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カタログ表紙
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ご担当者には思わず「ごくろうさま」と言ってしまいました。まず作家数49名。
これだけの作家の仕事を日頃からきちんと見ておくのからして大変。それに、これだけの作品を集めるとなれば交渉相手も、だいたい作家数×3くらいかな。写真やら設営やらに関わる方も含めれば、交渉を持った相手の数たるや…。
それに、今回は美術館側が「子どもたちの授業科目にそって、現代美術の作品を紹介する試み」と、各作品を何らかの教科にはめ込むことを明言しているわけだから、それを作家やご所蔵者に納得してもらわねばならない。よけい手間もかかっただろう。
作家数が多ければ、当然各々の略歴もそれだけの数がいる。今回は実績十分のベテランから、美術館の担当者が足を運んで選んできた若手までいるから活動歴もばらつきがある。それを均等なスペースに割り付けるための情報の取捨選択も手がかかる。
それにカタログには70文字前後で活動についてのコメントが全員分添えられているが、この手の短文のコメントは、嘘を書くわけにもいかず、かといってわかりやすくせねばならずで、実はとても手間のかかる作業。思わず「う〜ん。偉い」。
展示に関しても、これだけの作家が殺しあわないように配置せねばならないが、中には一部屋使ったインスタレーションや、採光窓や階段、坪庭(?)など、通常展示スペースとして想定されている場以外も多いから、そのバランス調整やら導線の設定もごくろうさまである。
展覧会が幕を開けるまででもごくろうさまだが、幕を開けてからもたいへん。展示のみならず関連事業としてワークショップ、ギャラリートーク、パフォーマンスなど8つのイベントがあり、それも複数回設定されているから、会期中の担当者は土日の休日はまるでなし。
こうした手間は、同業者としてほんとに身に沁みるが、それがまず破綻なくきちんとこなされているだけでも、この展覧会には敬服する。
さらに、この展覧会は、はっきりと「こどものための美術展」とうたうように、来館者ターゲットを「子ども」に絞るために要求される諸々の目配りにも、実に丁寧に対応されていて、ほんとにごくろうさま。
もちろん、子どもをターゲットとするための最大の仕込みは、展覧会コンセプトの骨格である、既存の学校教科に、取りあえずは現代美術作品をはめ込んでおくという作戦である。
これがどのように効果を成したかは、観客のリアクションと来館者数も見てみないと何とも言えないことだが、すでに言ってしまえることは、こうした性格づけを明確にするために、かえって各作品の持っている要素を限定してしまいかねないという、今回の展覧会がメインターゲットとする以外の客層から提出されそうな問題にも、きちんと答えが用意されていると言うこと。
おそらくそうした客層の大半が目を通すであろう展覧会カタログの中で、普及係長の出原均さんが『アートの領分』というテキストを記している。
この中で「本展においても、異なる科目にまたがる作家を選んだり、一科目に収まらない作品を提示し、そうした分類が固定的でないことをより一層示すよう配慮している」と述べている。そうです。現代美術作品が既存の学校の教科分類にすんなりはまるわけないのは当然だし、それをわざわちゃんと述べておられます。
さらに出原さんは、その逸脱力を使って、かえって学校の教科分類、そして「美術」の置かれ方に対する?を投げかけたうえで、そこから敷衍して、「美術」と「アート」を丁寧に使い分けながらこう述べている。
「国語や算数、理科、社会など、それぞれの科目の中で、少なくともそのある部分では、まさにアートそのものを試みることもありうるのではないだろうか。その場合、「美術」はだいたい従来の技法(現代アートで行なう技法も含めて)にのっとった上で、とくに他の科目にアートを促す役目をになう基礎的なものになるかもしれない。あるいは、逆に、すべての科目に関係し、他の科目同士を結び付けることができる「アート」を科目として大きくとるならば、極端なことをいえば、様々な科目を周囲に置いた、その中心に位置させることもできるのかもしれない」と述べている。
問題はあろうが、すでに走りはじめてしまった総合学習の時間。美術教員の中には、「美術」の時間数削減を嘆くよりも、これ幸いとばかりに総合学習の時間の独占を狙うツワモノもいるだろうが、出原さんの言わんとすることは、まさにそんな美術教員の狙うところと確実に照準を合わせているだろう。
そんな意識のゆえだろうか、この展覧会は2つの点で、実によくターゲットとする学童期の児童、そして学校を見定めているのこともうかがえる。
一つは会期設定。ちょうどこの展覧会は夏休み1ヶ月、学校が始まって1ヶ月にセッティングされている。こうすれば美術館と学童期の来館者、そしてその家族の直取引が行なわれ、見たい者だけが来館できる時期があり、一方でそこまで望まぬ者にも出会いのきっかけをもたらせてくれる学校での集団来館という装置が発動できる時期もある。これは夏休みにあわせて学童期の来館者をターゲットとした教育普及型の展覧会花盛りの中で、ぜひ見習うべき作戦だと思った。
もうひとつ。ともかくこれが一番ごくろうさんと思ったことなのだが、会場のキャプション、そして図録に掲載されたサゼッションの文章の、ま〜しっかり付けられたこと。
基本的に作品観察のディスクリプションを一方にして、もう一方に作品をより詳細に観察してもらうための示唆か、あるいは作品によって必要とあらば観察しても取り出せないような情報(素材は何か?など)の提供が行なわれている。
図録の奥付には、編集として出原均、岡本芳枝、松岡剛の3名のお名前が記されているが、3名ですり合わせても手がかかるし、1 人で全部やるとしても大変だし…。ともあれ、これだけしっかり作りこんだら、ほんとに「ごくろうさま」といわざるを得ない。
私は、こうした教育普及の性格が強い展覧会の場合、その美術館の通常の活動、あるいは地域との関係の持ち方を考慮しないと、その狙いや達成度を見誤るので、よそ者が簡単に云々すべきではないと思っている。だがこの展覧会は「これはこんなに大変だったんだよ。これが享受できる広島近郊のあなたってとっても幸せなんだよ」ってエールを送りたくなってしまうほど、作り手の苦労がひしひしと伝わってくる手の込んだものでした。
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