キュレーターズノート

YCAMとラボ、14年目の遺伝子──創造の飛び火は誰に燃え移るのか

菅沼聖(山口情報芸術センター[YCAM])

2017年06月01日号

 開館14年目を迎える山口情報芸術センター[YCAM]。進化するアートセンターを標榜し、新たな価値を創るというベクトルは保ちつつも、毎年のように目まぐるしくその活動手法を変えていく。時代とともに、そして地方都市というスケールが可能にする「手触りのある社会」と呼応しながら、アーティスト、クリエイター、研究者、市民、すべての多様な創造性が混淆するプラットフォームを目指す。いま、その中核をなすラボ機能の可能性が大きな跳躍を見せている。「関係性をデザインする」ミュージアムエデュケーターの視点から、公共文化施設がラボを持つ意味、そして社会との有機的な接続の可能性を考察する。


コロガルガーデン(2016、YCAM)
写真提供=山口情報芸術センター[YCAM] 撮影=山中慎太郎(Qsyum!)

社会基盤としてのラボの可能性



撮影=左上右下:丸尾隆一(YCAM)、右上:山岡大地(YCAM)、右下:大林直行(101DESIGN)
写真提供=山口情報芸術センター[YCAM]


 世界は複雑だ、ということは朝のニュースを見れば一目でわかる。私たちはこの複雑な社会をどのような態度で生きるのか、みなその処方箋を求めている。

 2015年から当館が始めた研究開発事業「YCAMバイオ・リサーチ」プロジェクトを進めるにあたりバイオテクノロジーについて考える機会が増えた。ちなみに筆者はバイオに関してまったくの門外漢である。YCAMで勤務していると毎度のことだがゼロからの出発、すべてが新鮮な体験だ。
 例えば遺伝情報を保存するDNAは面白い。情報を格納、複製する形態として究極の機能美とも言える二重螺旋構造などを図解で見ていると感動を禁じ得ない。
 学生時代に建築デザインを志した筆者としては、不覚にも設計者の存在を背後に感じてしまった。バイオテクノロジーの研究者と何気なくこの話をしたところ「DNAは次の世代に継承複製する際に、変異が起きることがあり、そのときの環境条件と変異がたまたま符号したものが自然淘汰により残っていく。その途方もない繰り返しの結果がいまわれわれの享受する進化の先端である」という旨を伝えられ頭を冷やした。つまりわれわれの人体を含めあらゆる生命の、一見すると統合的なバランスは、複雑な環境変化に対して刹那的に応答を繰り返した多種多様なトライアンドエラーの集積と言えるらしい。

 いま、私たちは急速に変わる社会に対して、同様のシステムを十分に持ち合わせているだろうか。予測によって導かれた想定内の未来像が、明日には簡単に瓦解する現代において、社会変化に柔軟に呼応し、失敗も含めた「実験」と議論を繰り返すフレームワークが有効なのかもしれない。冒頭の問いへのささやかな返答として、筆者は「ラボ(実験)」そして想定外の変異を創造する営みとして「アート」の社会実装をあげる。


「人」を媒体とした全方位型研究開発



YCAM InterLab 活動の様子
写真提供=山口情報芸術センター[YCAM] 撮影=山岡大地(YCAM)


 山口情報芸術センター(Yamaguchi Center for Arts and Media) 通称「YCAM(ワイカム)」は、山口県山口市にある公共のアートセンターである。2003年の開館以来、メディア・テクノロジーを用いた新しい表現の探求を軸に活動している。
 国内外のアーティストやクリエイターと共同し、メディアアート、パフォーミングアーツ作品、映画の制作、メディア教育プログラムの開発、地域リサーチなど幅広い活動を行なっている。近年は、企業や他研究機関との連携も積極的に行ない、バイオ、食、スポーツ、福祉など研究領域は多岐に渡る。

 YCAMの最大の特徴としてあげられるのは、InterLab(インターラボ)の存在である。YCAM内部に常駐するR&D(Research and development、研究開発)チームで、映像、音響、ネットワーク、照明、電子工作、プログラマー、デザイナー、エデュケーター、パブリシスト、アーキビスト、キュレーター、シネマキュレーターなど、異なるバックグラウンドを持った20名程度で構成されている。

 それぞれ専門性はあるが、最大の強みは人と人、または人と技術を繋げるコラボレーション能力とリサーチ能力である。リサーチテーマは社会状況や技術革新に応じて変わるので発想の柔軟性が求められる。またリサーチの目的は自身が専門家になるためではなく、コラボレーターと対等な議論をするための共通言語を持つことにある。
 単離した個々の能力もプロジェクトを通じて複合化することで「人」が領域を横断し「人」にノウハウを蓄積することが可能な体制になっている。ほかのプロジェクトで得た知見を、次に転用できることもInterLabならではだ。最近では契約書や組織のあり方までも研究対象として目が向けられている。総務や経理がラボに入る日もそう遠くはないかもしれない。


