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ドクメンタ10 | 名古屋 覚 | |||||
国別参加方式ではなく、1人のディレクターが展示方針からアーティストの選択まですべてを裁量するのが、今回で10回目となったドクメンタ。フランス人カトリーヌ・ダヴィッドをディレクターに迎えた今ドクメンタの展示の中心は、美術館という制度を批判したマルセル・ブロータース、美術作品と観衆の新たな関係を探ったブラジルのエリオ・オイティシカ、写真やスケッチを作品に導入して美術の意味を問うゲアハルト・リヒターら。端的にいえば、60年代以降の欧米のコンセプチュアル・アートの回顧展といった趣であった。日本からの参加者はいない。 | ||||||
実は、今回のドクメンタには“伏線”があった。1994年の第22回サンパウロ・ビエンナーレがそれである。このときのフランスのコミッショナーがほかならぬダヴィッドであり、彼女が参加させた2人のアーティスト、ジャン=マルク・ビュスタマントとトニ・グランは、そろってドクメンタに参加している。そのうえ、ドクメンタの核心をなしているブラジルのアーティストたち、オイティシカとリジア・クラルクは、このサンパウロ・ビエンナーレでも大々的に特集されていた。加えて、サンパウロのテーマ「伝統的支持体の崩壊」はそのまま、純粋な絵画や彫刻がほとんど見られない今回のドクメンタの内容を強く示唆するものだったのである。
日本のアート関係者のほとんどが敬遠するサンパウロ・ビエンナーレだが、実際はかれらの死角で“現代美術の力学”は動いていたのであり、今回のドクメンタは日本の関係者にとって“頂門の一針”ともいうべき出来事なのである。 |
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ドクメンタのオープニングに先立って開かれた記者会見は、出席したのは報道関係者ばかりとはかぎらなかったが、1600人収容のカッセル最大のホールが満員の盛況。「なぜアフリカやアジアのアーティストが少ないのか?」といった質問に、「そんなばかげた議論はしたくない」と答えるなど愛想のないダヴィッドであったが、展示方針についての強い自負をのぞかせた。 日本の関係者の間からは「西欧中心主義的だ」との批判も聞かれた。ならば、特にアジア美術の熱心な支持者である関係者諸氏よ、せっかくドイツまで来たのだから、記者会見でダヴィッドにヤジのひとつでも浴びせてやればよかったのでは? 美術の変革を先取りした仕事ばかりを追った観がある今回のドクメンタは、現代美術の豊かな成果を満足に示したとはいえないが、はっきりした主張をもった“美しい展覧会”であったことは確かだ。 |
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