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ArtDiary ||| 村田 真のアート日記
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6月13日(金)

13日の金曜日、ヴェネツィア着。考えてみれば、ヴェネツィアにはもう6回目だが、いつも違ったルートで入ってる。最初は鉄道でサンタルチア駅着だった。次は飛行機でマルコポーロ空港に着き、陸路バスを使った。その次は空港から水上タクシーだった。今回は空港からバスでローマ広場まで行き、そこからヴァポレット(水上バス)の順。
ホテルに着いたのが夜なので、同行の菅原正夫氏と近くのリストランテで魚を食う。うまかった。こんなうまい魚はヴェネツィアでは初めて。菅原君が「村田さん、魚食べるのうまいですね」という。魚がうまけりゃ食うのもうまくなるさ。「ビンボー人だから骨しか残さねーんだよ」とぼく。しかし高かった。
その後、きっと知り合いに会えるだろうとサンマルコ広場へ行ったら、やっぱり会った。佐谷画廊の佐谷周吾君と一色興志子さん。グラッパあおって一緒に深夜カフェに繰り出すと、佐賀町エキジビット・スペースの小池一子さん、ギャラリー小柳の小柳敦子さん、あとビデオの荒木隆久君や山口裕美さん……ぞろぞろ日本人がいる。みんな今回のビエンナーレはよくないという。だいたいビエンナーレのような大きな国際展は、重箱の隅をつつくようになにかと悪くいわれがちだけど、今回はホントにひどいらしい。ということはあらかじめぼくも予想していたんで、別にがっかりもしないけど。

6月14日(土)

6月のヴェネツィアはいつもカラッと晴れてるのに、今日は珍しく曇りのち雨。ビエンナーレは昨日までの3日間がプレスオープンで、明日から一般オープン。従って今日は休みなので、菅原君と美術館を巡る。パラッツォ・ドゥカーレ→アカデミア美術館→ペギー・グッゲンハイム・コレクションの順。これは美術館管理運営学の岩淵潤子さんもいってたことだけど、イタリアの美術館や博物館はアメリカなんかに比べて総じてひどい。コレクションの扱いや展示がズサンで、まるで日本のリゾート地の美術館にありがちなホコリ臭い場末の雰囲気が漂う。アカデミアなんか、ジョルジョーネ、ティツィアーノ、ヴェロネーゼの逸品があるというのに……もったいない。もっと工夫しろって。
ナンジョウ・アンド・アソシエイツの児島やよいさんと菅原君とエサ場を探すうち、上沢かおりさんに会い、一緒にツーリスト・メニューの晩餐。その後、再びサンマルコ広場のカフェ・フローリアンへ。さぶい。

6月15日(日)

10時にビエンナーレ会場のジャルディーニ着。11時から授賞式。国際賞はマリーナ・アブラモヴィッチとゲアハルト・リヒター、国別賞はフランス館が獲得。若手作家に贈られる2000年賞にはダグラス・ゴードン、ピピロッティ・リスト、レイチェル・ホワイトリードが選ばれた。特別賞はティエリー・デ・コルディエ、マリー=アンジュ・ギルミノ、それに韓国のイク・ジュンカン、なぜか北欧館から出ている森万里子の4人。確か前回も韓国と日本から1人ずつ受賞してたっけ。日本企業が贈るベネッセ賞は、ギリシャのアレクサンドロス・プシコウリス、っていうんだろうか読み方さえわからないヒト。しかし発表を聞いても、まだ会場を見てないんで「なるほどやっぱり」とか「そりゃヘン」とかいえませんなあ。
会場を一巡する。まず日本館へ行くと、パビリオン前は数十人の人の列。内藤礼の作品はパビリオン内にテントを張ってインスタレーションしたもので、原則的に1人ずつしか入れないのだ。しかも1人5分とか10分とか決められているので、1日せいぜい100人しか見られない。時間がもったいないのでパス。日本館に限らず、今回は入場制限してるところがいくつかあった。カナダ館のロドニー・グラハムのとぼけた映像、北欧館から出した森万里子の3D映像など、映画館みたいに観客の入れ替えをしている。
思うに美術展のよさは時間を気にしないで鑑賞できること。いつ行っても見られるし、どれだけ見ててもかまわないっていう気楽さが好きなのに……。だけど逆に、いつ行っても見られるから先延ばししているうち展覧会が終わっちゃったとか、どれだけ見ててもかまわないっていうことはなにも見ないで素通りしちゃうってことにもなりかねない。特にこーゆー国際展の場合、作品の凝視時間は極端に短いらしく(南條史生氏によれば1点平均2秒だそうです。どーゆー計算だ?)、作家としてはいかに観客の足を引き留めるかが勝負になる。そこであらかじめ時間を区切った映像が多くなる、ってか? そのうえ観客の目を惹きつけるため、ついセンセーショナリズムに走りがち。これじゃまるで博覧会かテーマパークではないか。
夕方、ベネッセ賞のパーティーに出るため、バウアーグリュンバルト・ホテルへ。おーいるいる、ギョーカイ人がうようよと。ニューヨークからきた藤井美和子さん、BT編集長だった真壁佳織さん、アルセナーレに出品してる蔡國強さんたちと、初日に行ったリストランテで食事。

