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キュレーターズノート

植松永次展「兎のみた空」、亡霊──捉えられない何か Beyond the tangible

中井康之(国立国際美術館)

2016年07月15日号

亡霊──捉えられない何か Beyond the tangible


 植松永次と同じ京都で開催されていた「亡霊-捉えられない何か」は、植松の展示空間が均質で無個性な近代的空間であったこととは対照的に、京都の歴史を感じさせる邸宅を展示空間としていた。必然的に、その特殊な空間との関係性によって、展示された作品は存在することになる。本展の企画者の意図は展覧会タイトルに示されたとおりなのであろうが、個人的には「亡霊」といった人称的な何かを感じさせるものというより、「地霊」のようなアニミズム的な超自然的存在を感じさせる展覧会として受け止めたことをはじめに述べておきたい。


谷澤紗和子、藤野可織《無名》2014-15
撮影:豊永政史

 本展で訪問する者を最初に迎えてくれるのは、GABOMI.の写真作品と谷澤紗和子の陶による作品、そして小説家藤野可織による文章である。とはいえ、多くの人が最初に向き合うのは、玄関にさりげなく掛けられたGABOMI.の写真作品ではなく、続く和室に点在する谷澤の陶作品であったろう。素焼きの人形(ひとがた)をした陶作品は、日本の陶芸史との関係性をいやが応でも引き受けなければならなかった植松次郎の作品群とは異なり、何の規制にも囚われることなく本質的な意味で全くの自由な表現となっている。その陶に人形の表情を与えている眼と口を示唆する開口部は、二枚貝を陶土に差し込んで焼成することによって表し出している。そのような素材に切り込みを入れて表現とする方法論を、谷澤は以前から試みていた。今回の展覧会でも、蔵を利用した暗闇の展示空間に切り込みを入れた和紙を吊し、明かりで照らし出して影絵を照らし出した作品《シルシ》を展示していた。

 また、先の谷澤の陶作品の下に敷かれた白い紙には名付けることに関して藤野可織が記した文章が印字されている。二人のコラボレート作品には《無名》というタイトルが付されている。鴨川の上流という本展が開催された場所を考えると、その「無名」が示唆するのは三条河原から五条河原に掛けて鴨川縁で処刑された数多くの無辜の人々を指すかのようでもあり、本展が「地霊」ではなく「亡霊」としてあるのも、そのような理由があったのかもしれない。


左:谷澤紗和子《シルシ》2016 
右:GABOMI. 左から《NOLENS 桜 2015》《桜 2011》《桜 2016》
撮影:豊永政史

 本展の会場である伝統的な和風建築空間は、既に多くの日本人にとって標準的な居住空間であるとは言えなくなっているだろう。仮に、さまざまな条件に恵まれて、このような伝統的な和風建築空間で生活を営んでいたとしても、昭和初期のような電照設備の条件で生活していることは考え難く、谷崎が著した「陰翳礼讃」のような世界は、既に想像の中でのみ存在するばかりなのである。茶室を展示空間としていたGABOMI.は、そのような抑制された光の効果を前提とした展示を行なっていた。加えて、床の間に飾られた桜の写真は、あらゆるものが散りゆく存在であることを示すものであろうことも確認しておきたい。
 山崎阿弥の展示は2階というか屋根裏部屋のような空間を用いたインスタレーションで、GABOMI.以上に暗闇を活かしたインスタレーション作品であった、山崎のパフォーマンスを体験できなかったので、作家の意図とは異なる理解をしているかもしれないが、視覚だけでは読み解くことができない何ものかを表し出そうとする装置を用意していたと受け止めた。オル太の映像作品《複製された笑い》は、日常生活の中に生み出される「笑い」に基づく作品であったが、薄暗がりの和室空間に映し出された日常的な光景の中に日常的ともいえる仕草を展開している映像に面白みを感じた。


左:山崎阿弥《うまれるまえと》2016 右:オル太《複製された笑い》2016
撮影:豊永政史

 関西に居住していても観光地としての京都とは異なる、本質的に歴史が刻まれた世界を見る機会は決して多いとはいえない。本展のもう一人の主役はこの伝統的な日本建築空間にあり、その空間のなかで時が移ろうことによって変化し続ける陰影であったことは間違いない。それを体験する機会としてパフォーマンスのようなイベントが企画されていたはずであり、それを体験することなしにここに記録するような無粋なことになり恥じ入るばかりである。いずれにしても、美術館のような近代的な空間においては実現しがたい試みが続くことを望むと同時に、そのような体験が個々の作家にもたらす何ものかを確認し続けたいと考えている。


植松永次展「兎のみた空」

会期:2016年6月11日(土)〜7月31日(日)
会場:京都市立芸術大学ギャラリー@KCUA
京都府京都市中京区押油小路町238-1/Tel.075-253-1509


亡霊──捉えられない何か Beyond the tangible

会期:2016年6月4日(土) 〜7月3日(日)
会場:瑞雲庵
京都府京都市北区上賀茂南大路町62/Tel. 075-253-6377(代表)/p>

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