キュレーターズノート

大震災から一年──孤軍奮闘する小さな美術館

伊藤匡(福島県立美術館)

2012年03月01日号

 東日本大震災から一年になる。被災地は、復興に向けて歩み始めた地域もあれば、いまも避難生活が続く地域、さらには避難すべきか留まるか悩んでいる地域など、現況は区々だ。美術館や博物館の状況も同様だ。福島県立美術館やいわき市立美術館は、応急処置を施して5月連休前にいち早く再開した。他の大半の美術館や博物館も夏休みまでには再開し、通常の活動に復しつつある。逆に、津波の直撃を受けた陸前高田市立博物館や石巻文化センターには、文化庁主導の文化財レスキュー事業で、被災した美術品の救出、修復活動が行なわれている。一方で、支援の手がさしのべられず自力復興の目処も立っていない、規模の小さな施設もある。今回はそのなかから二つの美術館の現況をリポートする。

 仙台市の社会福祉法人の運営する福島美術館は、仙台藩伊達家旧蔵の美術品を多く所蔵している街中の小さな美術館である。仙台は震度6の強い揺れに襲われたが、1972年建設の鉄筋4階建ての建物自体は大きな被害はなかった。展示ケースのガラスも割れず、収蔵庫の棚も倒れず、棚に保管していた箱入りの掛け軸も落下しなかったという。ただ、壁の亀裂から雨水が染みこみ、展示室も含めて壁のあちらこちらに水の染みができた。現在休館中で、地元大学の学生ボランティアの協力で収蔵美術品を梱包して展示室内に仮置きの状態である。また建物も耐震強化工事が必要で、費用の総額は約1,000万円という。美術館を運営する社会福祉法人は、美術館を再開する方向ではあるものの、経営する介護施設等の復旧工事を優先するため、美術館再開の見通しはまだ立っていない。


福島美術館 、外観


左=展示室内に仮置きされた美術品
右=収蔵室内の壁の亀裂

 福島市に隣接する桑折町の種徳(しゅとく)美術館は、江戸から明治期の絵画を中心に所蔵する町立の美術館である。館名は、建物とコレクションを寄贈した地元の名士角田林兵衛翁の雅号に由来している。桑折町の震度は6弱で、美術館も激しく揺れた。窓ガラスが一部割れ、屋根瓦の一部が落下があったものの、建物本体の損傷は出なかった。室内の被害は展示ケース前面のガラスが半分ほど割れ、ケース内の壁が継ぎ目からひびができたこと、展示室の床材のひび割れ等である。美術品の損傷は、展示中だった掛け軸十数本に擦り傷、折れなどの被害が出たが、修復不能の作品はなかった。震災後現在まで、同館は休館を続けている。施設の復旧工事は3月に始まることが決まった。しかし、町の方針では建物が復旧しても、開館は一年半後の2013年秋になるという。隣接する国の重要文化財・旧伊達郡役所の復旧工事が完了するのにあわせての再開になるようだ。震災復旧、とりわけ放射性物質の除染が町の最優先課題であることと、郡役所工事中の来館者の事故を防ぐためというが、背景には美術館の維持管理費が、町にとって無視できない出費という実情があるのだろう。


種徳美術館。左は旧伊達郡役所


左=床の継ぎ目にひび割れ
右=展示ケース。ガラスが割れ、壁紙が破れている

 二つの美術館の事例で感じるのは、現状ではこのような小規模の美術館を支援する仕組みがないということだ。両館とも美術館・博物館の全国組織である日本博物館協会や全国美術館会議に加盟していない。会費と加盟するメリットを秤にかけたうえでの判断だ。種徳美術館は県の博物館連絡協議会にも加盟していない。福島美術館は加盟しているが、協議会の作成した被害状況のデータベースは空欄で発表された。つまり、両館とも支援はおろか、被災の状況を伝えることもできない孤立無援の状態に置かれていたのである。
 それでも、美術館の活動は続いている。種徳美術館では、〈インターネット美術館〉の名称で種徳美術館の所蔵品をウェブサイトで公開しているほか、震災で損壊した町内の蔵から美術品を預かり、写真を撮り、データを計測している。福島美術館では、仙台市周辺の小規模な美術館、博物館との交流が生まれ、情報交換や連携しての活動プランの話も出ている。また昨年12月から呼びかけた〈福島美術館支援・七福絵はがき募金〉にも全国から応募があり、2カ月間で約300件、金額にして380万円が集まった。運営者である社会福祉法人も支援の広がりを受けとめ、2012年度中の再開の方向で検討しているという。
 震災からは多くのことを学んでいるが、そのひとつとして、地域の美術館・博物館の、名目的でない、実質的で必要なときに機能するネットワークづくりの重要性を痛感している。

種徳美術館

福島県伊達郡桑折町字陣屋12/Tel. 024-582-5507

社会福祉法人共生福祉会福島美術館

宮城県仙台市若林区土樋288-2/Tel. 022-266-1535