キュレーターズノート

アートラボあいち/長者町大縁会

能勢陽子(豊田市美術館学芸員)

2011年09月01日号

 2010年夏に開催されたあいちトリエンナーレ以降、会場のひとつであった長者町繊維街では、引き続き展覧会やイベント、勉強会が行なわれている。4月から月に一度、ATカフェの入っていた万勝S館で、「One Day Cafe」と称して作品展示、ライブ、パフォーマンス、ワークショップが行なわれていたが、あいちトリエンナーレ開幕からちょうど一年にあたる8月21日に、同じビルに「アートラボあいち」がオープンした。ここは、地域の作家たちの活動の場となり、美術大学などと連携して多彩な若手作家を紹介し、さまざまな情報を発信していく場となる。同日には、地域の人々や有志により、長者町の一区間を歩行者天国にしてパフォーマンスやワークショップを行なう「長者町大縁会」も開催され、ほのぼのとした晴れやかさがそこに加わっていた。

 今年の8月上旬にヨコハマトリエンナーレが開幕したばかりなので、おのずと国際展とそれが開催される地域との関わりに関心が向かう(以下、あいトリ、ヨコトリと略)。artscape8月15日号のフォーカスでは、村田真氏がヨコトリ2011についてのレビューを寄せていてやや厳しく評されていたが、私個人はテーマ性が明瞭で、選ばれている作家・作品のクオリティが高く、作品の組み合わせの妙を感じた。美術館のコレクションが加えられていることも、今後美術館が継続して関わっていくなら、こうした繋がりも必要だと思った。ただ、新作が少なく、現場性や地域との関わりが乏しいということには同感だったけれど(村田氏の指摘にあるように、「新・港村」や「黄金町バザール」がそれを補完するのだろう)。ともかく、村田氏がレビューのなかで発していた、「人は国際展になにを求めるのか」「国際展はなぜ開かれるのか」という問いは重要なので、あいトリ以後のこの地域の美術状況と合わせて考えてみたいと思う。
 2000年に越後妻有トリエンナーレ、2001年に横浜トリエンナーレが始まり、2010年にはあいちトリエンナーレ瀬戸内国際芸術祭がスタートした。日本では、この十数年のうちにいくつかの国際展が観られるようになったが、その望まれるあり方は、地域によって違ってくるだろう。愛知は、横浜のように関東の大都市圏域にあるわけではなく、かといって越後妻有や瀬戸内のように風光明媚な自然の中にあるわけでもない。ほどほどに都会であるが、ローカリティも色濃いこの地では、都市圏と地方の双方で求められるものが必要とされるだろう。つまり、第一線の現代美術や今後の活動が期待される作家の作品にいち早く触れ、また自らもそこに関わることができる共同性や地域性の両方が必要となるだろう。共同性や地域性といったものは、開催期間だけでなく、その後も継続して地域に展開・作用していって欲しいものだが、あいトリの場合はどうだろう。

 前回のあいトリでは、愛知芸術文化センター名古屋市美術館の2つの美術館のほか、納屋橋の巨大テナントビルと長者町の空きビルや店舗などがおもな会場になったが、地域性と明らかに結びつくのがここ長者町であった。長者町はかつて日本三大繊維問屋街のひとつとして栄えたが、グローバル化していく経済の流れとともに衰退し、繁華街からすぐの立地なのに、シャッターを閉ざしている店舗が目立つ。前回のあいトリでは、そのような街の様子を眺めながら作品をみて回ったのだが、おそらく多くの来場者にとって、この街は愛知の見知らぬ歴史を伺うことのできる、特別な場所になっただろう。そのときATカフェが入っていたビルで、その後も継続して活動が行なわれている。あいトリ事務局が展開しているが、その活動を支える大きな力になっているのが、あいトリの際に結成された有志ボランティアや地元の人々である。
 今回オープンしたアートラボあいちでは、4階建ての1階と地下1階で、あいトリ実行委員会による若見ありさのアニメーション上映と、ジャンボスズキの作品が展示されていた。2階のエキシビション・スペースでは、愛知県立芸術大学との協働による在校生とOBの記念企画展「密度I」が開かれていた。3階、4階のラボラトリーは、大学が中心となって活動を行なうスペースで、今回は3階で名古屋芸術大学が、4階で名古屋学芸大学が展示を行なっていた。すでに活動している作家の作品も含まれており、ほどほどに見応えがあるが、大学との連携によりまだ知らない若手作家も多く含まれていて、そうした作家たちを知る機会にもなっている。


アートラボあいち2階。愛知県立芸術大学美術学部の在校生と卒業生による「密度I」


同、3階。名古屋芸術大学デザイン学部による「invisible loophole」

 また、オープンの日に合わせて開催された「長者町大縁会」は、あいトリ事務局ではなく、長者町を拠点に活動する多様な団体やサポートスタッフが主催している。この日は、青田真也によるシャッターペイント、石田達郎による展示と路上結婚式、キリコラージュによるダンスワークショップのほか、住民によるカルタ大会や街案内なども行なわれていた。山本高之による《長者町ティーンズコレクション2011》では、ファッションに興味を持ち始めたばかりの中学生以下の子どもたちが、お気に入りのファッションに身を包んで、ランウェイをすまして歩く。おしゃれをした女の子もいるが、Tシャツに短パンの男の子もいる。きちんとポーズを決めるところがとてもかわいらしいのだが、子ども独自のものへの愛着と、流行や他者の視点を気にし始める地点が交差しているのを見るようで、まばゆく新鮮な体験であった。
 さて、前回のあいトリ後も、長者町で事務局と有志ボランティアや地域住民による活動が続いている。アートラボあいちは、国際展が会期以外にも地域に根付き続けるプラットフォームになるだろうし、「長者町大縁会」のように、あいトリと併走する地域独自の活動もすでに生まれている。アートを媒介として人が集うようなこうしたスペースはこれまで名古屋になかったから、ここからどのようなコミュニティが生まれ、展開していくか楽しみである。8月1日に、2013年のあいちトリエンナーレの芸術監督が、五十嵐太郎氏に決定したことが発表され、建築史家・批評家であるディレクターによる次回のあいトリが、街や建築とどのような繋がりを持つのか、いまから期待が高まる。


山本高之《長者町ティーンズコレクション2011》

アートラボあいち

住所:名古屋市中区錦2-10-30 万勝S館(元ATカフェ)/Tel. 052-204-6444
施設概要:地上4階、地下1階(延床面積=約840m2)
開館時間:11:00〜19:00(ただし地下一階でイベントがある場合は21:00まで開館)

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