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ミュンスター彫刻プロジェクト1997 村田 真
「公共空間におけるアート」の先駆け

テンポラリーであれパーマネントであれ、美術館以外の公共空間に作品を設置する野外美術展やパブリックアートの類は、今でこそいたるところで見られるようになったが、その先鞭をつけた展覧会のひとつがミュンスターの「彫刻プロジェクト」である。このプロジェクトは、「公共空間におけるアート」の可能性を探ることを目的に1977年から10年に1度行われ、今年で3回目を迎えた。
ノルトライン・ヴェストファーレン州の北部に位置するミュンスター市は、ドクメンタの開かれるカッセル市と同じく、こぢんまりとしたのどかな地方都市。だが、街の歴史とたたずまいは古く、環状の道と運河が教会を中心とする旧市街を囲み、半径1キロ以内に宮殿や様々な歴史的建造物、住宅街、大学、緑あふれる公園、湖まである。屋外彫刻の舞台としては申し分のないシチュエーションといえよう。しかし小規模な街とはいえ、作品は各所に点在しているので、観客はまず街の中心部にある州立美術館でマップ付きのガイドを買い、それを見ながら作品を探し歩かなければならない。この方式は今でこそ珍しくなくなったが、同展がその先駆に位置づけられる。

ミュンスター カタログ
「ここ」でしか見られない作品

今回の参加作家は73人。この中には実現できなかったものや美術館内での展示も含まれており、実際に屋外で展示されたのは60作品ほど。参加作家は事前にミュンスターを訪れ、この街の歴史、地理、文化などを調査し、作品プランと設置場所を決める。従って、出品作品は基本的にできあいのものを持ってくるのではなく、その場所から発想されたサイト・スペシフィックなものが多い。つまり、ここでしか見られない、この街ならではの作品に出会えるわけで、それが同展のいちばんの特徴であり、また魅力でもあるのだ。
いくつか例を挙げてみよう。
戦勝記念碑の横に同サイズのメリーゴーラウンドを置き、それを木の板で囲って上に有刺鉄線を巻いたハンス・ハーケの作品。旧市街の窓から窓へ何千枚ものストライプの旗を吊るし、フェスティバルの雰囲気を再現したダニエル・ビュレンヌ。戦災で両腕のもげたキリスト像に想を得て、デュシャンのレディメイド作品「びん乾燥器」の突起部分に千手観音の手を付けたファン・ヨンピン。かつて植物園だった場所を家庭菜園に変えたフィッシュリ&ヴァイス。これらはいずれも、ここにあるもの、ここで行われていたことから発想された作品であり、「ここ」以外では成立しない。 だが、「ここ」でしか成立しない作品ならなんでもいい、というわけでもない。たとえば、ミュンスター市の地理的な中心点を計算で求め、その地点(民家の玄関先)に赤い円を置いたカリン・ザンダーの作品。一見「なるほど」と思わせるが、しかし「だからなんなんだ?」といいたくなる。

「ここにあってよかった」作品

逆に、ここでなくてはならないというわけではないが、「ここにあってよかった」と思わせる作品も少なくない。アンテナ状の鉄塔の上にワイヤーで書いた詩を水平に乗せ、草むらに寝そべってそれを読ませるイリヤ・カバコフ。細長い池の両端に対照的な彫刻を対置させたフランツ・ヴェスト。街灯から聞こえる声にシンクロして光を点滅させるトニー・アウスラー。これらはほかの場所にも適用できるが、観客が歩き回る地形や道順を考えて配置されており、誤解を恐れずにいえば、場をわきまえた作品である。
また、湖の端から端まで人を運ぶ川俣正の木造の舟や、穴に両足を突っ込むとマッサージしてくれるマリー=アンジュ・ギルミノの仮設小屋なども同様で、さらにこれらは観客が歩き疲れることを見越したリフレッシュのための作品ともいえる。ただし、川俣の作品は、オランダでアル中患者やヤク中患者の更正のために実践されているプロジェクトの一環であり、ギルミノの作品はすでに日本でも紹介されたことのある旧作だ。

「彫刻」から逸脱する「彫刻プロジェクト」

さてこうして見てくると、「彫刻プロジェクト」と称しながら、旧来の「彫刻」概念から逸脱した作品が多いことに気づかされる。その極端な例が、地下通路でビデオを流す曽根裕や、公園で人形劇を上演するリクリット・ティラヴァニャをはじめとする映像やパフォーマンスの登場だ。こうしたエフェメラルな作品の難点は、行けば常に見られるというわけではないことである。たとえば、建物の壁に幻想的な映像を映し出すエウラリア・ヴァルドセラのショーは、暗くならないと始まらない。この時期、夜9時頃まで明るいというのに。
ともかく、このような作品の急増ぶりは、前回、前々回と比べてみるといっそう明らかだ。第1回展では、石や鉄といった硬質な物体を用いた作品ばかりだったのに、第2回展ではそこに一時的なインスタレーションや動く作品が加わり、今回は映像とパフォーマンスだけで全体の2割を占めるにいたっている。
このような傾向、いわばモノとしての作品からコトとしての作品への移行は、もちろん今に始まったことではないし、今年のヴェネツィア・ビエンナーレやドクメンタにも見られた現象だ。しかしそれがミュンスターで際立って見えたのは、いうまでもなく同展が「彫刻プロジェクト」と銘打っているからにほかならない。と同時に、開催間隔が10年と離れているので、前述のように前回展と比較すると差異がいっそう際立つのである。
つまり、この「彫刻プロジェクト」では、10年という長いスパンを経て、「彫刻」概念の変容や「公共空間におけるアート」という問題意識の移り変わりに立ち会うことができるのだ。これはますますサイクルの早まる現代において貴重な体験といえるのではないか。もっともそのためには10年を待たなければならないが。(文中敬称略)

会期 :1997年6月22日〜9月28日 10:00〜深夜 月曜休館
開催地:ドイツ、ミュンスター
メイン会場:市内各所およびヴェストファーレン州立美術博物館
問い合わせ:eメール muenster@artthing.de
Tel: (0251)5907-201
ホームページ :http://westfried01.uni-muenster.de/skulptur/index.html

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