キュレーターズノート

ハイレッド・センター──「直接行動」の軌跡

能勢陽子(豊田市美術館)

2013年12月01日号

 1963年に「第五次ミキサー計画」を掲げてハイレッド・センター(HRC)が結成されてから50年が経過した今年、同グループの初めての展覧会が実現した。HRCの活動は、「直接行動」を旨とするパフォーマンスが中心であったため、残っているのはイヴェントに使用されたオブジェ、写真記録や印刷物、当時の目撃者の記憶などで、断片的にしかその内容を把握できないことが展覧会開催を困難にしていたようである。しかし、ここにきてHRCへの関心はむしろ高まってきているようで、結成50周年目の展覧会は、その活動の意義をあらためて考え直すことのできる、まさに時宜を得たものであった。

 それにしても、1963年5月の結成から64年10月までのわずか1年5カ月ほどのあいだに、よくこれだけの刺激的な活動が展開できたものだとあらためて感嘆する。ハイレッド・センターの名は、よく知られているように高松次郎(高=ハイ)、赤瀬川原平(赤=レッド)、中西夏之(中=センター)から来ており、その後、合法会員となった和泉達に、グループ・音楽の刀根康尚や小杉武久なども時折活動に加わった。1962年10月には、HRCの活動の萌芽が窺われる「山手線のフェスティバル(山手線事件)」が高松と赤瀬川により行なわれ、翌63年5月には、高松、赤瀬川、中西の三名によって「第五次ミキサー計画」で同グループが結成される。翌年の1月には帝国ホテルのロビーと一室を使った「シェルター計画」、5月には画廊を閉鎖する「大パノラマ展」、そして銀座の舗道の清掃を行なう「首都圏清掃整理促進運動」へと至って、グループの活動は霧散する。日常に乱入して奇怪なパフォーマンスを繰り広げ、オブジェの増殖や逆に事物を覆い隠すことで平穏な日常を攪拌させ、「公的な私的空間」で「公」と「私」を、また「芸術のための場」と「日常」を幾重にも反転させ、ついにはまるで善意であるかのように装いつつ得体の知れない無目的な行為を町中で繰り広げ、不気味な存在感を示しつつ公共の中に溶け込んでいった。ほんのわずかな期間のあいだに、オフ・ミュージアム的な試みも、経済や政治に対する疑いも、「公」と「私」の境界への問いも、きわめてラディカルに展開されている。その後、まるでおまけのように生じた1965年の「模型千円札裁判」も、じつにHRCらしい出来事であった。通常展覧会などできるはずのない、もっとも権威的かつ公的な場である法廷が展覧会会場になったのである。記録写真では、中西の《男子総カタログ》の男性裸体が法廷を横切り、高松の《紐》が伸ばされ、また赤瀬川の巨大な《復習の形態学(殺す前に相手をよく見る)》が法廷に並んでいる。その風景はまるでこのグループらしい、最後の巨大な打ち上げ花火のようであった。
 展覧会に加えて、メンバーの回想を収録し、作品、「直接行動」に関連する物品や印刷物の資料、そして記録写真が記号でわかりやすく分類され、年代順に並べられた秀逸なカタログを読めば、HRCの全体像を詳細に掴むことができる。展覧会には、当館が所蔵している高松次郎の《点》(1962)や《紐(黒No.1)》(1962)も出品されていた。後者は1963年第15回読売アンデパンダンでの展示を再現して、白いカーテンの向こうからぬっと不気味に伸びていた。また中西夏之の《コンパクト・オブジェ》も数点展示されていたが、《紐》にしても《コンパクト・オブジェ》にしても、もともとは山手線の電車の中やホームでトランクからはみ出し引きずられ、また舐められ、割った卵をかけられていたのである。当時の熱気を帯びた記録写真の数々をみて、本来ならポータブルで、使用可能、人々の行為を誘発するものであったはずのオブジェは、いま美術館の中でいかに生気を奪われ陳列されているかを、あらためて思い知らされた。


村井督侍《山手線事件》1962年
© Murai Tokuji


平田実《首都圏清掃整理促進運動》1964年
© Hirata Minoru


赤瀬川原平《復讐の形態学(殺す前に相手をよく見る)》1963年
名古屋市美術館蔵

 さて、この「ハイレッド・センター」展に出品されていた作品を見事に換骨奪胎したものが、当館で開催中の「反重力──浮遊|時空旅行|パラレル・ワールド」(12月24日まで)に出品されている。奥村雄樹の《多元宇宙の缶詰》(2012-13)である。奥村は、蟹缶の中身を食べ、ラベルを内側に貼って缶を閉じることで宇宙を梱包したとする、あの赤瀬川の《宇宙の缶詰》の制作ワークショップを行ない、参加者の数だけ存在する「多元宇宙」を作り出した。副題の「時空旅行」が見当たらないとしばしば問われるのだが、奥村の作品はまさに赤瀬川の時代と現在を重ねたタイムトラベルであり、パラレル・ワールドである。奥村はしばしば他の作家の作品を引用するが、それはありえたかもしれない別の可能性を探り、作品の本質を別様に引き出すための手段である。ここでは、缶詰の中身を食べ、ハンダ付けに苦戦する参加者の日常的な映像に、宇宙物理学や哲学者のインタビューが重なる。赤瀬川の時代から50年を経た宇宙論がここで交差する。宇宙物理学者は並行世界の可能性や宇宙の果てなどの茫漠な時空間について語り、哲学者は同じ時空に属しているようで同一の世界を共有することができない人間の存在論について語る。赤瀬川の小さいけれど壮大なユーモアを湛える《宇宙の缶詰》が、いま現在と多層的に重なり、《多元宇宙の缶詰》となる。ハイレッド・センターの明らかな引用を行ない、またその活動を髣髴とさせる現代の作家は、奥村だけではないだろう。まるで、「活動範囲は拡張され、時間的には、人類が滅亡するまでその活動は続けられるだろう」★1と嘯くHRCの言葉が、あながち嘘ではないと思わされるようである。HRCの活動の背後には、60年安保の敗退の後、高度経済成長へと向かった社会があり、私たちはまだその残光のなかにいて、加えて社会や政治状況はますます不透明である。HRCを現在の状況に再び呼び戻すことは、「公」と「私」や政治と芸術の関係をあらためて問い直すためにも、じつに示唆に富んでいる。

★1──和泉達「時代の変温動物か!」(『ハイレッド・センター:「直接行動」の軌跡展カタログ』、186頁)。


奥村雄樹《多元宇宙の缶詰》(2012-13)


同、展示風景

ハイレッド・センター:「直接行動」の軌跡展

会期:2013年11月9日(土)〜12月23日(月・祝)
会場:名古屋市美術館
名古屋市中区栄二丁目17番25号/Tel. 052-212-0001

反重力──浮遊|時空旅行|パラレル・ワールド

会期:2013年9月14日(土)〜12月24日(火)
会場:豊田市美術館
愛知県豊田市小坂本町8-5-1/Tel. 0565-34-6610

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