2020年07月01日号
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キュレーターズノート

3.11以降の熊本アート──坂口恭平「ゼロセンター」/トーチカ「ReBuild」

坂本顕子(熊本市現代美術館)

2011年07月15日号

 3月11日という日以降、被災地から遠く離れた熊本のアートシーンもぐっと大きく舵を切り、まだ見ぬ世界へとスピードをあげて進み始めた。もともと、九州新幹線の全線開業を契機として、九州をひとつのフィールドと見立てるように各県のオルタナティブなアートシーンが活発化し、連携を深めてきたが、震災によってさらにダイナミックな地殻変動が起こったのだ。

 その筆頭が坂口恭平の「ゼロセンター」だ。以前、熊本で0円の《坂口自邸》を建設したことは過去に紹介した。坂口はこれまで東京を拠点とした活動を行なってきたが、この震災をきっかけとして、3月20日に東京を離脱し、郷里である熊本に家族とともに移住してきた。
 その後、すぐさま坂口は、熊本市内中心部の夏目漱石旧居にも程近い、閑静な昔ながらの住宅地・坪井に築90年の家を「発見」する。道路幅が狭く再築不可であったために、長らく放置されてきた穴場物件の畳を入れ替え、水回りや床を手作りで直し、実費以外ほぼ0円で、まったく新しいスペースへと蘇らせた。それが「ゼロセンター」である。


ゼロセンターの入口。熊本城の内堀でもある坪井川に面した2階建ての日本家屋
入口付近。玄関と一続きのキッチン部分。1階は二間とトイレ、風呂がある


開放的なガラス窓を持つ2階。坂口の書斎や新政府閣僚会議などで使用される

 「ゼロセンター」で行なわれた最初のプロジェクトは、震災からの避難計画である。東北地方や首都圏から熊本へと避難・移住を希望する人を一時的に受け入れ、住まい探しや情報収集の拠点とする。この避難計画は5月16日から6月26日まで続き、のべ数十人の人々が利用した。それと同時に、チェルフィッチュの岡田利規や未来美術家の遠藤一郎といったアーティストをはじめとして、はるばる遠くから訪ねて来る方、また、twitter★1や地元紙の連載★2を見て、いわゆる〈アート〉とは直接関わりの薄い、多くの人々がゼロセンターにやってきている。
 その間、ミュージシャンの七尾旅人によるライブをustreamで配信し、天草の美術家・加藤笑平による塩作り、自然食のワークショップなどが行なわれている。また、この避難計画を含む一連の動きを、「新政府」になぞらえ、自身が初代の内閣総理大臣に就任したと宣言する。そもそも、この避難計画を始めとするおもな活動の資金は、坂口個人の原稿料や作品の売上金をベースとしている。

 坂口の日常は、避難者に子どもがいるとわかれば、役所の保育幼稚園課に行って受け入れを懇願し、県内外の大学病院に掛け合い、内部被ばくを測定するホールボディカウンターによる検査を手配し、退屈する子どもたちの相手となって遊んでやり、講演があれば各地に赴き、その合間に原稿を書くという、宮沢賢治もあの世で驚くほどの東奔西走ぶりである。
 冷静に考えれば、坂口の活動は、相当に危うく、狂っている。しかし、裏を返せば、ひとたび震災や戦争が起これば、社会生活に重大な被害を及ぼす原子力発電施設について、見て見ぬふりをしてきた私たちも、同じくらい狂っていたのかもしれない。私たちは、思考することを放棄し、面倒なことはすべて行政へと丸投げしてはいなかったか。行政は本当にそこに暮らす人間の幸福を追求する信念を持っているのか。そして、美術家や美術館は、公的資金や助成金びたりになり、作品や展覧会に自らの主義主張を込め続けることを放棄してはいないか。坂口の活動は、この社会や私たちのなかに満ちる多くの欺瞞に対して、鋭い光をあてる批評となっている。
 ここで、私たちは本当に変わることができるのだろうか。坂口恭平とゼロセンターの活動は、人間は間違いを犯すが、いつだって変わることができる、そういう可能性をもった生きものである、ということを私たちに伝えている。この熊本から、なにかが変わろうとするその瞬間を、余さず見て行きたいと思う。


七尾旅人ライブ(Video streaming by Ustream)

★1──5月16日より本格稼働しているtwitter(@zhtsss)において、このゼロセンターの活動がほぼリアルタイムで発信されている。
★2──地元紙の『熊本日日新聞』で連載されている「建てない建築家」。坂口はここで避難計画の状況について、月に1回詳細に報告しており、メールアドレスと電話番号を掲載したことで、多くの問い合わせがあったという。いわゆる従来のアートや建築のオーディエンスではない、人々のネットワークを獲得している点が興味深い。

ゼロセンター

熊本市内坪井町6-1/Tel. 090-8106-4666/Mail. kyohei88(at)gmail.com

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