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兵庫 山本淳夫
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exhibition日下部一司展/drawings '01

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日下部一司 左《黒板》、右《無意味》
日下部一司 左《黒板》、右《無意味》

日下部一司
日下部一司《囁く》

 日下部一司がほぼ同時期に個展とドローイングのグループ展に出品しており、コンビネーションが面白かったので、ペアで取り上げてみたい。
 日下部の作品の核になっているのは「観察眼」だと思う。彼のカメラ好きは界隈では有名だが、彼にとってカメラは、いわば世界をみるためのフィルターなのだろう。ただし、あの路上観察とはちょっと違う。後者は人の営み(=社会)に対して斜に構えたようなアプローチであるのに対して、日下部の場合は思考によって分節化される以前の、ことばにならない肌触りのようなものへの指向性が、より強いように思う。作品として現れるときには相当なバリエーションをみせるものの、一貫性を失わないのは根底にそういう姿勢があるからだろう。今回の新作の多くは、拾ってきた廃品によるレディ・メイドである。中でも目を引くのは、正面にかけられた「住」の文字である。想像通り、線路沿いの不動産の看板の一部らしい。荒い筆触で塗られた青い地色が妙にペインティングっぽくて、どこまでが手技によるものか勘ぐってしまうのだが、実は表面の汚れのお掃除だけが、彼の仕事だったらしい。

船井裕
船井裕

吉仲正直
吉仲正直

 ドローイング展は、地味ではあるが質の高い展覧会だった。何よりも興味深いのは、会場全体に通奏低音として鳴り響く「消去」への意志である。パソコンのハードディスクからデータを削除しても、その時点では不可視化されただけで、データが上書きされるまでは完全には削除されない。消したつもりでも残ってしまう気配、あるいは残り香のような存在感。時にそれは、システム全体をクラッシュさせてしまうほどの破壊力となって現前する。
 会期が重なって準備期間がなく、楽な方法を考えた、と日下部は苦笑していたが、なかなかどうして、ウイットに飛んだ美しい作品なのである。官製はがきに鉛筆でメッセージを書き、10名の知人宛に投函する。受取人は全部消しゴムで消して返事を書く。このようにして1枚のはがきを再利用しながら10回通信し、最後に消した状態が作品として展示されている。
 数年前、船井裕はコラージュ状にさまざまな種類の紙を貼り込んでおいて、引き剥していく仕事を発表していた。面白いのは、それが柳生健吾との共同作業として行われていた点である。個としての作家性への問い掛けを内包した、文字通り消去法の作業であり、新たな展開に弾みがついたかにみえたのだが、残念ながらその後体調が思わしくなく、ほとんど発表していない。今回はそのタイプではなく、ドローイングを転写したリトのシリーズで、1点だけではあるが、新作がみれたのが本当にうれしかった。
 吉仲の水彩もまた、足し算よりもむしろ引き算の美しさという点で響きあっていた。船井のリトにも共通性があると思うが、実体を創りだそうというよりは、残り香を捕まえることで本体の存在感を暗示する、というような方向性である。
 本展には直接無関係だが、船井は具体の創立に参加したすぐ後、吉原英雄とともに訳あって離脱、デモクラートへと合流した経歴を持つ。非常に知的で、恐ろしく眼の利く作家でもある(そのため寡作なのだが)。また優れた教育者でもあり、大阪芸大の彼の教室からは多くの優れた作家が巣立っている。「こいつは骨があるナ」と思ったら実は船井門下生だったという場面が何度もあった。この展覧会の仕掛人は吉仲正直だと聞いた。その真意がどこにあるのか知らないが、一日も早く快復して、旺盛に活動して欲しいという願いはおそらく共通しているのだろう。
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日下部一司展
会場:信濃橋画廊5  大阪市西区西本町1-3-4 陶磁器会館地階
会期:2001年1月29日(月)〜2月10日(土)
問い合わせ:Phone&Fax. 06-6532-4395

drawings '01 日下部一司・船井裕・吉仲正直
出品作家:日下部一司・船井裕・吉仲正直
会場:SAI GALLERY  大阪市中央区北浜2-1-16 永和ビル6F
会期:2001年1月29日(月)〜2月17日(土)
問い合わせ:Phone. 06-6222-6881 e-mail: saiart@lime.ocn.ne.jp

