キュレーターズノート
InterLabの機能と存在から見たYCAM
阿部一直(山口情報芸術センター[YCAM])
2012年02月01日号
対象美術館
安藤洋子《Reactor for Awareness in Motion》
次に、現在YCAM InterLabで共同研究開発に関わっているプロジェクトに、現代の身体表現全般に多大な影響を与える振付家ウィリアム・フォーサイスの思想を基本コンセプトとする、メディアテクノロジーを使用したダンス創作ツールの研究開発プロジェクト「Reactor for Awareness in Motion(リアクター・フォー・アウェアネス・イン・モーション:以下RAM)」がある。これは2011年から2年間の計画で、ザ・フォーサイス・カンパニーの主要ダンサーを務める安藤洋子とYCAMと共同で開発しているものである。
このプロジェクトは、身体表現とメディアテクノロジーの新たな可能性を模索する目的から、コンテンポラリー・ダンスから身体表現全般にまで、多大な影響を与える振付家ウィリアム・フォーサイスが培ってきた振付の方法論、そして身体への思想を発想/分析の起点とし、ダンス創造のリアルタイムの現場の身体に、インタラクションとフィードバックを持ち込もうとするものだ。
通常の、コレオグラフとダンサーの関係は、ダンサーに対してあらかじめ決められた表象によって組み立てられた振付を、設計図とおりの視覚的な表象を結果として導くための制御プランに移行し、そのとおりのアクロバティックな身体と運動の管理を習得することを求めることになる。しかしRAMは、それとは大幅に発想や思考の出自自体を変え、ダンサー同士がステージ上で、その場で生成させていくコミュニケーションを重視し、ステージを環境と見なしてその環境に対する知覚と適応能力、発見と創発力を最大限引き出すという目的を持つ。ダンスの概念を、このように生成システムとして見直し変成することで、自発的に動くための「ルール」をその場で作り出すことをうながすことを可能にするだろう。これは、プロのダンサーの創作とプラクティスを刺激するだけでなく、ダンスの未経験者でもこのツールを使うことで、制御/管理に一辺倒化された従来のシステムから身体性を逸脱させることができるかもしれない。先入観や形式を排除した生の身体感覚からのダンスの学習ができるといった、汎用性が高いツールの開発になればという考えが、開発の基にある。
具体的には、センシング技術と強化現実(AR)技術を応用することで、多様な形や動きを持つ仮想的なオブジェを、現実のステージ空間上に生成させるインタラクティブシステムの開発が中心である。このシステムでは、多角的なヴューを同時に同期させて再現する映像技術を導入し、仮想的なオブジェと身体との関わりを、その多視点映像環境を通して、普段意識していない、あるいはできない自分の動きについて、知ることができる。主観的でない、分裂した多角からの視点による身体と背景との関係の情報、特定の身体の部位だけの移動の軌跡を、その場で知覚することで、予想していなかった自分の身体の反応や動きの創発性、次の運動を引き起こすための要因となるダンスの新しい動きのアイディアを、ダンス運動のなかでリアルタイムに発見していこうとするものだ。さらに今後の課題としては、それら各種の動きをKinectでレコードしてデータベース化し、現在と記憶との新たな連動から、その場で生成されるリアルタイムコレオグラフを作り出せないかを考えている。これには、別種のセンサー技術なども応用しなければならないが。
YCAMでは、すでに2011年5月、この開発を起点にした、安藤洋子のインスタレーション作品《Reacting Space for Dividual Behavior(リアクティング・スペース・フォー・ディビジュアル・ビヘイビア)》を制作・発表しており、現在は、そのさらに先の発展形や連動性を追求している。このプロジェクトのもたらす建設的な側面は、InterLabが、発想と開発のハブ的機能をはたすことで、アーティストと現場の関係を、既存の劇場やパフォーマンスのスキームを超えたより自由な形式に解放し、新たな土台を作り出せるまで進めていく可能性があること、さらにインスタレーションやステージ(この両者のハイブリッド化も興味深い点になるが)といったプロダクションの制作と、身体とメディア技術を巡る教育的ワークショップの開発を、同根でありながら交互の表現方法として有機的に連動発展させることが可能になることなどである。
安藤洋子《Reacting Space for Dividual Behavior》(2011)
テストを行なう安藤洋子、島地保武、アマンシオ・ゴンザレス
YCAMでの研究開発の安藤洋子との開発の様子(2011)
この3月3日には、安藤洋子とのプロジェクトに加えて、同様にフォーサイスの思想を出発点に研究を行なっているオハイオ州立大学ACCADのプロジェクト「Synchronous Objects(シンクロナス・オブジェクツ)」★1を招聘し、それぞれのプレゼンテーション、および国内外の専門研究者を招いて、両プロジェクトについてのディスカッションによるシンポジウム「フォーサイス・ダンス・スタディ・エクスチェンジ」(参加:ベンジャミン・シュローダー、YCAMInterLab+安藤洋子、ライリー・ワッツ、池上高志、ヨハネス・ビリンガー)を行なう予定になっている。
以上、YCAM InterLabの活動をたたき台に、ILの機能が発展的に提案できる可能性として、メディアアートにおける継続的な変化のサポートによる作品の進化の問題、またハブ的機能としての多面的なシーンの連動発展が、既存の芸術形式を超えた新たな表現の場を提案していく問題についてレポートした、しかし、作業自体はまだまだ途上過程であり完成されているわけではない。グローバルに考えても、今後より多くの地域に、特徴を持った芸術制作機能機関が増えてくる期待を持ちたいし、相互に多面的なレビューや特徴交換を行なっていく連携性は有効であり、そこからまた別の次元の活動が開けてくる気がするのである。