キュレーターズノート

「私的[荒川修作+マドリン・ギンズ]考」「ヨーロッパの写真家が出会った高知」「イノビオーダー555」ほか

川浪千鶴(高知県立美術館)

2015年11月15日号

 今秋、高知アートシーンは画期的といっていいほどの活況を呈している。私の4年間の高知生活を振り返ってみても、もっとも数多くの、多彩な「草の根」のアート・プロジェクトに触れることができたのはうれしい限り。総合型の美術館が県立1館しかなく、公募展の影響力が大きい高知において、オルタナティブなアートスペースの活動、アーティストや地域住民との共同の必要性を感じていただけにひとしおである。本コラムでは、この秋を代表する5本のプロジェクトをめぐって、その趣旨や取り組みを中心に紹介しながら今後の課題や可能性を考えてみたい。

アーティストとの出会いと交流

 5本のプロジェクトを大きく二つに分けてみよう。
 まずは、旧家をギャラリーに転用した空間で開催された「私的[荒川修作+マドリン・ギンズ]考 ARAKAWA+GINSからの/への手紙」展、高知とスウェーデンのアート・スペース間の交流から生まれた「Swedish artists meet Kochi スウェーデン現代美術作家展覧会」、そして昨年高知を取材した北欧の写真家の2人展「European Eyes on Japan/Japan Today vol.16 ヨーロッパの写真家が出会った高知」の3本。
 物故者や現役、ベテランや新人など違いはあれど、地域に現われた「まれびと」としてのアーティストの存在感に、三つのプロジェクトは共通性がある。

 荒川修作の「天命反転」都市計画の候補地のひとつに、高知県須崎市の横波半島があがっていたことを、私は「私的[荒川修作+マドリン・ギンズ]考 ARAKAWA+GINSからの/への手紙」展で初めて知った。「高知に“日本文明都市”を建設すること」を夢みた荒川とギンズは、2000年以降高知をたびたび訪れており、行政だけでなく医療や福祉、農業関係者とも交流を重ね、高知の豊かな自然を生かした壮大な未来都市図を描き、移住すら考えていたというが、残念ながら実現には到らなかった。
 展示はプラン図や調査写真など資料中心ではあったが、『死なない子供、荒川修作』などのドキュメンタリー映画上映、荒川と交流した人々によるトークや地域の食や医療に関する展示を組み合わせることで、アーティストの想いが人から人へと、あたかも手渡しのように広まり、深まるさまが伝わり、思った以上に親密な印象を受けた。
 実行委員会の代表は、東京在住の須崎出身者。これまでアートに関わったことのない若者だが、世界的なアーティストが構想した地域プロジェクトの紹介を通じて、自分の住む地域を誇りに思う気持ちを特に自分と同じような若い人にもってもらいたい、過疎の現状を踏まえつつこれからの須崎を考える機会にしたいと、「KOCHI ART PROJECT 2015」助成プログラムの審査会場で訥々と語っていた姿を思い出した。こうした資料の教育的な、継続的な活用が、本展をきっかけに地域で検討されることを願いたい。


会場風景

私的[荒川修作+マドリン・ギンズ]考 ARAKAWA+GINSからの/への手紙

会期:2015年9月2日(水)〜10月3日(土)
会場:すさきまちかどギャラリー/旧三浦邸
高知県須崎市青木町1-16/Tel. 050-8803-8668
主催:「ARAKAWA+GINSからの/への手紙」展実行委員会

