キュレーターズノート
アートゾーン藁工倉庫と藁工ミュージアム
川浪千鶴(高知県立美術館)
2012年02月01日号
対象美術館
高知市の中心部を流れる江ノ口川のほとり、一文橋をはさんだ東西のエリアに、土佐漆喰★1の白壁と黒い水切り瓦★2のコントラスト、二重丸に「ワラ」とカタカナ文字が入ったマークが特徴的な「藁工倉庫」群が建っている。
戦後間もなく、地域一帯が田園だった時代に貴重な再生資源である藁を使った製品の備蓄販売のためにつくられた倉庫で、一時は13棟が林立していた。その後、橋の架け替えや道路拡張工事などで一部壊され、近年はほとんど使われていなかった。
しかし、歴史的建造物の保存を願う人たちによって、2006年以降に、西エリアの一部が、さらに2011年に東エリアの3棟が本格リノベーションされ、昨年12月23日、藁工倉庫全体を束ねたかたちのアートセンターとして「アートゾーン藁工倉庫」★3は誕生した。
前回は、高知市内の沢田マンションと沢田マンションギャラリーについてレポートしたが、今回も引き続き、歴史と現在、人と場との出会いから何が生まれるのか、高知の最新アートスペースを紹介をしつつ、場とアートの可能性について考えてみたい。
藁工倉庫、アートセンター化のあゆみ
同じく前回の学芸員レポートの最後で紹介した、秀逸な高知ガイド本『高知遺産』(高知遺産プロジェクト編、ART NPO TACO、2005)が、じつは藁工アートゾーンの出発点になっている。
当時、別の場所にあった現代美術ギャラリーgraffitiが、高知県内の消えゆく建物や忘れたくない景観の写真をワークショップ方式で集め「高知遺産」展を開催したのは2004年のこと(翌年書籍出版)。その後、移転を余儀なくされたgraffitiが新たな物件を求めるなかで、偶然にも『高知遺産』で取り上げた藁工倉庫へとたどりつき、改装を経て2006年冬からこの地で画廊とアートグッズショップの営業を再開した。以後、graffitiに連なるように、演劇のための多目的スペース「蛸蔵」や個性的な美容院などが西エリアに次々オープンし、この地に新たな文化ゾーンを形成していった。これが藁工倉庫アートセンター化の第1期である。
第2期は、graffitiによく集っていた芸術文化関係者たちが、日本財団の支援のもと本格的なアール・ブリュット美術館を藁工倉庫につくる決心を固めた「ワークスみらい高知」(カフェ等の飲食店経営を通じて障がい者の就労支援を行ってきた地元NPO法人)を中心に準備委員会を発足させた、2010年の夏に始まる。
テーマは再生と共生
準備委員会発足からわずか1年半後、東エリアに新たに出現したのは、収蔵庫を備えた全国初のアール・ブリュット専門美術館「藁工ミュージアム」、土佐の食材を生かしたレストラン「土佐バル」、演劇・音楽・映画・レクチャーなどのさまざまな活動に対応可能な新「蛸蔵」(西エリアから移動してバージョンアップ)、そして「ミュージアムショップ」(藁工倉庫マップ参照)。
これらのスペースは3棟(蛸蔵とミュージアムショップは同じ棟を分けて利用)に分かれており、それぞれ独立した機能と活動を基本とし運営団体も異なるが、「高知の歴史を刻む場所で、高知のこれからの文化を育む“再生と共生”のステージ」となるという共通のミッションをもっている。複合施設として大きな屋根のもとにまとめられ、最初から完成した姿があるアートセンターではなく、ミッションでつながった複数の施設が新たなアートセンター像を「これから」つくっていく、という方向性はなかなか魅力的だ。
「ワークスみらい高知」代表の竹村利道氏が語る、この「再生と共生」のメッセージは、建物にも体現されている。延べ面積約350平方メートルの藁工ミュージアムを例にとれば、創建当時の倉庫の姿に戻すため、のちの増築部分は取り除き、土佐漆喰と水切り瓦の外観は伝統的な技法で修復された。以前の内部空間は吹き抜けの高い天井と杉材の太い梁が印象的だったが、耐震度を高めつつも、その構造はリノベーション後の美術館空間にも生かされており、さらに新たなヒノキの木組み構造を内部に取り入れるなど、展示空間に新たなアクセントが加えられた。受付を通るなり現われる、ログハウスのような変わったスペースは、天井が低い落ち着いた雰囲気の展示空間をつくると同時に、来館者にあたかも友人の家に招かれたような親密感や居心地のよさを感じてもらうための演出ととることもできるだろう。
