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第5回イスタンブール・ビエンナーレ
南條史生

10月の5日から、トルコのイスタンブールで第5回目のイスタンブール・ビエンナーレが開催された。
今回はスペインの女性キュレーター、ローザ・マルティネスがジェネラル・コミッショナーとなり、86人のアーティストを選出した。

イスタンブールはボスポラス海峡をはさんで、西側がヨーロッパ、東側がアナトリアと呼ばれる半島である。このアナトリアが「アジア」という言葉の語源になったと言われるとおり、まさにヨーロッパとアジアが対峙する町である。そこでプレスリリースによるとこのビエンナーレは、西欧の通常の観点ではなく、美術を非西欧的観点から再構築し解釈し直すことを試みる、とある。
 ローザ・マルティネスはスペインでは最大の現代美術の擁護者である金融機関カイシャ・デ・ペンショーネのバルセロナのギャラリーでキュレーターとして勤務していた経緯がある。また、これまでバルセロナ・ビエンナーレ、地中海ビエンナーレ、EC主催のマニフェスタ展などのキュレーションを手がけてきた嘱望される若手キュレーターの一人である。
 これまで若手アーティストの発掘、育成に力をいれてきただけに、今回のビエンナーレも若手作家や特にトルコの国際的にはあまり知られていない作家を多数起用している。

イスタンブール04
リン・ティアンマオ(林 天苗)
モニターと白い糸を用いた
インスタレーション
今回のテーマは「人生、美、翻訳、そしてその他の困難」と題されている。その内容は、芸術と人生の関係、美という言葉の再定義の問題、誤解や意味の変質を招く不完全なコミュニケーション手段である言語についての再認識、そしてそうした問題から派生するその他の様々な困難について論じるとしている。

言い換えると現代の美はマスメディアと多様な異文化の交流のなかで新たに生まれ変わろうとしているという認識のもとに、モダニストが掲げたような芸術の自立というものは可能でありうるのか、また芸術の聖性とは可能なのか、むしろそれらは相対的なものであり、作品と鑑賞者の関係によって新たな視点が生まれるのであり、さらにそれは我々の感性を変革し、個々の社会における態度や行動をも変えていくようなものではないか、というのがこの展覧会の問いかけである。

イスタンブール2
ビヴァリー・シムズ
巨大なドレスの作品
主会場は、トプカピ宮殿の傍らのインペリアル・ミントとよばれる学校のような古い建物群と聖エイレーンという教会の廃虚である。
 前者にはかなり多くのトルコの若手作家が展示されていて、トルコの現代美術の現況がわかると同時に、映像や大型のインスタレーションもみることができる。インスタレーションで特に目立ったのは、中国のリン・ティアンマオ(林 天苗)のモニターと白い糸を使った作品であった。また後者では、特に礼拝堂の吹き抜けの広い空間が印象的で、正面の祭壇の位置におかれたビヴァリー・シムズの巨大なドレスの作品と、赤いバラの花びらを数千枚、ピンで編み込んで巨大な赤いカーペットを壁から垂らして見せたローラ・ヴィッカーソンが印象的であった。
 また日本に長く滞在して有名になった中国人作家蔡国強も、この礼拝堂を見おろす中二階の上に、二つのテレビモニターと表彰式の台座を設置し、モニターからはボスポラス海峡を挟んでヨーロッパ側から石を投げる自分の映像と、アジア側から石を投げる自分の映像を流し続け、東西の闘争と交流の歴史を象徴した。また台座の上からは紙飛行機を飛ばすように指示し、これも異なった文化を結ぶ航空産業の役割を象徴するとともに今日の世界の人的交流の現実を描いて見せた。この作品は、多くの人の遊び心を刺激したらしく、大変観客に人気があり、たくさんの紙飛行機が礼拝堂の中を舞うことになった。
イスタンブール1
ローラ・ヴィッカーソン
バラの花の織物
礼拝堂の中ではエグレ・ラカウスカイテのパフォーマンスも行われた。13人の少女 の長い髪を互いに結びつけて、音楽とともにゆっくりと動き回るその姿は優美であると同時に異様でもあり、歴史と現代が奇妙に融合した不思議な雰囲気を醸し出していた。

インペリアル・ミントの屋外ではシムリン・ギルが木の葉を文字の書いてある紙で置き換えた目立たないが自然と文明の交流を強調した作品を提出した。
また日本人でただ一人参加した森万里子は、中国から作品が到着せず、市内の電工掲示板に彼女自身が巫女に扮した最近作を上映して、作品とした。
 それ以外の会場として、有名な300本の大理石の柱がたつ地下宮殿も使用された。 かつては貯水漕として使われ、今では観光名所となった地下の巨大な空間には、まだ水が低くたまり神秘的な様相を呈している。その水の中に彫刻や、サウンド・インスタレーションが設置され、初日にはパフォーマンスも行われた。
 また別の展示場所とされた空港は人波でごった返しており、ほとんど難民キャンプのような状態で、設置された作品の位置はわからない。ボスポラス海峡対岸の駅舎のなかの作品はひっそりとしており、空間をうまく使った作品ではなく、コンセプトどおりの設置にはなっていない。

イスタンブール3
エグレ・ラカウスカイテ
乙女たちのパフォーマンス風景
全体の印象として今回のビエンナーレは若手と女性作家の起用が目立ち、その点で見慣れた作家が並んだヴェネツィア・ビエンナーレとは違った新鮮な感じを与えたが、一方作品は全体に小ぶりで、力強い印象は弱く、全体に軽い印象がある。もっとも会場となった建物やトプカビ宮殿を含む周辺の古い建物群は長い歴史と石の重厚な重量感が圧倒的な存在を主張しており、どんな大きな作品でも対抗することはできなかったろう。
 ただしそうした特徴的な空間や場所の持つ意味をもう少しうまく消化し、取り込んだ作品があってもよかったのではないかと思われた。

芸術作品にとっては歴史と現代の双方が重要であり、それとの対話と拮抗とが新しい文化の展開の契機になるのだとしても、千年以上に及ぶイスタンブールの町の重みはなにものにも比肩しがたいものがある。このビエンナーレは町に魅力があるだけに、今後も継続する事が望まれるが、その都度、現代美術はその有効性と存在理由をこの町の中でヴェネツィア以上に厳しく問われることになるだろう。

《第5回イスタンブール・ビエンナーレ》
会場:トルコ、イスタンブール
会期:1997年10月4日(土)〜11月9日(日)
問い合わせ:Tel. 90 212 293 31 33
      E-mail: ist.biennial@istfest-tr.org
ホームページ:http://www.istfest.org/events/biennial.html

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