キュレーターズノート

豊田市美術館リニューアル・オープン

能勢陽子(豊田市美術館)

2015年12月01日号

 ここのところ、各地の美術館で改修工事のための休館が続いている。日本の公立美術館が次々とオープンして20〜30年が経過し、そろそろメンテナンスの必要が出てくるころだ。開館して20年が経過した豊田市美術館も、改修のための1年間の休館を経て、今年の10月10日にリニューアル・オープンしたばかりだ。

 美術館の再スタートは、「ソフィ・カル──最後のとき/最初のとき」と開館20周年記念コレクション展I「わたしたちのすがた、いのちのゆくえ──この街の100年と、美術館の20年」で始まり、それと並行して週末ごとにさまざまなイベントを建物や庭園全体を使って行なっている(じつはそれらの仕事でここ数カ月慌ただしく、なかなか展覧会を観に行けなかったので、今回、館のリニューアル・オープンについて取り上げさせてもらっている)。1年間にわたって休館していたので、オープン時には美術館が多くの観客で賑わうような、いわばブロックバスター的な展覧会をという呼び声も高かった。しかし結局、現代作家ソフィ・カルの巡回展とコレクション展を行なうことになったのだが、それが良かったのだと思う。豊田市美術館は現代美術のみを扱う美術館ではないが、収集も現代美術を骨子に行なっており、コレクション展は「作品と鑑賞者の一対一の場」を目指して開館当初から重視してきたことだ。幸いなことに、リニューアルに対する関心と、週末ごとに開催されるイベントも手伝って、多くの方が足を運んでくれている。


「ソフィ・カル──最後のとき/最初のとき」展示風景(2015年10月10日〜12月6日)


コレクション展I「わたしたちのすがた、いのちのゆくえ」展示風景(2015年10月10日〜12月6日)
以上3点、photo: Keizo Kioku

 さて、建物のリニューアルだが、来場者の反応をみると、どこが変わったのかわからないという意見が多い。じつは、それが今回の改修が目指すところでもあった。当館の設計は、美術館・博物館建築で名高い谷口吉生が手がけており、美術館建築として高い評価を受けている。年間を通して建築を観に訪れる来館者が多く、天井を見上げたり、自動ドアの収まりを確かめたり、壁を叩いたりしているので、建築愛好者はすぐにわかる。今回の改修は、これまでの建築をいかに変えずに手を加えるかを目指した。改修の目的は、おもにバリアフリー化と空調設備のメンテナンスだったのだが、空調設備は見えないので良いとして、本館エレベーターと高橋節郎館のスロープの増設には注意を払った。とくに本館のエレベーターは、建物の外、展示室内、アトリウムなど設置場所にさまざまな案があったが、事務所と美術館で協議を重ねて、空間にもっとも干渉しない場所が選ばれた。谷口建築は、来館者が歩みを進めるたびに新たに視界が開け、空間の広がりや光の入り方が変化する、身体感覚と視覚効果が見事に呼応した空間である。そのため展示室ごとに階段を上がり、スロープを渡り、また階段を下りるといった身体の動きをともなうが、それがどうしてもバリアフリーとは相容れなかった。今回の改修は、来場者の利便性を高めながら、ミニマムなやり方でその点を改善した。そして今回新たに加えたエレベーター、スロープのほか、ワークショップルームがこれまでの2倍の大きさになり、ライブラリーの脇に小さな展示スペースができた。また老朽化した部分は新しくし、より開館当初の姿に近づくことになった。


