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兵庫 山本淳夫
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exhibitionshimoken's the decorated express

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しも・けん1
“the decorated express”正面

しも・けん2
ヘッドホンを着けた菊人形のスケーター

 下ハート 研(しも・けん)の存在を初めて知ったのは、今から約3年前、第51回芦屋市展のことである。作家名もさることながら、出品作もかなり風変わりで、使い古した畳に悪趣味なピンクの座布団を取り付けただけ、というもの。我々学芸員にもピック・アップするには相当の勇気と覚悟がいりそうな、早くいえばまぁゴミみたいなシロモノである。ところが、さすがは芦屋市展。この作品《Mad Mag Mat》は入選のみならず教育委員会奨励賞までゲットし、会期中2Fの通路にデン、と居座ることになった。てっきり、私はある程度の年齢の“関西アンダーグラウンド”系(?)の作家かと思い込んでいたのだが、授賞式に現れたのがどうみても学生なのでまたまたビックリ。副館長が「しも・けん様」と厳かに名前をコールすると、学友とおぼしき出席者からクスクスと笑い声が漏れ、授賞式までもちゃっかり作品化してしまったような感があった。
 あとで知ったのだが、「下ハート 研」は成安造形大学の卒業生(当時は在学中)を中心に結成された4人のユニットである。最も、メンバーは常に流動しているようだ。同大学の教授陣には元永定正、今井祝雄ら元「具体」のメンバーがおり、その関係もあって芦展には例年学生が多数おしかけるのだが、大文字の「美術」に対して斜に構えたような彼らのスタンスは否応なしに目立っていた。
 発表の度に入念な協議を重ね、状況に応じた作品を制作するため、彼らの作風を特定することは不可能だし、また無意味である。今回は「Shimoken 2000 GT」とたいそうな名前にアップ・グレードしているが、ここにも彼らの一貫した姿勢、ほとんどアホみたいな着想に対して、ものすごい情熱を注ぎ込む真摯な態度がかいまみえる。ちなみに前回の“safety sold out”では、回転寿司のような構造体の上をいくつもの壷がグルグルめぐっていた。聞けば、全て売約済みなのだという。材質がウレタン(=売れたん)だから。ちゃぶ台があったらひっくり返したくなるのは私だけではあるまい。
 今回の“the decorated express”では、会場に入ると全身まっきっきの人体が二つ、お尻をこちらに突き出している。頭上のソーラー・バッテリーで、アキレス腱に設置された小さなファンがくるくる回っているのがお茶目である。全力で疾走する二人のスケーターは全身が造花の菊で覆われており、ヘッドホンを装着している。つまり「菊人形」=「聴く人形」というわけだ。ヘッドホンからはシャカシャカ音が漏れているのだが、今は無きアイドル・グループ「スピード」のヒット曲が若干回転数をあげて、つまり「スピード・アップ」して聞こえてくる。
 多くの人が、学生時代に悪友とだじゃれを飛ばしあい、とりとめもない冗談に興じた経験があるだろう。内容はおおかたが些細な、あまり意味のない事柄でも、そこには活き活きとした精神の輝きがあるはずだ。その瞬間を見逃さず、本気で具体化してしまう強引さ、労力の無駄さ加減が彼らの持味である。完成度が増すほどに、一種のギャップが顕在化し、作品の強度が増すことも、きちんと自覚している。そのせいか、このところ作りこんだ立体が続いているが、かなり柔軟に、状況に応じた仕事ができるようだ。次は何をやらかしてくれることやら。
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shimoken's the decorated express
アーティスト:shimoken 2000 GT
会場:
VOICE GALLERY   京都市上京区河原町今出川下ル梶井町448 清和テナントハウス2F
会期:2000年10月10日(火)〜22日(日)月曜休廊
開廊時間:13:00〜20:00 最終日〜19:00
問い合わせ:Tel.075-211-2985 Fax.075-211-3067
 e-mail: voice@mbox.kyoto-inet.or.jp

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exhibition村瀬恭子展“in the Forest”

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村瀬展示風景1
展示風景《Forest》2000年 80.0×60.0cm


村瀬展示風景2
《霧》2000年 17.5×25.0cm

 直感的に作品に魅かれながらも、それを言語化するとなると話は別、という場合がある。村瀬恭子は、当方にとってはそんな存在である。一見して、ジェンダーや私性の問題に結びつけてしまいそうだが、ちょっと耳タコというか、手垢がついた論調になりそうで腰が引ける。もちろん重要な課題であり、作品がそれらと全く無縁だとも思わないが、どうも当方の器では手に余りそうな予感がするので、とりあえず違う方向から攻めてみよう。
 展覧会のタイトルは“in the Forest”。下記の学芸員雑感で触れる二名良日においても「森」は重要なキーワードだが、両者のあり方は、およそかけ離れている。二名においては、森はそれと対峙することで自己の存在、生命が対象化、明確化されるような媒体である。村瀬の場合はどうだろう。実は、画面には必ずしも森らしきものが明確に現れてはいない。メインの連作ドローイング4点には、確かに樹木のような緑色の形象が見受けられるが、それ以上に全作品を通じて支配的なトーンを形成しているのは、むしろ「水」であるようだ。おぼろげな女性の後ろ姿は、水に浸かり、時には半ば溶解しているようにもみえる。そのあやふやな状態を、漂う長い髪の毛がシンボリックに際立たせる。ミレーの《オフィーリア》を想起させないでもないが、そこまで甘いロマンに浸っている場合ではない。木が二つで林となり、三つで森となる。文字通り、本来的に森は重層的なレイヤー構造を抱え込んでいる。どうやら、村瀬にとっては物質としての「森」よりも“in the Forest”という状況、つまり幾重もの薄いヴェールに包まれたような感覚こそが重要なのだ。半ば眠り、半ば目覚めたような感覚。彼女はそれを否定も肯定もしない。

