知識の発見は難しいのが現状である。この問題を解決するためには、情報と情報のつながりを明確化し、一定のフォーマットに変換することで、コンピュータが情報を「読める」ようにする必要がある。こういったデータのことをLinked Dataと呼び、一部のサイトではすでに提供が始まっている。WikipediaをLinked Data化したDBpediaや、先日Googleが買収したFreebaseなどのデータベースが代表格である。
これまで、筆者らは書籍や論文などの学術情報を対象としたLinked Data化を行なってきた。昨年からは、これらの経験に基づいてLODACプロジェクト(Linked Open Data for Academic Resources)を立ち上げ、美術館・博物館情報のLinked Data化を進めている。現在は、LODAC Museumというサイトにて国内の10数館の作品情報、政府あるいは研究者によって整備された作品・作者情報のべ数万件を収集し、コンピュータ向けに提供している。2011年は、このプロジェクトの規模を拡大するとともに、地名情報など他の情報源へと展開していきたいと考えている。
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影山幸一(ア-トプランナー)
電子図書館とアーティスト・インデックス
2011年の関心事
美術館の情報化進展に期待しつつ、この先1年の美術界のデジタルアーカイブ状況を展望してみよう。ユーザーイニシアチブ(市民主導)がもたらす美術情報に関心がある。ツイッターやブログ、YouTubeといった誰でも手軽に現在を記録・公開できる手段を使った個人の情報が社会化するシステムに着目している。美術界全体をデジタルアーカイブの視点で見ると、Web上に散逸している美術ファンなどの情報は現代の記録であり、編集することで美術資料にもなる。また美術ファンのブログの充実ぶりから、市民参加のアート・ウィキペディアや展覧会人気ランキング、アート・アーカイブ(美術コンテンツ)とその評価などが表われてくる可能性を感じる。美術情報は美術館や作家、画廊、美術評論家、ジャーナリストらがつくるだけでなく、新しい公共を担う市民力も含めてとらえたい。
大規模デジタル化を推進している国立国会図書館が3月末に90万冊規模の書籍のデジタル化を終え、日本で本格的に電子図書館が始動する。公的資金127億円を投入した事業として、これらが国民へ公開されてくる。美術関連の電子資料をいつでも閲覧できるのは嬉しい。だがオリジナル資料が原則見られなくなるのは残念だ。図書館に保管されている美術資料の行方と再現が気になっている。
さらに話題となっているM(Museum)L(Library)A(Archives)の連携がある。美術館が今後どのように参加していくのか。MLA連携によって、美術情報の利便性はさらに高まることが期待されており、無関心でいるわけにはいかない。2012年1月には国立国会図書館の「国立国会図書館サーチ」の正式版が稼働する。全国の公共図書館をはじめ美術館や公文書館、学術研究機関などの資料がここからアクセスできるようになり、MLA連携のひとつのかたちが示される。海外では、UNESCOが開設している世界規模で展開する多言語の文化遺産ポータルサイト「World Digital Library」や、ヨーロッパの文化と科学の遺産を収集・整理・配信するコンテンツ・アグリゲーターサイト「Europeana」、Asia-Europe Museum Network(ASEMUS)の事業として開設された博物館の横断的ネットワークである「Virtual Collection of Masterpieces」などが興味深い。こうした諸外国の動きからは、地域の平和を目指すと同時にそこから生まれる経済的効果が期待されていることが伺える。
また、iPadやスマートフォンなどを使った電子書籍の読書環境の充実や、VR(Virtual Reality)、AR(Augmented Reality)、ユビキタス技術を用いた作品鑑賞の多様化、美術館の所蔵作品の画像ダウンロードなど美術館ホームページから発信されるデジタルサービスの変化に注目したい。これらはデジタルアーカイブの成果を活かした身近な実例であり、デジタルアーカイブが生活の質を向上させる機能として寄与していることがわかる。
展覧会では、6月に開催予定の第54回ヴェネツィア・ビエンナーレ美術展に出展する束芋に興味がある。浮世絵的アニメーション映像によるインスタレーション作品をつくってきた束芋が、「超ガラパゴス・シンドローム」をテーマに「日本独自の要素を包含しつつ、より世界に繋がる視点を持ち込んだ作品を展示する」という。世界に向けて束芋がどんな情報発信をしていくのか楽しみである。
日本のアートを世界に伝えるアート・アーカイブセンターになってもらいたい国立新美術館には、全国の展覧会情報を提供する「アートコモンズ」があり、書籍を検索する「Webcat Plus」(国立情報学研究所〔NII〕)と連動しているが、もうひとつ「アーティスト・インデックス(作家索引)」を加えてほしい。個展を調べていてその作家がわかるとさらに理解が深まる。作家情報について信頼性のあるデータベースは意外にない。そうだ、これは今年のartscapeの制作目標にしよう。
2011年のプロジェクト、執筆予定の著書など
2011年の私は、引き続きartscapeの連載「アート・アーカイブ探求──絵画の見方」を積み重ねて、美術館の収蔵庫にある名画をWebに開放し、同時に美術資料としてデジタルアーカイブしていこうと思う。「デジタルアーカイブスタディー」も今年から筆者が増えてパワーアップ。15周年を迎えたartscapeにご期待下さい。