オープンとコラボレーションを最大化し創造の連鎖を起こす



ポータルサイト内のオープンソースソフトウェア/ハードウェアのページ


 またラボの制作プロセスのユニークな点として「成果物のオープン化」があげられる。
 これは作品制作や研究開発の過程で制作されたソフトウェアやハードウェア、ノウハウをインターネット上で公開し、次のクリエイションにつなげる仕組みづくりである。この試みの基本原理は「創造の連鎖」をまだ見ぬ他者にまで拡大し、意図的に「人」の介入による不確実性、予測不可能性を取り入れることにある。

 これは誰もが参加可能な研究開発を意味し、そのスタンスの提示でもある。取りつく島もない完成された「商品」ではなく、モチベーションとアイデア次第で参加できるハッカブルな余白をつくることで、全世界のコラボレーターと繋がることを目指している。テクノロジーそのものが持つ高い応用性、展開能力は、それに触れた人により「誤読、誤配」を引き起こし、まったく違う目的として使われることをしばしば促す。


創造の飛び火は誰に燃え移るのか



第10回サステナブルデザイン国際会議での発表(2015、YCAM)
写真提供=山口情報芸術センター[YCAM] 撮影=田邊アツシ


 「今度gonzocamをつくるにあたって“エッチング”と“基板実装”の方法をYCAMで教えていただくことは可能ですか」
 職場で仕事をしていたら地元の小学5年生からこんな問い合わせがきてギョッとした。
 gonzocamとはアーティスト集団contactGonzoのパフォーミングアーツ作品《hey you, ask the animals.》(2013)のためにYCAMが共同開発したツールで、市販の使い捨てカメラを拡張し各種センサーと自動シャッター、自動巻き上げを可能にするなんともfoolishなテクノロジーである。
 公演終了後、gonzocamもオープンソースとしてインターネットに公開していた。電子工作を得意とする彼は問い合わせの1年後、gonzocamを改造した「獣害対策マシーン」を地元の工作クラブで発表していた。祖母の畑を荒らすイノシシを追い払うのだという。彼は(企画担当をしていた筆者より)はるかに崇高な目的を持ってこのツールをハッキングしたのだ。
 表現から生まれたものが人を介して「誤読、誤配」し、各自のモチベーションで実利に行き着くという夢をみた瞬間であった。それが専門家でも大人でもなく、地元の小学生が至極私的な用途に使用したのも印象深い。

行政×R&D=Deploy(社会実装)

 小学生の彼と同じく、この創造のサイクルに山口市の行政も参加している。
 行政のモチベーションは、地方都市にとって普遍的な、人口減少、産業活性化、過疎、教育、財政問題、観光振興、高齢化といった社会課題に対してのアクションだ。

 現在、各自治体が地方創生の名のもとにさまざまな対策をとっているがその実悩みも多く、そのひとつが自治体自身の「創る力」の欠如である。世界もしくは全国と競争できる独自のアイデアやコンテンツを生み出す機構が存在しないがために紋切り型のまちづくり活動に終始してしまう。加えて外部の知恵を引き込むコラボレーション能力も重要である。幅広い知識に精通した人物が自治体側にいないと対等なコラボレーションは期待できない。

 山口市では行政が「実験と創造」のプラットフォームとしてYCAMを活用し、新たな地方都市像の模索を積極的に試みている。公が持つ「普及と継続」という強みを生かし、実験性の社会実装を目指す。YCAMの作品制作のノウハウを行政的に変換した結果何が生まれるのか、一例を紹介する。


「存在しない仕事」をつくり、世界的なリクルーティングを行なう



スポーツ・ハッカソン for Kids(2016、山口市内の小学校)
写真提供=山口情報芸術センター[YCAM] 撮影=田邊アツシ


 山口市教育委員会とのコラボレーション「未来の山口の授業」は、メディア・テクノロジーの応用に関するYCAMの豊富な知見や研究開発の成果を元に教育プログラムを開発し、市内の小中学校で実施するプロジェクトだ。小中学校で導入が進むプログラミング教育において、「技術」ではなく「考える力」を養うことを目的としている。山口市はこの活動を次世代に向けた新たな学びのモデルとして世界に発信していく。

 YCAMの研究開発で生み出されたさまざまなメディアツールを用いて、新しいスポーツを生み出す「スポーツハッカソン for Kids」は、「スポーツはつくれる」を合言葉にルールメイキングを通じて創造性を育むプログラムだ。からだと頭をフル回転させて見たこともない手づくりの「運動会」を作り上げる。こちらはすでに市内小学校で2年間ほど継続実施している。



YCAMバイオ・リサーチ活動の様子
写真提供=山口情報芸術センター[YCAM] 撮影=津田和俊


 2017年秋に実施予定のバイオ・リサーチプロジェクトから生まれたワークショップ「森のDNA図鑑」は低廉化が進むDNA解析技術を活用し、非専門家がオリジナルの植物図鑑をつくるまでを体験するものである。森に入り、自分たちの周囲360度すべての植物を「同定(これがこれであると見極める)」していく体験を通じ、技術革新によって「見る、調べる」という行為そのものがアップデートした未来において必要なバイオリテラシーについて考えることを目的としている。