リニューアル後の豊田市美術館、内観


アトリウム左奥に新設エレベーターが見える


同、外観
以上3点、提供=豊田市美術館

 リニューアルと開館20周年を記念したさまざまなイベントは、ある意味で美術館の建築や庭園を再発見する試みとなった。美術作家の金氏徹平、映像舞台デザイナーの山田晋平、女優の青柳いづみによるプロジェクションマッピング《holes and buildings》は、建物のグリッドのうえにドローイングの線を描いて、建築の水平・垂直とまっすぐにはいかない人の手の跡をユーモラスに対比させた。壁にはスライム状のものやリンゴの皮が垂れ、太鼓が打ち鳴らされるなど、有機的な事物で覆い尽くされた。名古屋のカンパニーarchaiclightbody(アルカイックライトボディ)は、彫刻テラスや池などそれぞれ特性を持つ空間を巧みに活かしたダンス・パフォーマンスを展開した。身体との関わりが周到に取り入れられた建築は、ダンス公演のじつに見事な舞台になっていた。プロジェクトFUKUSHIMA!は、豊田市で毎年「橋の下音楽祭」を開催しているタートルアイランドとともに、美術館の庭に大風呂敷を敷き詰め、また池の中に櫓を組み上げた。雨が降ったのは残念だったが、そこは人が集い踊る、祭りの空間に一変していた。美術館の庭は、アメリカのランドスケープ・アーキテクト、ピーター・ウォーカーによるもので、円と四角、幾何学と不定形で構成された二段式の庭園になっている。幾何学と自然が融合した魅力的な空間であるが、これまで庭園を活用する機会がほとんどなかった。金氏らによるプロジェクションマッピング、archaiclightbodyのダンス、プロジェクトFUKUSHIMA!やTURTLE ISLAND(タートルアイランド)のライブや盆踊りは、建築と庭園を活かし、また異化して場を一変させ、美術館の新たな面を開いた。
 館内のライブラリーとその隣に新しくできた小さなスペースでは、下道基行が「ははのふた」という小さな展示を行なっている(2016年4月6日まで)。美術館の中でも日常に近い図書室という空間で、生活の中のささやかな愛着を掬い取った写真のシリーズが本棚に並んでいる。またワークショップルームでは、THEATRE PRODUCTS(シアタープロダクツ)が行なったワークショップの成果が展示されている。美術館が所蔵しているウィーン工房のテキスタイルをプリントした布を用いた、ここでしかない服である(12月6日まで)。


金氏徹平×山田晋平×青柳いづみによるプロジェクションマッピング《holes and buildings》(2015年10月11日)


archaiclightbodyのダンス・パフォーマンス(2015年10月25日)


「プロジェクトFUKUSHIMA!」の盆踊り(2015年11月8日)
以上3点、 photo: Hiroshi Tanigawa


下道基行「ははのふた/Mother's Covers」展示風景(2015年10月10日〜2016年4月3日)
photo: Keizo Kioku

 記念イベントでは、写真家であり評論家である港千尋をコーディネーターに、谷口吉生と槇文彦による建築家対談も行なった。谷口はもちろん当館の設計者であるが、槇は豊田には《トヨタ鞍ヶ池記念館》(1975)、名古屋には若干32歳で建築学会賞を受賞した《名古屋大学豊田講堂》(1960)があり、愛知とも縁が深い。また谷口がハーバード大学で学んでいたころ、槇がそこで教鞭を取っていたこともあり、二人は旧知の仲でもある。また両者ともモダニズム建築の流れを汲んでいることから、互いの建築への理解が深い。槇は「広場」、谷口は「道」という言葉で建築を紹介してくれたのだが、その対談は両者の共通点を考えるうえでもじつに示唆に富むものであった。どちらの建築も、解放感があって閉じてはいないが、かといってけっして開きすぎてはいない。槇は著書のなかで「様々なパブリックの空間での人々が孤独を楽しむ姿」★1と記しているが、谷口も一人で建物を歩いても、開口部や階段から他の人の姿が見えることが重要であると語っていた。いわば、繋がっているのだが、同時に一人でいることのできる空間である。いまは公共建築にコミュニティとしての機能が求められ過ぎて、こうした建築が少なくなってきているではないかと感じる。しかし人には、自らに一人で向き合う時間や空間が必要である。リニューアルと開館20周年の年に、美術館の空間でさまざまなことを試みて、改めて建築自体を見直すことになった。今後も、美術館を開いていくさまざまな試みを行なっていきたいと思う。しかし同時に、芯に来館者一人一人を据えた、けっして開きすぎない空間も必要であると感じた。同じ美術館に長く勤めていても、美術館の建築は時間ごと、季節ごとに異なる表情をみせて、少しも飽きることがない。そのことを谷口氏に伝えると、「私の建築はもともと古びているから、古くならないんですよ」と冗談を言われた。美術館も変化の激しい現代美術を扱いながら、なおかつ古びないということを、建築だけではなく、活動やコレクションにおいて心に留めておきたいと、改めて思った。


「谷口吉生×槇文彦 建築家対談」風景(2015年11月23日)

★1──槇文彦編著『槇文彦+槇総合計画事務所2015:時・姿・空間──場所の構築を目指して』(鹿島出版会、2015)

豊田市美術館 リニューアル・オープン

会期:
[前期]2015年10月10日(土)〜12月6日(日)
[後期]2015年12月19日(土)〜2016年4月3日(日)
会場:豊田市美術館
愛知県豊田市小坂本町8丁目5番地1/Tel. 0565-34-6610

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