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『若いもんが若いもんなら年寄りも年寄りだ』
――クレーメルのピアソラなどについて
桜井圭介

(前回までのあらすじ)ダンスは「硬い」のと「しなやか」なのとでは「しなやか」なほうがいいに決まっているが、東京のダンス・シーンにおいては「しなやかさをよそおう」という、一番たちの悪い病理が進行してた。グルーヴを求めての韓国旅行から戻ってみると、東京は「若いもんが若いもんなら年寄りも年寄りだ」というべき事態であった。

なんだか知らないあいだに、ちょっとした「タンゴ・ブーム」らしい。この前はバブルの頃にちょうど『タンゴ・アルゼンチーノ』の公演があったりして盛り上がったわけだったが、この不況時に……。どうも今回のブームはギドン・クレーメル率いる「アストル・クァルテット」から来ているらしい。先ごろ、来日に合わせて『ピアソラへのオマージュ』のVol.2 がリリースされた。クラシックの超有名ヴァイオリニストが今は亡きモダン・タンゴの巨匠の作品の演奏に情熱を傾けている、ってなわけか。彼だけじゃない。指揮者・ピアニストのダニエル・バレンボイム、さらには玉三郎とも競演したチェリストのヨーヨー・マまでピアソラ・アルバムを出すというありさま。そんなわけで、フジテレビがピアソラ・ナンバーの演奏とダンスによるショーをどっかから呼んで来たり、ピアソラの評伝も刊行されるらしい。もちろん、カルチャー・センターのタンゴ教室も人気沸騰だ。

一応言っとくと、私はピアソラがあまり好きではない。それについては、前回もちょっと書いたが、要するに「タンゴなのにダンサブルでない」ということだ(ま、ピアソラ自身、ダンスの伴奏音楽に甘んじているのが嫌だったわけだ)。そこにクラシックの人が入りやすい理由もあるのだろう。クレーメルの場合も、普通に考えれば「スクゥエアなクラシックにグルーヴを取り戻すためにタンゴに挑戦」という感じなのだが、結果としてはピアソラ以上にグルーヴがないものが出来てしまったぞ。もともとクレーメルはヴァイオリンというセクシーな楽器にしては禁欲的な演奏をするほうで、それは即物主義というか新古典主義的な表現なのかと思っていたのだが、じゃあ、何のためにわざわざ? と言いたいです。ちなみにバレンボイムその他の演奏も似たり寄ったりだ。

タンゴというと「ズン、チャッ、チャッ、チャッ」という4分のきざみを思い浮かべるだろうが、実はタンゴの、そしてあらゆるラテン・アメリカ音楽の持つ最も魅力的な特徴は「4分3連(音符)」のフレージング(注1)が生むグルーヴだ。例えば、サルサのティンバレスの常套的な「おかず」パターン。あれは別に「もたっている」わけではないのだが、「もたり」効果を生む。タンゴも基本リズムこそスクウェアだが、実際の演奏においては、メロディとアクセントの四分三連的な運びによる「もたり」感によって醸し出されるグルーヴが肝なのです。タンゴが「ダンサブルである」ということの真の意味はそういうことだ。逆に言えば、クレーメルのピアソラ演奏はスクゥエアなきざみ(=ビート)ばかりが聞こえてくる、それこそ「ダンス(の伴奏)音楽」的なものになってしまっているのではないか? それに比べたら(注2)ピアソラはものすごくグルーヴィだよ。
ギドン・クレーメル1
ギドン・クレーメル
『ピアソラへのオマージュ』Vol.1
(ワーナーWPCS-5080)


ギドン・クレーメル2
ギドン・クレーメル
『ピアソラへのオマージュ』Vol.2
(ワーナー WPCS-5070)


ヨーヨー・マ
『ヨーヨー・マ・
プレイズ・ピアソラ』
(ソニーSRCR 1954)

(注1)
「4分3連(音符)」のフレージング:4拍子において1小節を4の倍数(タン・タン・タン・タン)ではなく3×2=6分割して(タ・タ・タ・タ・タ・タ)フレーズを作る。

(注2)
ピアソラもいいが、例えばオズワルド・プグリエーセを聴くことをお薦めしたい。
さて、このブームが要するにピアソラ・ブームだということは、そしてそのピアソラもクレーメルのが標準だとしたら、タンゴ、タンゴと言ってグルーヴィな態度をよそおっているが、グルーヴのことは誰も考えてないということだ。そういえばフラメンコもブレイクしているらしいが、これもまた凄いと言わざるを得ない。だって、フラメンコのリズム、かなり複雑ですよ。ユーロビートに慣れ切ったOLの皆さん拍子取れます? 意地悪く言えば、彼女たちはただ一点、「オレ!」というところに賭けてるのでしょう。つまり「情熱のフラメンコ」の「コブシどころ」に。「カラオケ命」の延長みたいなものかも。じゃあ、「ピアソラおやじ」(「クレーメル系」の)は? というと、これも演歌だ。ピアソラからリズムを取ると残りは「露骨にセンチメンタルなメロディ」だ。もしかしたらそっちのほうがピアソラの本質的な部分かもしれない。で、おやじとしては、「こう見えてもビートの効いた曲が好きなんだよ」とか言って歌うのはやっぱり演歌、歌唱ポイントは当然「こぶし」でしょう。この国にはグルーヴを「こぶし」にすり替える伝統がある。その話はまた。

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