キュレーターズノート

平川ヒロ「よじのぼったネズミと、くぐりぬけようとするネコ」/京芸Transmit Program#2 転置 ほか

中井康之(国立国際美術館)

2011年06月15日号

 絵画を成立させている、絵の具と支持体、そしてその外界、というのが平川理論だった訳であるが、時代を遡ると、絵画と外界のあいだには額縁が存在していたことは、まだ辛うじて多くの人にも理解されるところだろう。絵画がポータビリティを獲得した際に、それを物理的に存在させていた教会が、さまざまな図像学的な意味を残しながらも還元化していった跡が額縁なのである。画題に宗教的なテーマがなくなるにつれてその存在意義もなくなるというものではないと個人的には考えているが、いま、その問題にこれ以上は触れない。いずれにしても、そのようなフレームの問題を思い出させたのは、児玉画廊で開催していた鎌田友介の個展である。ただし、鎌田が素材として用いているのは、アルミサッシのフレームのような素材を用いて作り上げられたひとつの構築物であり、絵画の構造を問題としているわけではない。また、このような構造体による立体造形は、これまでも見る機会があった。それは何らかのモデルであったのかもしれないが、アクチュアリティのあるテーマとして対峙するような機会はなかったと思う。しかしながら、鎌田のその作品をよく観察していると、そのような全体を構成する構造とは無関係の歪んだフレームが、作品の下部に堆積しているのが見えた。このような在り方というものが現実の認識であり、作家が作品の中の世界だけではなく、外界との対話をしているという痕跡だろう。じつは、そのような立体作品ではなく、展示空間の奥に壁面に掛けられたフレームのみの作品があった。もし、すっきりとした構造体だけの立体作品であったならば、その壁面の作品も注視して見ることはなかったかもしれない。そこには何か隠されているものを感じて近づいてみると、その変形したフレームは、まるで生木を裂いたような表情を残した角を持って四角い枠を構成していたのである。おそらくそれは、絵画の支持体を保持するためのフレームを示しているのではなく、抽象絵画が誕生した頃から消失していった額縁という歴史的な存在の叫びのようなものに感じられたのである。



鎌田友介《After the Destruction》2011年
展示風景、児玉画廊

鎌田友介《After the Destruction》

会期:2011年5月14日(土)〜6月11日(土)
会場:児玉画廊
京都市南区東九条柳下町67-2/Tel. 075-693-4075

 ところで、絵画を成立させているものは、本当に絵の具と支持体というような物質的な現象に限定されるのであろうか。やはり少し前のことになるが、4月にシュウゴアーツで藤本由起夫の新作と邂逅する機会があった。大きなフレームに収まった透明アクリル板にオルゴールのムーヴメントが数多く取り付けられていたのだが、それが二つ、展示空間に吊られていた。藤本のオルゴール作品と出会うことのなかった人のために簡単にそのコンセプトを素描すれば、既成の曲をオルゴールの個数分に分解し、それぞれのオルゴールの櫛歯を折ってその分解したある部分の音を担当させて、それら複数のオルゴールを作動することによって、可能性としてはひとつの楽曲を奏でる(実際には分解され尽くした不協和音が生まれる)という、いわゆるチャンス・オペレーションを応用したものであった。それが、今回は初めて藤本自身が作曲した情報によって、そのムーヴメントがつくられていたのである。それはシェーンベルグの十二音技法に基づいて設計されたものであり、鑑賞者が気まぐれにオルゴールのネジを巻くという偶然性が加味されることによって、この作品は完成するという構造は同様である。ただし、既製の曲を分解していた作品では、観念的には、その素材とした楽曲が奏でられることが想定されている、という意味において音楽の領域に入っている作品であったろう。ところが今回は、そのような想定はない、と言っていいだろう。鑑賞者は今回の新作《THE MUSIC (FRAMES)》を自分が納得できる時間軸で体験することができるのである。絵画というものが、作者が意図したコンセプトを把握することができる全体感を持ち、かつ、鑑賞者が自由に各部分のディテールを楽しむことができるようなものであると再定義することが許されるなら、藤本のこの《音楽(額装する)》という作品は絵画作品として同定できるだろう。




藤本由紀夫《THE MUSIC(FRAMES)》2011年
展示風景、シュウゴアーツ
copyright=Yukio FUJIMOTO

藤本由紀夫「n / t -phonography / photography-」

会期:2011年4月9日(土)〜5月28日(土)
会場:シュウゴアーツ
東京都江東区清澄1-3-2/Tel. 03-5621-6434

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