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見えないデザイン−1
非接触感覚のためのデザイン
柏木博

20世紀を特徴づけるデザインはいくつもあるが、そのひとつに「使い捨て」のデザインがある。たとえば、ファースト・フードのハンバーガー屋で使っているもののほとんどが使い捨てである。プラスティックのコップや紙のランチョンマット、紙ナプキン、コーヒーをかき回すプラスティックのスプーンなど。食事が終わるとすべてくず入れに捨ててしまう。その結果、今日、資源問題や廃棄物問題を生んでいるわけだが、ここでは、そうした問題を議論するのではなく、「使い捨て」ということにまつわる、私たちの感覚的な部分に目を向けてみよう。
感染病と紙コップ

たとえば、使い捨てをもっとも象徴しており、古くからあるもののひとつは、紙コップである。アメリカで紙コップが考案されたのは1908年のことだ。当初は紙コップそれ自体が商品として販売されたのではなく、1セント・コインを入れて紙コップで水が飲める販売機がつくられたのである。ヒュー・ムーアという人物がアメリカン・ウォーター・サプライ・オブ・ニューイングランドという会社名でこの販売機を商品化した。同じ時期に、カンサス州の保健委員をしていたサミュエル・J・クラムバインという医者が、飲料水を飲むために備えられたブリキ製コップを共同で使うことが、結核菌を蔓延させていると主張し、カンサスのユニオン駅に入ってくる列車に備え付けられたブリキ製コップをカンサス大学の細菌学科のM・A・バーバーのところに持ち込んだ。その結果、結核菌が発見される。そして、カンサス州ではブリキ製共同コップの使用が禁止になった。同じ頃、ラファイエット大学のアルヴァイン・デイヴィスンが共同コップから結核菌を発見したことを報告した。こうしたことから、アメリカ各州で、次々に共同コップ使用の禁止法が承認されていった。
 以後、たちまち紙コップの市場が形成されていった。道具を他人と共有しない。再使用しない。その結果としての使い捨てることが、紙製品という形をとった。その使い捨ては、近代においてもっとも感染病として恐怖された結核という、実体としての病というよりは象徴的病を回避するものとして、社会的に位置づけられたのである。

衛生観念の形成

つまり、使い捨ては、ものを手入れする面倒がはぶけるということだけではなく、むしろ他者との接触を避けるということの方に、そのアクセントがある。それは、20世紀の衛生思想と不可分の関係にある。さらにいうなら、紙コップをはじめとした使い捨てのものこそが、衛生という観念をかたちづくっていったといえる。
 実のところ、20世紀のデザインの多くは、わたしたちの感覚や思考のあり方といった目に見えないものを組織してきたといえるだろう。使い捨てのものばかりではなく、家電製品の白と表面の仕上げは、「汚れ」を無意識のうちに気付かせ、衛生という観念を組織するひとつの要素になってきた。こうした他者との非接触という感覚は、今日、「抗菌処理」というさらに目に見えないデザインを肥大化させていくことになったのである。

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