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exhibition渡辺信明展

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渡辺信明展 会場風景
渡辺信明展 会場風景


 絵画は、どうしてこんなに魅力的なのだろう。
 私は決して絵画至上主義者ではないし、フォーマリズム的な議論も苦手なほうだ(無知や食わず嫌いもあるとは思うが)。ただ、絵画の力を信じている、常にそういう部分はある。「描く」という行為はどこか原初的な欲求と結びついていて、あるアーティストのことばを借りれば「時に人の生命をも奪いかねない」力を帯びてしまう。そういう非常に基本的なフォーマットとして、自分の中に犯し難い位置を占めているようだ。
 渡辺信明に対する私の印象は、基本的には非常にまじめな、求心的な作家、というものだ。山っ気やチャラチャラしたところがなくて、以前から好きなタイプの仕事ではあったのだが、踏み外したような意外性や遠心的な面白さと、彼の持ち味とは違うとは思っていた。今回の仕事も、もちろん近年の展開の延長線上である。ナイフで削除することによって生じる動感を持った色面、厚塗の絵具をえぐるようにして描かれる有機的な形態、それらの要素がレイヤー状に重なり、せめぎ合うという基本的な構造は保持されている。以前より色彩の強さが増したのと、植物的なるものへの暗喩を思わせる有機的な形態から、意味性がやや後退したのが異なる点であろうか。個々の要素についてみるかぎり、決してコペルニクス的展開とはいえないだろう。
 ところが今回は、会場入口からちらっとのぞくだけで、空間の密度が違うのが如実に感じ取れた。室内に足を踏み入れて、まずは何かが充満した空間全体を味わってみる。次に1点づつと向き合う。久々に感じる、ずっしりとした手応え。作品が発する磁場を全身で受けとめ、それと対峙する。これぞ、まさに絵画の醍醐味である。写真、ましてウェブの小さな画像ではこの感触はなかなか伝わらりにくいと思うが。
 これまでの渡辺の作品は、顕微鏡下の別世界をのぞき込むための接点、インターフェースとしての性格も兼ね備えていた。一方で新作は、それ自体で既に自立した存在物へと「化けて」いるのである。それを絵具の物質感の強調へと帰着させるのはたやすいことだが、何かもっと根本的な、作家としての脱皮を思わせる。知性的な制御を越えたある種の暴走を演出するのではなく、自然発生させてしまうポテンシャルの高さと、そうした予想外のもの、自らにとっても未知なる領域を受け入れる大きさがある。
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会場:ギャラリー白  大阪市北区西天満4-6-14 千福ビル2F
会期:2001年2月12日(月)〜2月17日(土)
問い合わせ:Phone&Fax.06-6363-0493

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report学芸員レポート [芦屋市立美術博物館]

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堀尾貞治展 展示風景1

堀尾貞治展 展示風景2
堀尾貞治「神出鬼没★堀尾アート」展 展示風景


 堀尾貞治さんがまたやった。当方がもっとも尊敬する作家の一人なので、できれば「追っかけ」を自称したいところだ。だが、何せ年間100回もの展覧会をこなされるので、全部みるのはほぼ不可能。定年後さらにノリにノッておられ、どうしても筆者の欄には登場回数が多くなってしまう。
 いつもそうなのだが、堀尾さんは広報にほとんど頓着しない。「いまここ」で、たとえ少数でもほんまにオモロイことが共有できれば、それでよい。それは自然に広がってゆくものだ、という村上三郎ゆずりの哲学である。会場は枚方市にある御殿山美術センター。アトリエ設備に重点を置いた公民館的な施設のようだが、実は当方もこの会場のことを勉強不足で今回まで知らなかった。恐らく、美術関係者でも「知らんかった」というひとが多かっただろうが、しかし、これがものすごい展覧会だった。
 昨年9月よりこの3月までのほぼ半年間、ここで堀尾さんはやりたい放題だった。ここまで遊んだら、もういいでしょう、という感じである。会期中、当方は3回通ったが、それでもみれたのはほんの一部分。ものすごい勢いで展示が変わってゆくし、階段やらトイレの中はおろか、建物の周りの路上にまで作品が散在し、全部チェックするのは容易でない。
 さらに、注目すべきは市民を巻き込んでの共同制作である。よくある予定調和的なものと違って、ほんまにわけが分からんのである。特に面白かったのが、子ども工作広場で行われた、題して「一分間陶芸」。目隠しされた子供たちは、「よーい、ドン」で粘土と挌闘するのだが、一分間後に「はい、やめっ!」と強制終了させられる。「もっとやりたいー」とか、ぶーぶーいう子どもも少なくなかったそうだが、出来映えは実にオモロイ。無意識下の何かや、瞬間的なひらめきが造形化されているのだ。
 私は思わず、山崎つる子のお絵書き教室を思い出した。集まってきた子供たちは、いきなり限定した色数の絵具と紙を与えられ、「今日はお水を描きましょう」などと、観念的なテーマを与えられる。ポイントは、「おうち」「自動車」などのように既に頭の中でイメージがパターン化しがちなテーマを避けること、その日の一番最初の、気分がフレッシュなほんの数分間で一気に仕上げること。つまり、技術的、概念的な「慣れ」を一切はぎ取ってしまうためのセッティングが、周到になされているわけだ。大人だったらとたんにヘナヘナとなりそうだが、子供たちの場合はかえって創造力がはじけるようだ。
 なお、芦屋市立美術博物館では来年度に堀尾さんの個展を予定している。いろんな意味で美術館という枠の限界に挑むことになるのだろう。楽しみなような、恐ろしいような。
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神出鬼没★堀尾アート
会場:枚方市立御殿山美術センター  大阪府枚方市御殿山町10-16
会期:I期 2000年9月3日(日)〜10月8日(日)
II期 2000年10月26日(木)〜2001年3月9日(金)
問い合わせ:Phone.072-847-8351 枚方市立御殿山美術センター

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渡辺《人間の羊III》