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名付けようのないかたちが想像力を刺激する
−ロンドンのシボーン・ハパスカ展
真壁佳織

大きさは最長部分で2メートルほど。かすかに灰色を帯びた光沢のある白いレリーフが、三方の壁に掛けられている。鋭いエッジが飛び出している部分と、上空から見下ろした雪を戴く山脈のように、表面を波打たせている部分が組み合わさり、これまで見たことがないと思わせる形態をつくりだしている。しばしその形態を視野に納めていると、決して強烈ではない外光にもかかわらず、ひときわ強く反射しているかのような青い光。不思議に思って近づくと、それはエッジに埋め込まれた、1ミリほどの小さな青い光源だった。思わず溜息をつく。
 ロンドンのギャラリーで見たシボーン・ハパスカの個展は、映像や写真、そしてドゥローイングで埋め尽くされた感の大型の展覧会を見てきた身にとって、あらためて彫刻の魅力と可能性を再認識させてくれたものだった。

アイルランド出身、現在ロンドンに身を置くハパスカは、1965年生まれ。今回のドクメンタ10にも参加している。ドクメンタの会場では、天井の高い空間に充分なスペースをとって大型の作品が置かれていた。床の中央に設置された「HERE」は、上記の彫刻と同じ素材の不定形なベッド。こちらはエッジが丸い。近づくとかすかな音が聞こえ、覗き込むとベッドの内側に向かって周囲の縁から水が流れている。ベッドの上には豪奢な毛皮のシーツと上掛け、そして酸素マスク。部屋の外のヴィデオには、このベッドに身を沈ませて、酸素を吸入する彼女自身の映像が映されていた。体験した人の話によると、1分もすれば強烈な覚醒感を体験できたということだ。

レリーフ彫刻のほかにも、ハパスカは多様な表現形式をもっている。素気ない4メートルほどのレール上をのどかな音をたてながら間をおいて往復する絡まり合った細い枝。この音も、レールのどこかに仕掛けがしてあるらしく、時折ヒューっと甲高い音に変化する。見ていると時間の感覚を忘れる。また、ドゥエイン・ハンソンを思い出させるような細密な人物彫刻。ロンドンの個展では、地下の展示室に、リアルに再現された等身大の枢機卿が椅子に座り、柔らかく上に向けた左手の手のひらには球状のスピーカー。枢機卿のスピーチが、リミックスされて小さく流れている。彼の反対側の腕には革紐がくくりつけられ、それが部屋に置かれたもうひとつの彫刻につながっているのだが、こちらは断頭台を思わせる木の枠に組み合わされた、レリーフ彫刻と同様の白く輝く不定形の塊。人間の形姿をぎりぎりとどめた細い突起が、その木枠の穴から突き出されている。キリスト教のテーマが絡んでいることはわかるが、そのスピーチの内容がわからないため、歯がゆい。

ハパスカの作品では、空間を把握し、物体を置いてその関係性を可視化するという行為が、見事に達成されていると思う。なおかつ、それらの物体はそれ自体が完璧なバランスをもって存在をアピールしている。念入りに計算されたフォルム、それでいて見ている者の情感に訴える柔らかさ。相反する要素が無理なくひとつの物体に収まっていて、見る者の想像力を刺激する。ただし、既存のどんなものにもあてはめられず、名付けようのないかたち。
 立体のかたちの魅力と切り離すことができないのは、冒頭に触れた光の使い方、そして音の使い方が新鮮であるということだ。どれも、注意深くなければ拾うことができず、だが確実に、それがあることによって立体が一層の深みをもって、そこに存在することを可能にしている。冷たい光沢が、柔らかさを感じさせることがいままであっただろうか。人工的な素材が、人工的であることを忘れさせることがいままであっただろうか。極めて繊細な感覚と言う以外に、このセンスを表現できない。ほかのどのアーティストの作品とも比較できない新鮮さは、彼女がこれから注目を浴びていく充分な予感を抱かせる。

シボーン・ハパスカ展
会期:1997年6月
会場:ENTWISTLE GALLERY, LONDON(ロンドン、エントゥィッスル・ギャラリー)

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