 世界の潮流と照らしても見劣りしないであろうコンテンツ力を武器に、行政は先進教育、地域ブランディングの一環としてこれらに取り組む。大人向けに「学びのツーリズム」と言い換えれば観光コンテンツや企業の研修に応用することもできるだろう。無論これらのプログラムの裏側には過去、YCAMがアーティストやクリエーターと行なった数々の試行の痕跡がある。

 行政がラボとR&Dを行ない、時代の変化に鈍重になりがちな「既存の社会システム」を少しずつアップデートする。錆びついてしまった部品を交換し、再駆動させる挑戦である。学校以外にも、公園(YCAMはコロガル公園という取り組みを長年実施している)、地域おこし協力隊、職業訓練、空き家など枚挙に暇がないがそのぶん研究領域として可能性があるとも言える。

 R&Dによって埋没していた価値を発見し、モチベーションのあるコラボレーターが加わる。行政が起こす次の創造の連鎖は、世界のどこにも「存在しない仕事」をつくり、山口を舞台に世界的なリクルーティングを行なうことなのかもしれない。


アートはuselessであると同時に多様にusefullである



コロガルガーデン(2016、YCAM)
写真提供=山口情報芸術センター[YCAM] 撮影=山中慎太郎(Qsyum!)


 人は目に見えているもの、理解できるものを礎に世界を語りたくなるが、見えないものもたくさんあることも忘れてはいけない。公共がアートやラボを謳う時、必ず問われるのがアカウンタビリティ(説明責任)である。評価のための「ものさし」は展覧会の来場者数、メディアに取り上げられた数、近隣の小学生のテストの点数の向上など数多あるが、どのものさしが適切か答えは出ていないようだ。最悪なケースは評価が目的化してしまい本質を見失うことである。

 創造の連鎖の評価はじつに難しい。誰が予測できたのだろうか。道端で拾ったSM小説のタイトルからヴェルヴェット・アンダーグラウンドが生まれ、彼らに多大な影響を受けたデヴィッド・ボウイが世界に与えた創造の連鎖を。評価の脆弱性を知り、語る言葉を失ったとき、人は、社会は、アートやラボの存在をどのように考えることができるか。現在、筆者がミュージアムエデュケーターとして最も関心を寄せている問いである。
 この問いを進めるには創造の連鎖を広げ、社会の手触りを感じながら実験を繰り返していくしかないのだろう。人を介した創造の連鎖の果てに「役にたたない」は「役にたつ」のか。豊かな社会とは一体なにごとなのか。
 開館14年目のYCAMも実践を通じて見えてきたいくつかの手がかり「公共が運営するアートを核としたラボ」「ローカルとグローバルの創造の連鎖」「評価問題も含めた循環系」を用いて汎用的な解を導き出し、地域社会に実装を試みる段階に踏み込んだばかりだ。


ミュージアムエデュケーターの未来

 社会との接続を駆動力とするYCAM。その境界面に立つエデュケーターは現在5人勤務し、スタッフ全体のなかで大きな割合を占めている。博物館、美術館では「教育普及」、科学館では「コミュニケーター」などさまざまな名称があるが、予算や人材不足を背景に、この分野に配属される人はごく少数または兼務の場合もまだまだ多いようだ。
 YCAMでは可能なかぎり各プロジェクトにエデュケーターを配置し、横断的な思考をプロジェクトに与える重要な役目を担っている。研究開発で生まれた先駆的なアイデアを、本質を残しつつ他領域に応用し、次の創造とコラボレーションを促す。人、場所、技術、社会を編み込む「関係性のデザイン」。硬直化した状況を変える可能性を持ったこの人物は、いまあらゆる分野で必要とされている存在なのかもしれない。

 本稿では公共文化施設が持つラボの可能性をYCAMの実践を通じて紹介してきた。これは特別YCAMに限った話ではなく、課題発見と可能性提示に重きをおく新たなラボ像は社会のあらゆる分野で求められている。近年、企業や大学が旧態依然とした体質の改善や新領域の創出を狙い、盛んにラボやリサーチを冠した組織を再編成しているように、まさに現代社会の処方箋として世界中で調合を模索している最中なのである★1
 情報が世界をつなぐいま、本稿がそうであるように、世界中の実験の成果をシェアし、次の議論を生むことで少しずつ前進していきたい。次回の掲載では、他館の実験的な取り組みを軸に考察を進めていこうと思う。


★1──慶應義塾大学環境情報学部教授の脇田玲氏は、ラボやリサーチをイノベーションの駆動力とする社会(ラボドリブン社会)を、都市や産業の観点から論じている。脇田玲「ラボドリブン社会」(webちくま、2016年9月28日から連載)

山口情報芸術センター[YCAM]

会場:山口情報芸術センター[YCAM]
山口県山口市中園町7-7/Tel. 083-901-2222