6月16日(月)

朝、ホテルで菅原君と児島さんと打ち合わせの後、再びジャルディーニへ。昨日見られなかった運河の向こうのパビリオンを見る。ルーマニア、ポーランドは、とりたてていいってわけでもないけど、シゴトしてるって感じ。制作のモチベーションがひしひし伝わってくる。
もう一度イギリス館やフランス館を見て、企画展「未来・現在・過去」(ったく、あってもなくてもいいようなタイトルだ!)の開かれているアルセナーレへ。ここはもともと造船所だった建物で、前々回まで若手作家を対象にしたアペルト展の会場だった。今回の企画展でも主に若手作家がここに出している。やっぱりセンセーショナルな作品やお笑いに走る作品が多い。もちろんそんなの今に始まったことではないけど、それにしてもキミタチ、時代や社会に対して斜に構えすぎではありませんか。ま、いまどき時代やら社会やらに正面から取り組もうとしたって笑い者になるだけだし、笑われるくらいなら自分から笑わそうって魂胆か。だいいち今は時代や社会自体がお笑いだもんね。
美術ジャーナリストを僭称する名古屋覚(敬称略)とサンマルコ広場で待ち合わせ、菅原君を加えた3人でリアルト橋近くのリストランテ、マドンナへ。男ばっかでメシ食うのもムナシーなー。

6月17日(火)

サンマルコ広場のコレール美術館で開かれてる「アンゼルム・キーファー展」へ。なんだかキーファーがドン・キホーテに見えてくる。常設のゴシックbルネサンス時代の宗教画を堪能。出る時、入場料を払ってなかったことに気づく。トクした。道に迷いながらも、パラッツォ・フォルチュニーへたどり着く。ここでは50〜60年代のビエンナーレの資料が公開されている。64年にアメリカ代表のラウシェンバーグが大賞を獲った話はもはや伝説化しているが、その年アメリカ館はラウシェンバーグだけでなく、ジョーンズ、ステラ、チェンバレンらも出品していたことを初めて知った。
キプロス(ギリシャ)の作家を集めたパラッツォ・ジュスティニアン・ロリンへ。ここは前回、南條氏の企画で「トランスカルチャー」展を開いたところ。今回ベネッセ賞を受賞したアレクサンドロス某はここに出品していた。「トランスカルチャー」展はベネッセが資金援助してたわけだから、妙な巡り合わせだ。「ベルギー・オランダ絵画展」の開かれているパラッツォ・グラッシへ。ヤン・フート(ベルギー)とルディ・フックス(オランダ)の共同企画だ。確かにこの2つの小国の美術はおもしろい。でも、なにか思わせぶりな展覧会で、企画意図が伝わってこない。フランスとドイツという両大国に挟まれながらも奮闘する、独自のアイデンティティを自慢したいのか。
昨夜の反省から、彫刻の森美術館の内田真由美さんを誘って、名古屋(敬称略)、菅原君の計4人で、児島さんが教えてくれたリストランテでメシ。安くてうまい。でかした児島! こうしてヴェネツィア最後の夜は更けていく……。

……次号アート日記

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