2021年10月15日号
次回11月1日更新予定

キュレーターズノート

「鈴木理策写真展──意識の流れ」「刺繍をまなぶ展」「具体の画家──正延正俊」

川浪千鶴(高知県立美術館)

2015年05月15日号

鈴木理策写真展──意識の流れ

 「写真の光景は静止している。だからこそ写真を見る時には時間が流れていることが強く感じられる。静止したイメージを見る時も、意識は動き続けているのだから。見るという行為は揺らぎを含んだ動的なものであるということを、私は自らの作品によって示したい。情報の受け取りに終始するのではなく、本来的な「見る」という行為に身を委ねると、取り留めのない記憶や様々な意識が浮かんできて、やがてひとつのうねりにも似た感情に包まれることがある。見ることの豊かさとはここにあるのではないだろうか。」

 写真家鈴木理策は、今回の展覧会を「意識の流れ」と名付けた理由について、図録の巻頭でこう述べている。
 「意識の流れ」展で出会った鈴木作品は、「見尽くせない」美しさを放っていた。見尽くせないのは、鈴木が長年にわたって撮影してきた故郷・熊野の海や山といった地が悠久の時の流れや歴史を孕んでいるからだけではない。その場所で対象を時間をかけて見つめ続けている写真家の「見る」という行為そのものが、彼の作品の前に立つ私たちの「見る」ことに影響を与えるからでもある。
 本展は鈴木の新作及び未発表の近作を中心に、約100点の写真と3点の映像作品で構成されている。《海と山のあいだ》《SAKURA》《White》《Étude》《水鏡》という五つのシリーズ作品が思った以上の密度で展示室を埋め尽くしていたが、逆にどこか「余白」を感じさせる風通しのいい空間を醸し出してもいた。綿密な撮影調整をしたあとに、例えば風が吹いたときなど最後のシャッターを切るタイミングを自分のコントロールから手放し、「カメラにまかせる」というエピソードからも伝わってくるように、鈴木の「意識の余白」が作品空間から展示の実空間ににじんでいるからかもしれない。


左=鈴木理策《08,DK-3》2008年
右=鈴木理策《14,DK-294》2014年


左=鈴木理策《10,4-45》2010年
右=鈴木理策《14,DK-507》2014年


左=鈴木理策《Étude 10,F-5》2010年
右=鈴木理策《14,F-607》2014年
以上すべて、©Risaku Suzuki / Courtesy of Gallery Koyanagi

 本展の会場では、鑑賞者は「見る」ことを意識せずにはいられない。
 例えば岩礁と波、流れ落ちる滝、満開の桜、降り積もった雪、花咲き乱れる草原。場所や意図などの情報や説明がほとんど期待できない風景写真群は、さらに画面のどこかがぼやけたりぶれたりしており、イメージの読み解きへという方向に私たちが鑑賞行為を進めることを微妙に妨げる。鑑賞者の視線や意識は不安定な宙づりのままとなり、結果、ぼーっと見つめることになる。そこに在るものを在るがままに見つめ続けること、これが不思議なくらい「見る」ことを深めてくれる。
 それは脳に蓄積された記憶につながるための視覚体験ではなく、ただただ目の喜びとしての体験。自分の瞳に映った世界を、あたかも目の内側からもうひとりの自分が客観的に観察しているような感じとでも言ったらいいだろうか。これまで見てきたものは/見てこなかったものはこれだったんだという、大きな気づき/発見につながる知覚体験といえる。
 人は見ようと思った部分しかじつは見えていない/見ていない。「カメラとは身体の外に知覚を成立させる驚くべき装置」であり、写真は情報の入れ物ではなく「見れば見るほど見えてくるメディア」であると鈴木は語る。鈴木の本質に迫る挑戦を前に、ついに絵画を超える写真が生まれたという賛辞の声が内覧会であがったと聞いたが、私はそれに素直にうなづいている。


展示風景(丸亀市猪熊弦一郎現代美術館)

鈴木理策写真展──意識の流れ

会期:2015年2月1日(日)〜5月31日(日)
会場:丸亀市猪熊弦一郎現代美術館
香川県丸亀市浜町80-1/Tel. 0877-24-7755
巡回情報:東京オペラシティ アートギャラリー、2015年7月18日(土)〜9月23日(水・祝)