村瀬恭子作品
《窓》2000年 32.0×28.0cm

 そういえば、ヴァーチャル・リアリティに関するテレビ番組で、養老孟司氏が次のようなことをいっていたのを思い出した。つまり、見方によっては真のリアリティなどあり得ない、というようなことである。我々がリアルだと思っていることも、実は外界からの刺激に反応して、脳の中で合成された一種の情報に過ぎない。それを踏まえたうえで、番組に登場した脳科学、あるいはヴァーチャル・リアリティのエキスパートたちが、現代における情報の氾濫は、科学的にみても脳の許容範囲を越えつつある、と口をそろえて危惧していたのが印象的だった。村瀬のような作品をみていると、一見極めて「私」的な現れ方をしているアーティスト達が、意外にも適切な状況判断と対処の術を心得ているのではあるまいか、と考えさせられた。

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会場:ON GALLERY   大阪市東淀川区淡路5-8-23-101
会期:2000年10月14日(土)〜11月27日(月) 火水木休み・祝日営業
開廊時間:12:00〜19:30
問い合わせ:Tel.Fax. 06-6815-3841

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report学芸員レポート [芦屋市立美術博物館]

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樹上小屋手前
二名良日さんの《樹上小屋》手前より

樹上小屋奥
小屋の奥より


樹上小屋下から
下から見上げたところ


 10月下旬、フィリピンの美術評論家パトリック・フローレスさんが調査に来阪し、当方が受入れとコーディネートをする機会があった。たまたま「センターA」(ヴァンクーバーに新設されたアジア現代美術館)のスタッフ、ミン・ティアンポさんも「具体」などの調査で滞在中だったので、限られた時間ではあるがお二人を案内して方々をみてまわったのである。全員世代が近く、よもやま話に花が咲いて楽しかったし、こうした機会がなければ、うわさには聞いていてもなかなか実地に足を向けることがないようなものにも接することができて、当方にとっても大変よい勉強になった。
 なかでも、一同があっけにとられたのが二名良日さんの《樹上小屋》である。
 作品に触れる前に、二名さんのことを説明しておかねばならない。ちょっと事情がややこしいのだ。実は、彼はいわゆるアーティストではない。肩書きは「野外活動家」である。当方は専門外なので詳しくは知らないが、何でも30年ばかり前からこうした活動に従事していて、この分野の草分け的存在だという。秋田のマタギに取材するなどして、今や消えかかっている自然との共生の知恵を身をもって吸収している、希有な人物であるらしい。野外活動といってもハンパじゃなくて、限りなくサバイバルに近いのだ。武器を持たないランボー、というと大げさか。
 野外で生活するためには、夜露をしのぐための構造物などを作らねばならない。あるいは、自然と親しむための入り口として、蔦類を用いた飾りを子供たちと一緒に作ることもあるだろう。それだけなら別にどうということはないのだが、二名さんの場合、そういったモノ作りに対する執念が常軌を逸している。ちょっと「狂い」が入っているのだ。結果、彼が作り出すオブジェは、どうしても「用の美」の範疇から大きくはみ出してしまう。
 数人の物好きなギャラリストがそれに着目し、たびたび画廊で発表するようになったのが3、4年前からである。当方の記憶しているものでは、阪急高架下のギャラリーの2Fに、1トンを越す巨木が運び上げられていたり、床じゅう植物で足の踏み場もないなか、二名さんと時には観客までもが一緒になり、憑かれたようにリースを編んでいたりした。リースといっても、時には直径1メートルを越え、太い蔦が絡まりあって何だか怨念がこもっていそうなシロモノである。
 《樹上小屋》は、間違いなく彼の代表作(?)だといえるだろう。現場は能勢の山中、野外活動センター。もともとは、キャンプを楽しむ人々がテントごとにかたまらず、交流の場となるよう意図されたウッド・デッキみたいなものだったそうだが、現状はそんなかわいらしいものではない。子供たちも一緒になり10年以上前から作り続けられているそうで、途中から構造物が自我に覚醒し、自ら増殖していったかのような様相を呈している。越後妻有トリエンナーレ川俣正さんの作品をご覧になった方も少なくないと思うが、あれが思いっきりハンドメイドでプリミティブになった感じ、といえばイメージしやすいかもしれない。途中幾度となく姿を変え、もとは屋根があったが星や花がみえないから取っ払ったとか、上層どうしをつなぐモンキー・ブリッジがあったけど落ちてしまったとか(人が乗ってなくて良かった)、将来的には螺旋状に増築し、天に向う龍のようなイメージにしたいとか…。
 彼の存在は非常に重要な問題をいくつも提起しているように思う。紙面に余裕がなく、全てを詳述はできないが、カテゴリー上はアーティストではない人物によるオブジェ、しかもほとんど表現になっていないようなシロモノが、深い感銘を与えるという紛れもない事実から、我々は出発せねばならない。「こないだ、『こういうのは、インスタレーションいうんやでぇ』て、いわれましたわ」ご想像通り、こう語る二名さんは、ものすごく印象的な、輝くような笑顔だった。
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設置場所:大阪府立総合青少年野外活動センター
     大阪府豊能郡能勢町宿野437
問い合わせ:Tel. 0727-34-0500

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