Jul. 18, 1996 Aug. 20, 1996

Art Watch Index - Aug. 6, 1996


【《桑山忠明プロジェクト'96》展】………………●椹木野衣

【イン・ザ・マテリアル・ワールド】………………●太田佳代子

【サラエボの影とラカンの鏡像段階
 ―フィリップ・ジャンティ・カンパニー『動かぬ旅人』―】
 ………………●鴻 英良

【[ロンドン] 美術と公共性を考える
 クレス・オルテンバーグの大回顧展と
 展覧会《叩いて、鳴らして、騙して》】
 ………………●毛利嘉孝

【近代都市と芸術展 1870-1996
 ―ヨーロッパの近代都市と芸術+東京:都市と芸術―】
 ………………●開発チエ


Art Watch Back Number Index



exhibition room

百数十枚のパネルで埋め尽くされた大展示室











design photo

《桑山忠明プロジェクト'96》展

●椹木野衣



拮抗関係を作り上げる壁面と床

高い精度を持つ単色のパネルを組み合わせることによって、視覚空間における知覚と存在の問題を一貫して追及してきた桑山忠明による、国内では久しい大型プロジェクト。 川村記念美術館、千葉市美術館の双方の展示とも、非常に繊細で力強い空間が構成されている。とりわけ川村の大展示室を全面的に使用した空間は、272枚のパネルがコの字型の壁面を全長50メートルにわたって等間隔に埋め尽くしており、広く開けられ、何も置かれていない床スペースと、見事な拮抗関係を作り上げている。

イメージを喚起する壁とパネル

実際、一歩この空間に足を踏み入れると、最初は何の変哲もないかに思われた空間が、刻刻と変化しているような奇妙な感覚にとらわれる。使われている色彩は、作家によってそれぞれメタリック・イエロー、メタリック・ピンクと名づけられた二色のみであるにもかかわらず、それらは、壁面の位置、照明による陰影、空間との対比等によって、無限のヴァリエーションを持つかのような印象を喚起するのである。壁とパネルとの関係も同様で、見ているうちにどちらが地でどちらが図とも決定できない知覚の状態が生起する。

知覚の活用によって見出される空間

こうして、明るい/暗い、近い/遠い、凹/凸、多い/少ないといった図式のことごとくが、桑山の構成する空間においては相対化されることになる。したがって観るものは 、こういった図式に頼って自明のものとされている慣習的な「空間」に対する信頼をいったん打ち壊され、今度は反対に、積極的に観ること、体験することによって、そこに新たな空間を探し出さなければならなくなるのである。
  ここでは今回のプロジェクトの中心となる大展示室での構成にそって話を進めているわけだが、以上のことから容易に推測できるとおり、このような体験の質は、最終的には作品の大小とは関係がない。それがドローイングであっても、観るものは積極的に視覚を活用することなくしてはそこにいかなる空間を見出すこともできないのであり、あらかじめ見出されるべきものが用意されている類の美術作品とは、桑山の作品は根本的に異なっている。
  ひとつだけ気になったことがある。桑山の空間は以上のように、最初に目にした時には 何の変哲もないかにみえる空間が、観者の知覚の有様によっては無限に複雑な経験を喚起するところにある。これは、桑山が今回念頭に置いたという「未だかつて誰 一人見たことのない」といった類の形容を必要としない繊細なものである。パンフレットや手引きの随所で見られる「壮大」であるとか「この世のもので ない」であるとかの形容は、桑山の作品の魅力とはもっともかけはなれたものであるように思われるのだが、どうだろうか。

[さわらぎ のい/美術評論家]

toBottom toTop


Gallery Glass

●素材分類:プラスチック

●デザイナー:
ローラ・ハンドラー
(アメリカ、1954年生まれ)
デニス・デッカー
(アメリカ、1954年生まれ)
アマンダ・H・マガルハエズ
(アメリカ、1968年生まれ)

●製品名:ゴブレット「Gallery Glass」1993年

●製造:Metrokane, Inc. アメリカ

●写真提供:Tony Curatolla, courtesy Metrokane, Inc.

This exhibition was organized under the auspice of The International Council of The Museum of Modern Art, New York.


