2020年07月01日号
次回7月15日更新予定

キュレーターズノート

淺井裕介「マスキングプラントの収穫と脱走した猫」「街なか子育て広場公開制作」/「水戸岡鋭治からのプレゼント」

坂本顕子(熊本市現代美術館)

2014年07月15日号

 震災後、九州に拠点を移したアーティストたちがいる。2012年に熊本に移住した淺井裕介もその一人だ。近年の淺井の九州での活動は目覚ましく、この夏もさまざまなプロジェクトが計画されている。九州各県で展開されてきた、淺井の活動についてこの機会にまとめてみたい。

 淺井の九州での活動は、第4回福岡トリエンナーレ(2009)での5×12メートルの泥絵による大作壁画《泥絵・一本森(父の木)》が大きなインパクトをもたらしたことにはじまる。本年開催の第5回までのあいだ、福岡アジア美術館のエントランスを守るように佇んでいたその木は、次なる作家たちへとバトンタッチするように、淺井自身による、壁画を“消す”参加型ワークショップによって、去る3月の末、もとの一枚の壁へと還った。福岡の日差しによって少しずつ色が変化し、あたかも、昔からそこにあったのではと思わせるような壁画であったが、スポンジでふき取り“消す”という、儀式ともいえるワークショップを行なうことで、壁画の存在は確実にその空間の記憶として、焼き付けられたといえるだろう。
 そのほか、福岡にはまだ淺井の作品を見ることのできる場所もある。第4回トリエンナーレの際、淺井が滞在していたレジデンススペース「紺屋2023」で行なわれた「植物になった白線」ワークショップの白線が、紺屋の入口に残されている。9月6日にスタートする第5回福岡トリエンナーレの合間に、足を伸ばしてみるのもいいだろう。
 淺井の移住にともなって、宮崎と長崎においても、プロジェクトが行なわれてきた。宮崎県立美術館が行なった「みやざきアートプロジェクト」(2012年9月〜10月)では、都城市立美術館、延岡総合文化センター、高鍋町中央公民館、宮崎県立美術館で、毎週末に「植物になった白線」ワークショップが行なわれた。冷静に考えると、道路標示用の白線をカットして形をつくるワークショップ形式で土日の2日間、バーナーでの焼き付けにその後2日間、そのほか、単独の公開制作にトーク、パネル展示と、驚異的な作業量である。
 なかでも、宮崎県立美術館での白線は、同館のコレクションのなかから、型紙を感光させた瑛九のフォト・デッサンを取り入れている点に注目したい。ワークショップ参加者はのべ150人、延岡総合文化センターでは全長60メートルにもなったと聞く。宮崎の厳しい日差しのなか、アスファルトの上での作業は過酷だったであろうが、街なかの美術館の展示室の中で行なわれるだけではない、より幅広い市民が身近に参加できた点で意義深いものといえるだろう。
 また、翌年8月には「長崎アートプロジェクト2013 根っこのカクレンボ@ながさき」が長崎市の主催で開催された。長崎市には県立美術館はあるが、市の美術館がなく、アートを通してより地域コミュニティとのつながりをつくるべく企画されたという。舞台となったのは、百貨店などが立ち並ぶ長崎の中心地「浜んまち商店街」だ。ここで選ばれた手法が、マスキングプラントである。これは、泥絵、白線と並んで淺井が得意とする手法で、スケッチをするように貼りめぐらせたマスキングテープの上に、マーカーで幾何学模様を描きこんでいく。その動きは自由で、動物や人なども一緒に顔をのぞかせる。
 長崎では、11日間の滞在で、百貨店や商店など12店舗+3カ所の会場に、それぞれの空間にあわせた作品を制作した。バーナーで焼き付けを行なう白線と異なり、このマスキングプラントは、テープという素材であるがゆえに一時的な作品となり、約1カ月の展示期間を経て、マスキングを剥がす“収穫”という作業が行なわれた。ここで収穫された果実としてのマスキングは、またどこかの土地で使用され、新たな芽吹きを生み出していくのも、この作品の面白さである。
 その収穫されたマスキングプラントは、今年“標本”となるようだ。本年は7月13〜15日に「長崎アートプロジェクト2014」のオープニングイベント「マスキングプラントの収穫と脱走した猫」展として、市内三カ所で巡回展示されるほか、「植物になった白線@伊王島」として、8月17日の長崎市立図書館でのワークショップでつくられた白線が10月1〜5日に伊王島で、その芽をのばしていくこととなる。


「植物になった白線@みやざき」(高鍋町中央公民館、2012年10月)


「長崎アートプロジェクト2013 根っこのカクレンボ@ながさき」(浜屋百貨店、2013年)

 さて、熊本での淺井の活動はどうか。当館の「水・火・大地」展(2011)での泥絵の公開制作、熊本・河原町での「植物になった白線」(2012)、そして、県南のつなぎ美術館では「赤崎水曜日郵便局──1年目の消息」展(2013年9月〜12月)では、滞在制作を行なってきた。
 引き続き本年は、7月17〜19日に、熊本市現代美術館内に6月にオープンした「街なか子育てひろば」の壁画の公開制作が行なわれる。この「子育てひろば」は、中心市街地に親子で気軽に立ち寄り子育て相談をできる場所がないという熊本市の要望と、美術館の機能を拡張させ、さまざまな層に来館してもらいたいという美術館側の協働により設置されたスペースで、ベテランの子育てアドバイザーが常駐し(10時〜15時)、未就学児やその保護者を対象にしたワークショップや講演会を行なうものである。美術館内に設置された事例としては日本初ということもあり、オープン以降、滑り出しは好調で予想を上回る利用があるが、今回、その空間を見守るように、マスキングプラントの壁画が公開制作される。
 また、つなぎ美術館では、「アート・ロード・ミーティング つなぎの根っこ」として、美術館周辺、肥薩おれんじ鉄道・津奈木駅、小学校などで、8月10日、10月19日、12月7日にワークショップが実施予定だ。