刺繍をまなぶ展

 もうひとつ、「見る」ことについて考えさせられた展覧会をご紹介したい。
 それは香美市立美術館で開催された、女子美術大学の大正から戦後にかけての刺繍教育の成果を貴重な所蔵作品や資料群で示した「刺繍をまなぶ」展。女子美術大学では、1900(明治33)年の創立時から刺繍教育を行なっており、開校時の学科は、西洋画科・日本画科・彫刻科・蒔絵科・刺繍科・裁縫科・編物科・造花科の八つ。手芸的な学科が多いのは女性に手に職をつけさせる役割が当時大きかったことによる。現在も大学としては日本で唯一の刺繍専門の研究室をもっており、染織文化財の修復など幅広い活動を行なっている。
 展覧会場の中心は、戦後以降に制作された着物や屏風、インスタレーションなどさまざまな形態の現代的な作品で占められていたが、点数は少ないとはいえ、やはり導入部の、大正時代の作品の存在感が圧倒的だった。
 当時の学生は、刺繍の技術だけでなく下絵を描くために洋画や日本画の基礎をしっかり学んでおり、身近な風景をテーマに、みずからのスケッチをもとに針と糸で約15センチ四方の刺繍風景画をわずか1日で仕上げるという課題も難なくこなしている。見る、描く、刺すという段階的な行為は、「見たいもの」から「形づくりたいもの」へという変遷の過程を示してもいる。
 刺繍額《スイカとぶどう》や《滝》の構図や色調は、高橋由一や浅井忠ら脂派の絵画を思い起こさせる。油絵具とは異なり刺繍糸は混色ができない。しかし、三次元の存在である光沢のある糸の物質性を逆手に取って、《スイカとぶどう》では色糸を点描画法のように併置し視覚的な混色を工夫、絵画とは次元の異なる迫真性を目指している。激しい水の流れを表わした《滝》にいたっては、色糸の一本一本の存在感を応用して、実際には見ることができない水の勢いやしぶきまでも表現し、人間の視覚領域を超えた、過剰なまでにリアルな風景を出現させていて、「見る」ことをめぐる興味は尽きなかった。


刺繍額《スイカとぶどう》 作者不明 女子美術大学工芸研究室 刺繍 所蔵


刺繍額《滝》 作者不明 女子美術大学工芸研究室 刺繍 所蔵
*以上二点、転載不可

刺繍をまなぶ

会期:2015年4月4日(土)〜5月10日(日)
会場:香美市立美術館
高知県香美市土佐山田町262-1/Tel. 0887-53-5110

学芸員レポート

没後20年 具体の画家──正延正俊

 画家・正延正俊の生誕と終焉の地、西宮と高知。正延を郷土ゆかりの画家ととらえる二つの美術館が共同する没後20年記念展が、いよいよ6月に西宮会場から始まる(高知会場は8月9日から)。
 グッゲンハイム美術館での2013年具体美術協会回顧展以降、具体メンバー個々への国際的な評価にはますます拍車がかかっている。しかし、具体の結成から解散時まで参加した数少ない中核メンバーのひとり、「正延正俊」の名前はいまだ浸透しているとは言い難い。
 正延正俊は1911(明治44)年高知県(現在の須崎市)に生まれた。神戸で美術教員を務めるかたわら具体美術協会展を中心に活動し、後年は西宮市を拠点に84歳で没するまで、独自の抽象絵画を黙々と極めていった。アクションやパフォーマンス、新素材を導入した平面作品によって戦後日本を代表する前衛美術グループになった具体において、戦前から絵画を手がけていた吉原治良と世代が近く、吉原の信頼厚かった正延は、一貫して「絵画の内在的問題」に向き合い、それが彼を特徴付けもし、また特異な存在にしてもいる。
 本展の役割が、地味な「具体の画家」正延の美術史的価値を「再評価」することにあることはもちろんだが、忘れられた「郷土画家」を「再発見」することも、二つの郷土の美術館は同じくらい大切にしたいと思っている。ひとりの人間が画家を志し、画家として生きた過程を丁寧に掘り起こすことは、「具体」作家研究の進展にだけではなく、教科書的な美術史を地方美術館の現場から見つめ直す可能性を探るためにも重要だと考えているからだ。
 没後20年という得難い機会に開催される本展では、初期から晩年までの代表作を一堂に展示する予定である。正延の知られざる画業、そして彼がぶれることなく見つめ、描き続けた絵画世界の豊かさをぜひ体感してほしい。

没後20年 具体の画家──正延正俊

会期:2015年6月13日(土)〜8月2日(日)
場所:西宮市大谷記念美術館
兵庫県西宮市中浜町4-38/Tel. 0798-33-0164
巡回情報:高知県立美術館、2015年8月9日(日)〜9月28日(月)

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