My light

●素材分類:繊維および複合材料

●デザイナー:豊久将三
(日本,1960年生まれ)

●製品名:ライティングシステム
「My light」1994年

●製造:Asahi Glass Co.,Ltd.日本

●写真提供供:
Courtesy Shozo Toyohisa


Carna(1)

Carna(2)

●素材分類:メタル

●デザイナー:川崎和男
(日本,1949年生まれ)

●製品名:折り畳み式車椅子
「Carna」1991年

●製造:SIG Workshop Co.,Ltd.
日本

●写真提供:Mitsumasa Fujitsuka, courtesy Kazuo Kawasaki






MoMA | The Museum of Modern Art
http://www.moma.org/

原美術館
http://www.haramuseum.
or.jp/

イン・ザ・マテリアル・ワールド

●太田佳代子



素材に触れて身体で理解する展覧会

不況のせいか、今、プロダクト・デザインの世界はおとなしい。それに、ダレソレが デザインしたからといって話題になった80年代とは、状況はすっかり変わっている。 で、そういうアンニュイな空気に喝を入れるかのような展覧会がアメリカからやって 来ている。場所は新宿パークタワーのオゾン、去年の夏にニューヨーク近代美術館(MoMA)で開かれた「現代デザインにみる素材の変容」だ。
  わかりにくいタイトルだが、要するに昔からある素材もいわゆる新素材も、デザイ ナーの発想や技術革新によって驚くほど姿かたちを変えている、それをこの展覧会の キュレーター、パオラ・アントネッリはとてもわかりやすく見せてくれる。
  展示品はガラス、プラスチック、メタル、木材、繊維、ゴム、セラミックなど素材 別に分けられ、製品ないしは模型が素材のサンプルとセットで置かれている。サンプ ルはもちろん手で触ってもらうため。脇の解説はつれなくて、デザイナー名、素材名 、メーカー名などが羅列してあるだけ。一瞬「?」ととまどうが、つまり製品を見る 、サンプルに触る、ときには叩いた時の音を聞くといった、これは身体でまず理解し て下さい、ということか。周囲では「かわいー!」とか「きもちいー!」とか、展覧 会では普通あまり聞かない言葉を連発している。シリコンゴムのサンプルを触って離 さない人がいた。

アートの日常化運動とMoMA

深夜のテレコンワールドでやっていた折り曲がるマナ板も、デザイン・ショップでよくみかけるクズカゴも、ウォータースタジオのあのオリンパスカメラも、ナイキのスポーツシューズも、ここではみな現代デザイン作品として並んでいる。現代美術の殿堂を誇る一方で、芸術とは無関係にみえるこうした日常のテーマも押さえるのが、このMoMAだ。芸術を生活に取り入れることをモットーとしたバウハウスの指導者たちが 第二次大戦でアメリカに多数流れ、プラグマチズムの社会に浸透していった。MoMAはそうしたいわばアートの日常化運動をずっと率先してやってきている。60年代にはキュレーターのエミリオ・アンバースが街で集めてきたグッドデザイン商品にプライス・タッグをつけて展覧会にし、買って帰れるようにしたというのだからあっぱれである。

素材の革新とデザイナーの仕事

それにしても現代の技術革新というのは凄いヤツである。超音波で成型処理したプ ラスチックのグラスとか、超小型電話ヘッドセットは、素材の革新がなければあり得 ないデザインだ。逆に言えば、デザイナーの仕事やポジションは私たちが想像するも のとは、かなり変わってきているというわけだ。エンジニアの提案やメーカー企業の 技術力が、デザインへの貢献度を増しているわけで、「デザイン」「デザイナー」の 定義はどんどん曖昧になっていかざるを得ない。
  奇しくもというか、原美術館で今開催されている倉俣史朗の世界はこれと好 対象をなしている。彼も素材を斬新に開拓したが、デザイナーというよりは作家だっ た。MoMAの展示物はほとんどが大衆社会での大量消費を前提につくられている。マー ケタブルな製品として成立するにはアーティスティックなセンスだけでなく、経済性 、機能性、耐久性などの要求もクリアしなくてはならない。複数の頭脳によって実現 された、複合要素の錬金術としてのデザインに、今ははるかに大きなポテンシャルが あると感じた。

