reviews & critiques ||| レヴュー&批評 |
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間島領一展
――インターネットアートコンビニのコーナー |
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名古屋 覚 |
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おしゃれなレストランやインテリア・グッズの店が並ぶ東京・神宮前の小路に、突然、場違いの“コンビニエンスストア”が出現した。ライトボックスの看板に、怒った目玉に脚が2本生えたようなマークとともに「マジマート」とある。たしかここは、最先端のアートを紹介する「ミヅマアートギャラリー」があった場所だが……。実はなんと、食品を題材に現代ニッポンの社会と文化を痛烈にパロディ化することで知られる美術作家の間島領一が、ギャラリーをコンビニエンスストアに見立てて自分の作品を販売中なんである。
その「アートのコンビニ『マジマート』」に足を踏み入れると、絢爛たる“商品”が、あるわあるわ……。コンビニといえば弁当だが、この店の棚にも「日の丸弁当」から「愛妻弁当」まで、各種そろっている。みな、レストランのショウウィンドウのろう細工の料理を思わせる造り物。ところが値段を見ると、なんと5ケタ。やはり、“作品”なのだ。しかし、なかにはホントに食べられるうえ、リーズナブルな値のついたものも。やわらかそうな1対のおっぱいをかたどったカマボコ「パイかま」が1,000円。丸くて白く、真ん中にほのかな食紅の小円。評判のカマボコ屋さんに特注したものだそうで、かじってみると塩気もほどよく風味も豊か、たしかにおいしい。ほかに、実際に使ったらウケそうな(メンバーによってだよ。ウケなくても筆者は責任を負わない)、小さなおっぱいの形の「はし置き」も、5色セットで3,000円と求めやすい。 |
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もちろん、単に食品をコピーして“作品”にしているわけではない。「弁当」のほとんどは、実際にはありえない妙な内容。それぞれに、奥深いコンセプトがあるのだ。一番シンプルな「日の丸弁当」さえ、間島の「売り文句」にいわく――「……日の丸弁当は、造形的色彩的にも、たいへん美しく、感じるところ大です。また、文字どおり日の丸をシンボライズしたお弁当ですから、歴史上のさまざまな経緯を連想させます。見る人の年齢や体験によって、感じ方はおおいに異なるでしょう……」。ユーモラスであると同時に、なかなかの“社会派”なのである。
さらに、実物の日展のポスターを、金ピカの額に入れた一品。この“コンビニ”には立派な“商品カタログ”も用意されている(税込み1,000円)ので、参照すると、「深みのある赤色をバックに白抜きの文字がうつくしく映える『日展』ポスター……美術における成功を祈願する、開運のアイテムとして、このポスターを、ご家庭でも日常のさまざまな場で鑑賞していただけるようにしました……」。値段は、見てびっくり。ともかく、いわゆる「現代美術」の世界とは乖離した、もうひとつの美術界(アチラから見た「現代美術」こそ、“もうひとつの美術”なのか?)であるところの、「日本画・洋画・彫刻…」の世界に対する痛烈な皮肉であるのは、いうまでもない。
ほかに、赤ん坊にも痴呆症の老人にも必要な紙おむつでできた「ケーキ」(「ほんとうに重宝します。きたるべき日のために」とのキャッチコピー付き)、胸びれや尾ひれにハイヒールを履いた(?)、体長60センチを超える「金魚」など、陳列されている“商品”は、手ごろなサイズのものを中心に、優に100種類を超える。いろいろ考えさせるものからただただオカシイものまで、どれもキッチュだが、温かみがある。ちなみに、筆者が最も感銘を受けたのは、白いのから褐色のまでそろったパック入りの“おっぱい”、「ミートパイ」。樹脂製でリアルだ。「最近は、『体』の安売りブームも定着して……」という、ブラックジョークめいた“商品解説”、いや“作品コンセプト”を読むまでもなく、眺めるだけで口元が緩んでくる。なお、“商品カタログ”には、裸の若い男女がそれぞれ直径1.6メートルのラーメンのどんぶりに漬かってテレビに見入る「ヌードルボーイ」「ヌードルガール」など、大作も収録されている。 |
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年齢的にも、また活動歴からも、堂々たるベテランといってよい間島だが、作品が“面白すぎる”せいか、日本ではどうかするとゲテモノ扱いされるきらいがある。しかし、強烈なビジュアル・インパクトゆえ、海外では注目を浴びる可能性もある。事実、97年夏にドイツ・カッセルで開催された世界的な現代美術展「ドクメンタ10」のディレクターのカトリーヌ・ダヴィッド女史は、同展オープン直前、日本のあるキュレーターから贈られた別の展覧会カタログの中の上記「ヌードルガール」の写真を見て、並々ならぬ興味を示していたのである。「この作品の作者はだれ?」と、どんぶりの中に人が入った自筆の絵を添えて、キュレーター氏にファクスで照会してきた。さらに、間島から詳しい資料を受け取ったダヴィッド女史は同年7月、間島あてのファクスで、「私が2年半前に訪日した際、あなたの作品を見ることができなかったのは、大変残念です」と仰せになったのだ。もしだれかが間島をもう少し早くダヴィッド女史に紹介していたら、ヨーロッパのど真ん中、「ドクメンタ10」の会場にラーメンのどんぶりが並ぶ、愉快な光景が見られたかも?
ともあれ、インターネットにこの展覧会専用のホームページを開設し、ほとんどの商品、いや作品を写真付きで紹介しているのは、いかにも現代的だ。みなさんも、マジマートで、間島の作品世界を味わってみてはいかがか。いや、なによりも、機会があったらぜひ一度、この“コンビニ”に足を運んでみるべきだ。先鋭なアートが敬遠されがちなこの国で、また特に作品が売れにくい時勢の今、身近な“コンビニ”でアート作品を売るという“パフォーマンス”自体が、野心あふれる作品といえるのだから。ひとりでも多くの“買い物客”が気軽にここを訪れ、商品ならぬ作品に接することで、今回の間島の仕事は完成に近づくのである。赤いエプロン姿のチャーミングな“コンビニガール”たち(普段は優秀なギャラリースタッフ)が、親切に応対してくれるはずだ。 |
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間島領一展
会場:ミヅマアートギャラリー
会期:1997年11月11日(火)〜1月24日(土)
問い合わせ:Tel. 03-3499-0226
作品に関する質問などのメール:mag@ba2.so-net.ne.jp |
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