淺井裕介《マスキングプラント@街なか子育て広場》


植物になった白線@津奈木」(つなぎ美術館、2013年)

 これほど、淺井の作品やプロジェクトが九州で支持される背景には、いくつかの理由が考えられる。ひとつは、単純に熊本在住であるという物理的な問題(といいつつ、長崎にも宮崎にも3時間かかるので、よっぽど東京のほうが近いのだが)。そして、もうひとつにはマスキングテープ、白線といった工業的なプロダクト製品と、絵画の原点とも言えるプリミティブな泥のような素材を、場面にあわせて自在に使う面白さがある。さらにその素材の選択とも結びつくのだが、それらが近代的な美術と決別するかのように、テンポラリーで、可変であり、作品が“消える”ことを能動的にとらえている点が極めてユニークだ。各地の公共施設に設置された壁画などの処遇が建て替えなどのたびに問題になるが、作者自身がその問題をあらかじめクリアにしている点が対照的である。
 そして、最後にもうひとつ、作品の制作過程に、ワークショップなどを通じて多くの一般の人々が“参加”するという形式を選択している点も注目できる。壁画や地上絵といった作品の巨大化にともない選ばれていった形式だとも言えるが、ワークショップのあいだの淺井は、アーティストとしての自身の制作と、協力者や参加者の動きをつかず離れずの距離で見守るディレクターとしての目線を持つ(ちなみに、その風貌からは想像しにくいが、学校や行政、公共施設とのコーディネート能力も非常に優れている)。参加者ひとりひとりの内発的な力をうまく引き出し、ときに制御しながら、最終的に、淺井の世界観が貫かれた“美術作品”へとまとめあげ、仕上げていく過程は、非常に現代的であり、“私”が関与する美術の可能性を示した稀有な例である。そう、この夏、九州に来れば、本稿を読んでくださっているあなたも、参加することができる。夏の計画の一部に、加えてみられてはいかがだろうか。

「マスキングプラントの収穫と脱走した猫」展

会期A:2014年7月13日(日)〜19日(土)
会場A:石丸文行堂本店B1(浜んまち商店街)
会期B:2014年8月17日(日)〜18日(月)
会場B:長崎市立図書館多目的ホール
会期C:2014年9月1日(月)〜15日(月・祝)
会場C:長崎ブリックホール2F ギャラリー

街なか子育てひろば公開制作

会期:2014年7月16日(水)〜18日(金)
会場:熊本市現代美術館 子育てひろば・キッズサロン
熊本県熊本市中央区上通町2-3/Tel. 096-278-7500

アート・ロード・ミーティング つなぎの根っこ

URL=http://portal.kumamoto-net.ne.jp/town_tsunagi/base/pub/detail.asp?c_id=50&id=180

学芸員レポート

 その夏の計画の一部に加えていただきたいのが、当館で開催中の「水戸岡鋭治からのプレゼント──まちと人を幸福にするデザイン」展だ。工業デザイナーとして、JR九州の仕事を多く手がける水戸岡氏の仕事は、美術館でなくとも、九州各地で目にすることができる。新800系九州新幹線「つばめ」をはじめ、話題の超豪華クルーズトレイン「ななつ星in九州」のほか、「ゆふいんの森」「あそぼーい!」「A列車で行こう」「SL人吉」など、九州各地を走るユニークな観光列車のほとんどが水戸岡デザインであり、いわば九州全体が動く展覧会場になっているとも言えるのだ。
 本展は、東京、福岡、水戸で行なわれた展示がベースになっているが、本年10月から運行開始予定の「熊本市電COCORO」のデザイン、そして、地下水都市・熊本の象徴でありながら認知度が低く、保全と活用が期待される江津湖の「できたらいいなプロジェクト」、そして、城下町熊本の象徴ともいえる新町・古町地区のシンボルマークを、住民の方々と地元の町屋保存会、三つの国立・公立・私立大学の学生たち、行政、そして美術館が考えるプロジェクトなど、展覧会と並行して街なかが一体となったさまざまな動きが興っている。どうぞあわせてこちらもご覧になって欲しい。


「水戸岡鋭治からのプレゼント──まちと人を幸福にするデザイン」展。中央に描かれるのが新しい熊本市電「COCORO」


熊本と阿蘇を結ぶ観光列車「あそぼーい!」。会場内では、ミニSLも走るほか、カフェスペースもあり、水戸岡デザインを体感することができる。
photo by Hiroyuki Mayuzumi

水戸岡鋭治からのプレゼント──まちと人を幸福にするデザイン

会期:2014年6月28日(土)〜9月15日(月・祝)
会場:熊本市現代美術館
熊本県熊本市中央区上通町2-3/Tel. 096-278-7500

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