[おおた かよこ/編集者]

toBottom toTop


BOSNIA.NET
http://www.fama.com/

サラエボの影とラカンの鏡像段階
―フィリップ・ジャンティ・カンパニー
『動かぬ旅人』―

●鴻 英良



サラエボやエイズの時代

いまヨーロッパ、アメリカの舞台に影を落としているものがふたつある。それはエイズとサラエボである。映画『アンダーグラウンド』や『ユリシーズの瞳』のように、直接的にサラエボに言及している舞台ももちろんあるけれども、いわば匂いとしてそれらが感じられるものがたくさんあるのである。
  幻想的な光景によって“無意識”を浮かび上がらせるといわれるフランスの人形劇団フィリップ・ジャンティ・カンパニー『動かぬ旅人』(初演1995年、パルコ劇場公演96年7月)にも、サラエボやエイズの匂いが感じられるのだ。
  ところで、ダンスを人形劇と融合させつつ、その人形の巧みな操りぶりによって陶酔的な快楽を提供してきた彼らの幻想的な世界、しばしばシュールリアリスティックなヴィジョンと呼ばれているものは、いつしかグロテスクで残酷なものに豹変してわれわれを驚かすのだ。その絶え間ない変容の中で、われわれは両極に引き裂かれ、たとえば、歓喜と恐怖の狭間に宙吊りになるしかない。しかし、それだけではこの舞台をエイズやサラエボとつなげるわけにはいかない。『動かぬ旅人』が、その独特の死の匂いによって、われわれを陶酔へではなく、まったくの覚醒状態へと絶えず押し戻すとしても、それだけならば、死一般にかかわる舞台といえばいいのであって、そのような舞台はこれまでにいくらでもあったであろう。

死のオブジェとしての皮膚

しかし、われわれのまえに現われてきたのは、それとまったく手触りのちがう人形劇なのだ。崩れ落ちる皮膚とでもいえばいいのか。人々[人形使い/ダンサーたち]はまず紙の包帯を巻いてわれわれの前に姿を現すのである。そして、その包帯は、たとえばナイフやフォークで突っつかれ、かき回され、ほじくられることで、ぼろぼろになっていくのである。人間の表面をこのようになぶりものにすることによってはじめられるフィリップ・ジャンティのこの舞台が死を主要なモチーフにしていることをわれわれはやがて明瞭に理解するようになるのだが、その死が、このような弄ばれ、かさぶたのようにごわごわした皮膚をぼろぼろと崩していくことによってあらわされていたということは偶然ではあるまい。やがてさまざまな皮膚がこの舞台のなかに充満してくるであろう。
  つまり、皮膚は死のメタファーではなく、オブジェなのである。
  やがて死ははるかに直接的なかたちで提示されるだろう。砂漠には化学プラントもどきの装置が点在している。赤ん坊(セルロイドの人形)は次々と弾丸のように宙を飛ばされていく。それらは受け止められたあと、管のなかをくぐらされる。流れ作業である。人形は最後には袋詰めにされて並べられていくのだが、こうした“残酷な遊技”がただちにガス室や死の大量生産を思い出させるのはまちがいない。実際、袋詰めにされて並べられた死体のことならわれわれはよく知っている。サラエボやルワンダから送り届けられてきた映像のなかで、われわれはそのような光景に親しむようになっているではないか。
  やがて赤ん坊の頭には爆薬が仕掛けられ、爆破されるだろう。そしてそのような流れ作業にいま従事している人間もまたいずれ袋詰めにされるだろう。人形に加えられた残虐な仕打ちが人間に及びはじめるのだ。

あいまいな像を結ぶ幻想世界

20世紀後期に出現したさまざまな肉体の廃墟が、このように陳列され、死の儀式はさまざまなバリエーションを獲得していくのだ。そして、これほどまでに具体的な死のオブジェにつらぬかれた舞台を見て、私は戦慄を感じないではいられないのだ。
  しかし、フィリップ・ジャンティのヴィジョンのなかでは、この幻想世界はもっとあいまいな像を結んでいるのかもしれない。そして彼の無意識はカオスのまま世界に反応しているだけかもしれない。なぜなら、このような黙示録的な世界を構想しながらも、フィリップ・ジャンティは次のようにいっているからだ。「果たして私はジャック・ラカンのいう鏡像段階に入ろうとしているのか」と。つまり、ヴィジョンは自己形成を遂げえぬまま、カオスのなかを彷徨っている。だが、ラカンがいっているのは、そのときまでわれわれの感覚のなかで身体は寸断されたままにあるということだった。そして、寸断された身体というヴィジョンこそ、サラエボやエイズの時代に現われつつある肉体の表象にほかならないと私は思うのである。
  とすれば、『動かぬ旅人』は、皮膚が崩壊し、崩れ落ち、身体が寸断されてしまったわれわれの時代を、人形と人間の交錯する幻想空間において逆説的なかたちで作ろうとしたものだといえるのではないか。