 「Swedish artists meet Kochi スウェーデン現代美術作家展」と「European Eyes on Japan/ Japan Today vol.16 ヨーロッパの写真家が出会った高知」は、ともにスウェーデンやラトビアなど北ヨーロッパ在住作家の高知滞在制作の成果を紹介するもので、どちらも沢田マンションギャラリーroom38が主催している。
 同ギャラリーは、セルフビルド建築でありながら現役の賃貸集合住宅でもある、かの有名な沢田マンションの1階にある。マンション住民でもある写真家を代表に、ギャラリーとして使用している部屋の家賃の割り勘を条件にギャラリー利用等の権利を得ることができるメンバー制(毎年募集)をとっており、おそらく高知唯一のアーティスト・ラン・スペースといえる。沢田マンションのネームバリューだけに頼らないギャラリー活動を国内外にアピールしていくため、昨年11月には「3日間の奈良美智・ドローイングショウ」を開催するなど、自分たちのポテンシャルを探るべく、毎年メンバー共同で大型のプロジェクトに挑戦している。
 1999年にスタートした「European Eyes on Japan/ Japan Today」は、EU・ジャパンフェスト日本委員会主催のもと毎年欧州で活躍する写真家を日本各地に派遣、その地域で滞在制作してもらうことで日本への理解を勧めると同時に、外からの目で日本を見つめ直すという趣旨のプロジェクト。2014年はニナ・コルホネン(スウェーデン)、アレキサンダー・グロンスキー(ラトビア)の2名が高知に数週間派遣された。
 昨年高知にギャラリーを訪問した派遣写真家とメンバーの出会いから始まった交流は、「European Eyes on Japan」高知展の開催だけに留まらず、スウェーデンの地方都市ウメオのアーティスト・ラン・スペース「Verkligheten」との交換レジデンス・プロジェクトにまで一挙に発展していったという。わずか1年ほどで複数のプロジェクトや展覧会を立案、実現させた勢いには驚かされたが、それも高知という地域や高知のアートシーンに新しい風を吹かせたい、呼び込みたいという、彼らの切実な強い想いや欲求がなせる技といえるだろう。
 さらには、「スウェーデン現代美術作家展」では、Verklighetenのアーティストたちをギャラリー事務所に寝泊まりさせ、素材や被写体探しや制作、展示をサポートするだけではなく、沢田マンションのパブリックスペースを会場に「北欧&薊野の日曜市」を開催。「ヨーロッパの写真家が出会った高知」展では、ふたりの写真家と「European Eyes on Japan/ Japan Today」のキュレーターが審査する「公開ポートフォリオレビュー」や、「私が一番好きな高知・高知の写真100人展」と題した風景写真の公募展を併催。あまりに関連企画が盛りだくさんでやり過ぎとも思ったが、その多彩さには、それぞれの地域の魅力再発見や写真文化の振興、地域の人材育成といった教育的な意味合いが色濃く、頭が下がる思いがした。
 来年初夏にはVerklighetenからの返礼として、今度は同ギャラリーメンバー3名がスウェーデンでの滞在制作、発表を行なう予定である。


左=Fanny Carinasdotter
右=Jonas Westlundほか


左=Nina Korhonen(写真イメージ)
右=Alexander Gronsky

Swedish artists meet Kochi スウェーデン現代美術作家展

会期:2015年10月3日(土)〜10月12日(月)
会場:沢田マンションギャラリーroom38
高知市薊野北町1-10-3 沢田マンション38号/Tel. 080-6399-4681
主催:沢田マンションギャラリーroom38
レジデンス・アーティスト: Fanny Carinasdotter、Jonas Westlund
出品アーティスト: Alexander Svartvatten、Clarissa Siimes、Gerd Aurell、Helena Wikstrom、Ida Hansson、Ludwig Franzen、Mark Frygell、Mattias Olofsson

EUROPEAN EYES ON JAPAN ヨーロッパの写真家が出会った高知

会期:2015年10月10日(土)〜11月29日(日)
会場:藁工ミュージアム
高知県高知市南金田28/Tel. 088-879-6800
主催:沢田マンションギャラリーroom38(高知県高知市薊野北町1-10-3 沢田マンション38号/Tel. 080-6399-4681)
レジデンス/出品アーティスト:Nina Korhonen、Alexander Gronsky

地域からの発信、場の創造

 いの町を舞台にした町中アートの「イノビ・オーダー555(ファイズ)」は5年目、高知初の本格的なレジデンス拠点として須崎の名前を広めた「アーティスト・イン・レジデンス須崎 現代地方譚3」は2年目だがすでに3回も開催。これらのプロジェクトには特に「地域」色が強いようだが、なにを地域に還元するのか、アートを通じた地域への問いかけは順調に深まっているのだろうか。