清掃や管理・受付業務など障がい者が働く新しい現場としても、藁工ミュージアムがオープン時から機能していることも特徴的だ。
場を開く、可能性を開く
藁工ミュージアムでは、現在「パリに渡ったニッポンのアール・ブリュット ART BRUT JAPONAIS」展(〜2月19日)が開催されている。こうした「どうしても制作せずにはいられない」人々をフォーカスしつつ、今後は普遍的な「なぜ、ひとはものをつくるのか」というテーマのもと幅広くアートを取り上げ、地域社会に「開かれた」アートスペースを目指していくのが方針という。
アートゾーン藁工倉庫と高知県立美術館は、車で10分ほどの近い距離に位置する。また高知県立美術館が土佐漆喰と水切り瓦をデザインに取り入れた蔵のイメージを醸す建物であること、地域に一館の総合型美術館であると同時にホールを併設した公的なアートセンターであることからも、藁工ミュージアムには親近感を感じている。アートに関する施設が少ない高知県において、文化施設の相互連携は今後ますます重要になるだろう。お互い地元に根差しながら、国内外の広い地域や人との豊かなつながりを創出するために、公立美術館とオルタナティヴ・スペース、それぞれの役割を自覚しながら共同していきたいと願っている。
「リノベーション」とはたんなる建築の手法ではない。アートゾーン藁工倉庫、藁工ミュージアムにおいては、それは活動理念そのものであるということにあらためて気付かされる。
機能からいえば、ばらばらで「不揃い」の建物の集合体は不自由な点が多いかもしれない。しかしで、その「不」の部分が滲みあい、人の思いや行動が重なり合うことで、「揃い」という予定調和を超えた、新たなものが生まれうるかもしれない。高知における新たなアートの現場の誕生を祝いつつ、さらなる場の可能性に思いをめぐらせている。
アートゾーン藁工倉庫
学芸員レポート
先日読んだ新刊書『住み開き──家から始めるコミュニティ』(アサダワタル、筑摩書房、2012)。自宅の一部をギャラリーや博物館、劇場、地域サロンに変貌させ、不特定多数の人々と空間や時間等をシェアする私生活を選んだ人たちのレポートは、思わず笑ってしまうほどおもしろく、読後に不思議な元気がでてきた。
連携、共同、シェアなどの言葉は公の場では肯定的な表現としてよく耳にし口にもするが、実感に乏しかったり、人によって意味が驚くほど違っていたりもする。「家」という最小のコミュニティを「開く」ことが意味するのは、「私」が少しひらくことによって生まれる「小さな“公”の場」の力。それは自分の日常生活の、人間関係の、仕事の、職場の、地域社会の再編集につながるという指摘は、日常編集家という肩書をもつ著者ならでは。
昨年11月に本コラムで紹介した沢田マンションは、賃貸集合住宅でありながら、ひとつの「家」のような場所であり、店子が沢マン祭りなどの「住み開き」をついつい企画してしまいたくなる、不思議なオーラをもっている。福島原発事故後に引っ越してきた家族の受け入れ、沢マン内の火災で被害にあった住人のケア、沢マンギャラリーの共同リニューアル工事など、最近の活動を知るにつけ、これは家を開くことでコミュニティを生みだす「住み開き」から一歩進んで、コミュニティやネットワークを基盤にした新たな共同生活、「開き住み」ではないかと思ったりもしている。
言葉を一巡させ新しくしても、恐らくそれが意味するのは昔ながらの村落共同体に近い。しかし、大家さんという長老的、精神的支柱を変わらずもちながらも、デジタル・ネットワークを駆使する若い世代がつくる人間関係は、住むことと表現の関係、コミュニティの進化において新たな局面も見せつつあり、目が離せない。
さて、最後に高知県立美術館の活動宣伝を。奇しくも3月11日(大震災以前に決まっていた日程ではあるが)に石橋義正率いるアーティスト・カンパニー「キュピキュピ」の8年ぶりの新作『アトメスッパイ』が上演される。伝統芸能とのコラボや3D映像など最新の視覚効果なども駆使し、楽しくてセクシーな、究極のアート・エンターテインメントを目指すキュピキュピの魅力がてんこもり。巡回予定はないので、これは高知に来てもらうしかない。キュピキュピ、アートゾーン藁工倉庫、沢田マンションの見学をセットにして、この機にぜひご来高を!