[おおとり ひでなが/演劇批評]

toBottom toTop


Oldenburg(Folk)

Claes Oldenburg
Leaning Fork with Meatball and Spaghetti III, 1994
Collection of Claes Oldenburg and Coosje van Bruggen,
Courtesy of PaceWildenstein



Oldenburg(Mu-Mu)

Claes Oldenburg
Mu-Mu, 1961
The Museum of Contemporary Art, Los Angels:
The Panza Collection



Oldenburg(Houseball)

Claes Oldenburg and Coosje van Bruggen
Houseball, 1985
Collection of Claes Oldenburg and Coosje van Bruggen, New York
© The artists




[ロンドン]
美術と公共性を考える
クレス・オルテンバーグの大回顧展と
展覧会《叩いて、鳴らして、騙して》

●毛利嘉孝



ふたつの展覧会

おそらく、それぞれの企画者は狙っていたわけではないだろうが、奇しくもロンドンのテムズ川のサウスバンクで同じ問題について考えさせられる展覧会が続けて開催されている。ひとつは、ヘイワード・ギャラリーのクレス・オルテンバーグの大回顧展 、もうひとつはロイヤル・フェスティバル・ホールのリチャード・レイゼルを中心としたコラボレーションの展覧会『叩いて、鳴らして、騙して』である。

巨大なオブジェと五感に訴える表現

  生活日用品を巨大なオブジェに拡大する作品で知られるポップ・アーティスト、オルテンバーグについては、よく知られた作家でもありくどくどと説明する必要はないだろう。60年代の初期の作品から最近の屋外での巨大なインスタレーションの基本模型を実際に設置した際のドキュメント作品までを集めた本展は、常に日常空間や都市の問題に触れてきていたこの作家の回顧展である。
  リチャード・レイゼルについてはなじみのない人も多いかも知れない。本展は建築家のジェームズ・エンゲル、ガーナ人のドラマー、アイザック・タゴーらとの共作であるが、これは、たとえばオルテンバーグのような展覧会とは決定的に異なったコンセプトを有している。それは、実に通常美術館からは巧妙に排斥されている子供や障害者のための美術作品群なのだ。入場は無料。入場者は参加者と呼ばれ、金属やゴム、いろいろな素材の布、水などでできたオブジェを触ったり、叩いたり、音を出したりすることができる。特に本展では視力が失われた人に対して細心の配慮が払われており、点字による解説はもちろんのこと、音や光や触覚の使い方など巧妙に研究した結果、単なるインタラクティヴ・アートではない微妙な「表現」が視覚以外の感覚に訴えるように作品がつくられているのだ 。これには、レイゼルが日本の盲学校をはじめ実際の教育機関で単に作品を「観賞」するだけでなく、制作することを教えてきた経験が生かされているのだろう。

誰のための美術館か

  このふたつの展覧会の共通点とは、「美術館とは誰のためにあるのか」という素朴な問い掛けなのだが、実際の入場者の反応を見るかぎり圧倒的にレイゼルに軍配が上がっていたことは否めない。もちろん、レイゼルの作品を「美術」ではないと切り捨てるのは簡単だろう。しかし、「括弧付きの美術が子供や障害者といったマイノリティにどういう機能を果たしてきたのか」ということが多分真剣に討議される必要があるのもまた事実なのだ。コンテンポラリーアートにおいて「美/醜」という尺度以外に新しい尺度が求められているかもしれない。「美/醜」という対立こそが「強者/弱者」の対立を隠蔽してきたのだとしたら。

[もうり よしたか/
カルチュラル・スタディーズ]
mouri@dircon.co.uk

toBottom toTop


Leger

フェルナン・レジェ
《パリの屋根》

1912年
《近代都市と芸術展―
ヨーロッパの近代都市と
芸術1870-1996》
カタログより

Kirchner

エルンスト・ルートヴィヒ・
キルヒナー
《ノレンドルフ広場》

1912年
《近代都市と芸術展―
ヨーロッパの近代都市と
芸術1870-1996》
カタログより

Delaunay

ロベール・
ドローネー
《エッフェル塔》

1926年
《近代都市と芸術展
―ヨーロッパの
近代都市と芸術
1870-1996》
カタログより

Corbusier

ル・コルビュジエ
《300万人のための現代都市》、 市街図[実現せず]