 「イノビ・オーダー555(ファイズ)」を連続開催してきた「いの町」は、高知県吾川郡に位置し、古くから土佐和紙産業で栄えてきた。清流仁淀川に面した地域色豊かな町だが、現在はご多分に漏れず高齢化や過疎化の進行が著しい。
 「イノビ・オーダー555」の案内マップには、タイトルに「拡がりと繋がりから新しい価値を発見する町歩きアートイベント」というコピーが添えられいる。アーティストを「まち(地域活動)」に巻き込み、そこで再発見された魅力を次世代につないでいくために、「地域の新たな価値を見出す場やコミュニティー」を生み出すために企画されたとある。展覧会ではなく「町歩きアートイベント」と名乗っていることにも、人や場、コミュニティーに重きをおいていることがうかがえる。
 5回目となる同展は、アーティストが町と出合う場をギャラリー、古民家、倉庫、美容院などの空き店舗など15会場に拡大、過去最大の55名が絵画、彫刻、映像などさまざまなジャンルの見応えの多い作品を大小数多く設置し、町歩きツアーやワークショップなど、会期中15ものイベントを繰り広げた。地域との信頼関係においても、地域限定のプロジェクト5回の経験はやはり大きい。ファシリテーターやスタッフの不足など、これまで運営や広報に課題が多かった点の改善もみられた。
 とはいえ、いの町出身のアーティストたちを中心にした実行委員会が運営する本展は、県内外ともに知り合い度が高いため、ある種の「慣れ」が目立ってきたのも事実。場や人との結びつきを丁寧に行なう一方で、慣れあいで終わらない緊張感や距離感のあり方が今後の課題といえるだろう。地域型プロジェクトの成果はどこに求めるべきか。「問われるのはあくまで作家の側。ストリートの畏ろしさ」とパンフレットにしたためた4回参加の写真家西村知巳の言葉は重い。
 来年1年間はイノビの活動は休止、同じく休止予定の民間公募展「いの美術展」ともども仕切り直しや新たな展開を検討する期間にするとのこと。和紙産業の伝統をもつ地域ならではのプロジェクトとして再スタートすることを期待したい。


上島豊正


川田英二、玉木かつこ

イノビ・オーダー555(ファイズ)

会期:2015年10月10日(土)〜10月18日(日)
会場:いの町商店街周辺(高知県吾川郡いの町)
主催:イノビ・オーダー実行委員会
参加アーティスト:石見陽奈、稲田友加里、大木裕之、海野貴彦、上島豊正、上村菜々子、川田英二、川村愛、川村公志、キクプロジェクト、Guy de Mon、葛目結、久保亜図美、窪田美樹、jet、島崎桃代、島村悠、しももとあきの、竹﨑和征、竹田篤生、玉木かつこ、千葉尚実、とくひらようこ、友清ちさと、なかひらじゅんこ、中村達志、浜口亮太、濱田公望、ひがしがわあやは、土方佐代香、フィルムガレージ、松岡美江、三浦夏実、見元大祐、宮崎大祐、森岡智子、もりたうつわ製作所、横江孝治、依岡みどり

 ところで、最近は高知でも「アーティスト・イン・レジデンス(AIR)」という言葉を頻繁に耳にする。しかし、アーティストが創作に専念できる生活や環境を保証するというAIR本来の意味ではもちろんない。滞在する地域でのフィールドワーク、地域の資源・素材を使った創作、地域の文化施設での作品発表、地域の住民や学校との交流プログラムやトークショーの開催等々、地域還元が最大のミッションとなることがほとんど。滞在数日から数週間程度でこれだけのことを行なうのはアーティストにとって過酷で、つまるところ名目だけのAIRも多い。既製プログラムの焼き直しの場合、はっきり滞在制作と言い分けたほうがいい。
 さて、高知県須崎市で現在開催中の「アーティスト・イン・レジデンス須崎 現代地方譚」の場合、それぞれの滞在期間は数日から2週間程度ではあるが、県内外のアーティストたちが共同生活を行ないながら現地をリサーチし、現場の空気や空間、出会った人から発想し、須崎のための新作を真摯に制作しているさまは清々しかった。できあがった作品群も美しく、あるべきところに「在る」といったオーラをまとっている。高知において成功している数少ないAIRといえる。
 いの町と同じく、かつて海運で栄えた須崎市も、いまは地域文化の維持すら困難な過疎状態。同市に美術専門の施設や機関はないが、地元アーティストや地域おこし協力隊のスタッフ、地域力のある地元民のギャラリー担当者らが想いとスキルを持ち寄り、アーティストと親密な関係を結んだことで奇跡的な成功を収めたことについては、2014年2月の本コラムでご紹介したことがある。
 「現代地方譚」とシリーズ名をつけたAIRは、2014年1月と10月に2回開催し、今回で早くも3回目を迎えているが、そこには際立った特徴がある。これまで多くのアーティストが連続参加し、さらに彼らの作品が回を追うごとに、この地域ならではの変貌や発展をとげている点だ。前回、今回と連続参加した森本美絵は、自分は2回でひとつと考えていると語っている。なるほど、それは鑑賞者も同じ。目の前の作品を見ながら、過去の作品空間や作品のイメージを、例えば須崎のにおいや湿度、光とともに思いだし重ね合わせて見ているのだから。
 「現代地方譚」の連続参加、共同生活のなかから、個の作品以外に共同制作した絵画を追加展示したアーティスト(小西紀行とクサナギシンペイ)もいる。連続参加者は、今回はレジデンス・アーティストではなく、出品アーティストとしてチラシに名前があがっているが、その多くが作品を送るだけではなく、自主的にレジデンス参加し、競い合うように新作の現地制作を行なったと聞く。
 地域プロジェクトの継続においては、今回はどんなアーティストが参加しているかといった新味も大切だ。AIR須崎経験のあるアーティストの継続性をある程度担保しながら、新たなアーティストたちを招き入れることで、どのような新たな関係や展開が生まれるかが、今後の現代地方譚の見どころのひとつとなっていくだろう。
 地域への還元を考えるとき、ワークショップ等のイベント数で評価し過ぎないようにしたい。いま・ここで生まれた、かけがえのない作品の声に耳をすませることを大切にすることが、やはり原点だと思う。


左=森本美絵(写真イメージ)
右=小西紀行


左=臼井良平、山根一晃
右=竹﨑和征

アーティスト・イン・レジデンス須崎 現代地方譚3

会期:2015年11月3日(火・祝)〜11月29日(日)
会場:すさきまちかどギャラリー(旧三浦邸)ほか
高知県須崎市青木町1-16/Tel. 050-8803-8668
主催:須崎市
レジデンス・アーティスト:伊藤存、臼井良平、森本美絵、山根一晃、青木陵子、磯谷博史
出品アーティスト:大木裕之、小野象平、クサナギシンペイ、小西紀行、COBRA+八重樫ゆい、竹川宣彰、竹﨑和征、西村知巳、松村有輝、持塚三樹、横田章

学芸員レポート

 「草の根」のアート活動を見つめ語るほどに、その一方の公立美術館の使命や意義が気にかかる。そうした悶々とした自分の想いや悩みが引き寄せてしまうのか、最近は、美術館の連携や可能性を検討する会議に関わることがめっきり増えた。
 これはもはやひとつの館、ひとつの組織のなかでは、限界を踏まえつつ可能性を探ることが困難になってきたことの示唆なのかもしれない。
 身近なところでは、高知県立美術館と隣にある五台山の頂上に位置する高知県立牧野植物園との連携協議。美術と自然科学、ジャンル違いのミュージアム同士だが、お互いにとって益のある、新たな魅力発見の可能性を信じて、来年度からの年間を通じた企画連携を、まずは来春に高知県立美術館が開催する「ブラジル移民──大原治雄写真展」(2016年4月9日~6月12日)に関連した連携イベントから具体的に話し合っているところである。
 四国美術館会議では、四県の学芸員がともに学び、話し合い、館や組織を越えて支え合うための1泊研修会を、まずは最近オープンしたばかりの「あかがねミュージアム」(愛媛県新居浜市)にて今秋から開催する運びとなった。
 美術史学会がこの10年間毎年開催している美術館・博物館をテーマにしたシンポジウムの来春のテーマ検討会議では、地域連携や地域美術史研究、展覧会企画、広報、教育、データベースなどさまざまな現場で、規模は小さくとも独自性の高い試みを行なっている学芸員の活動を「ミュージアムの機動性(アクチュアリ)」として紹介し、10年、20年先のミュージアムの可能性を協議するきっかけにしたいと考えている。
 日本での総会開催が約20年ぶりとなる国際美術館会議(CIMAM2015)では、「美術館はいかにグローバルになれるか?」という大上段なテーマを掲げながらも、地域社会や地域文化との結びつきから得る力をもとに美術館の新たな扉を開く試みが各国の美術館関係者が提示され、印象深かった。