1922年
《近代都市と芸術展―
ヨーロッパの近代都市と
芸術1870-1996》
カタログより

Harbou

ホルスト・フォン・ハルブ
映画《メトロポリス》
撮影中のセットを写した写真

1926年
《近代都市と芸術展―
ヨーロッパの近代都市と
芸術1870-1996》
カタログより

Chirico

ジョルジョ・デ・キリコ
《イタリア広場》

1956年
《近代都市と芸術展―
ヨーロッパの近代都市と
芸術1870-1996》
カタログより



東京都現代美術館
http://www.via.or.jp/~imnet/
mot/index.html

Centre National d'Art et de Culture Georges Pompidou (フランス語) http://www.cnac-gp.fr/

近代都市と芸術展 1870-1996
―ヨーロッパの近代都市と芸術+
東京:都市と芸術―

●開発チエ



ポンピドゥーの《都市展》を東京展として再構成

行なわれるはずだった「都市の博覧会」のための「都市に関わる視覚芸術の展覧会」は、日頃広大過ぎるがゆえの問題点をあれこれと論われる都立現代美術館を、日本の首都のように過密なすし詰めの空間にしてしまうほどの規模を誇っている。都市博の是非はともかく、この展覧会に限っては、より広大な展示空間を用意する必要があったと切に思う。レセプションでは大道芸風の音楽隊やパフォーミング・アーツ部隊も出動していた。雰囲気はもはや十分に「万博」であった。
  展覧会は、ヨーロッパの近代都市のスタートを1870年に設定し、その年以前のものをひとまとめにしたセクションから、10年単位で、それぞれのディケイドを代表する視覚芸術作品を集めた形式になっている。このポンピドゥーで開かれた《ヨーロッパの近代都市展》のクロノロジーに沿った形で、もう一部には日本の都市の相貌の変遷が編纂されている。

近代性が都市に与えた衝撃、そして都市が近代性に与えた衝撃を提示

1870年以前には、硬質な都市計画図と、人気のないモノクロのパノラマ写真の中に死んだように眠っていた都市が、クールベに代表されるアカデミーに反逆したサロンの画家たちによって、人間の息づく生の空間として読み直される。次第に鳥瞰図が増え、都市が壮大な夢を潜在させた可能性の空間として呼吸を始めるのと一緒に、印象派の画家たちが屋外に出て全感覚的に都市を体験することによって、季節感と折々の催し物に沸く、カラフルで動的な相貌を露にしてゆく。やがて、新たな世界を育む夜としての世紀末が訪れる。そこから、大戦が近づくにつれて、実現したものもせずにいたものも含めて膨大な都市計画図が提示され、同時にアヴァンギャルドが誕生する。キュビスムが新しい世界の見方を提示し、未来派は都市のテクノロジーに充溢するエネルギーを捕らえてゆく。その極点にル・コルビュジエは現われる。新たな創造的意志はいつしか、破壊的誇大妄想の欲望という裏に隠された真の顔を曝し始める。かくして、まるで必然的に召喚されたような大戦は訪れ、それによって都市は真に変貌することになるのだ。全体主義の野望、映画《メトロポリス》によるその告発、焦土。そして、廃墟となったヨーロッパの上には再び都市計画が試みられ、まあ、あとはよくご存知の大戦後の芸術運動と、もはやヴァーチュアル・リアリティとなる以外はない壮大な都市計画が相変わらず続く。日本の側では浮世絵に始まるグラフィック・アートの豊穣さが見物だ。つくづく日本における「平面」のパワーには圧倒させられる。

Hiroshige 歌川広重(三代)
《鉄道馬車往復
京橋煉瓦造ヨリ
竹河岸図》

1882年
『近代都市と芸術展―
東京:都市と芸術』
カタログより

とにかく量に圧倒されるが、残念ながらテーマのフォーカスが甘い。ざっと展示を回るだけでは古地図と絵画の見本市に遭遇したに等しい。一巡りして十分にお勉強した気分になるためには、午前中に出かけて、途中でカタログを購入し、昼食でもとりながら熟読して、もう一回周回することをお勧めしたい。

[かいほつ ちえ/美術批評]

toBottom toTop



Art Watch Back Number Index

Jul. 18, 1996 Aug. 20, 1996


[home]/[Art Information]/[Column]


Copyright (c) Dai Nippon Printing Co., Ltd. 1996
Network Museum & Magazine Project / nmp@nt.cio.dnp.co.jp