キュレーターズノート

「三沢厚彦 ANIMALS in 熊本」展/淺井裕介「アートロード・ミーティング つなぎの根っこ」

坂本顕子(熊本市現代美術館)

2017年06月15日号

 熊本市現代美術館では、6月24日から「三沢厚彦 ANIMALS in 熊本」がスタートする。 本企画を担当する筆者は、展示直前の慌ただしいなかこの原稿を書いているが、本展を熊本で開催する意味やその見どころについてここに記しておきたい。

 三沢厚彦は2000年から木彫による「Animals」シリーズをスタートさせたが、現在まで全国20以上の公立美術館で個展を開催し、現代彫刻家として確固たる位置を築いている。その圧倒的な支持を受ける要因とは何なのかと考えるうえで、3つの観点からそれを改めて整理してみることにしたい。


三沢厚彦《Animals 2016-01》(2016)樟、油彩
撮影=渡邉郁弘 © Misawa Atsuhiko, Courtesy of Nishimura Gallery

 まず、1点目は「木彫」という技法にある。近年、「木彫」というテーマに特化し近代日本における西洋的な「彫刻」概念の受容を再検討した「抱きしめたい!近代日本の木彫展」(2011-2012、高岡市美術館、碧南市藤井達吉現代美術館、広島県立美術館を巡回、三沢作品も展示)や、土偶からフィギュアまで幅広い射程で前近代と近代、彫刻と工芸の狭間について考察した「再発見!ニッポンの立体」展(2016-2017、群馬県立館林美術館、静岡県立美術館、三重県立美術館を巡回)など、日本における彫刻表現に着目した展覧会が相次いでいる。じつは三沢は、「Animals」シリーズに至るまでの初期において、ヨーゼフ・ボイスなど美術家たちをテーマにしたミクストメディアによる《彫刻家の棚(画家へのオマージュ/彫刻家へのオマージュ)》(1993)、海辺の漂着物や木をブリコラージュし制作した90年代後半の「コロイドトンプ」シリーズ、さらに丸く面取りした檜葉や桂の部材を集積させたその発展形など、「木彫」という技法・表現に行き着くまで、まさに日本の近代彫刻が歩んできた過程と重なるかのような、さまざまな試行の跡を見せている。これらの初期作品は、今回熊本で出品されるが、会場スペースの制約上、展示できる機会も限られるため見どころのひとつになると言えるだろう。

 2点目は、「樟(くすのき)」という素材である。木彫による「Animals」では、比較的加工がしやすく、大きく育つため部材が取りやすい点から、ほとんどすべてこの素材が選択されている。そして、「楠」(三沢は古くからの「樟」という表記で統一)は「南の木」と書くように、西日本、特に九州に多く分布し、熊本県では県木に指定されている。青空に映える「楠若葉の熊本城」は、4、5月頃の熊本を代表する絶景であるが、城裏の藤崎台にある樹齢1000年という国指定天然記念物のクスノキ群のほか、神社林として多用されていることもあり、熊本の人々の身近な暮らしの風景のなかに「樟」がある。「樟」は「樟脳」に用いられるように防虫や防腐効果があり、古くから船材に使われたほか、海の中に立つ厳島神社の鳥居にも用いられている。また、飛鳥時代に仏教が伝来し、当時の仏像のほとんどに樟が利用されていたことからも、「樟」は、私たちの信仰や暮らしに深く根付いた素材であると言える。

 3点目は、やはり何より「動物」というそのモチーフの選択にあるだろう。犬や猫といった身近な暮らしのそばにいるコンパニオン・アニマル、トラやクマ、ゾウといった普段は動物園でしか見ることのできない野生動物、また、フェニックスやユニコーンのような想像上の生きものなど、手のひらサイズから3メートル超の大作までさまざまである。また、いわゆる狭義の写実ではなく、三沢のイメージをもとにした闊達なドローイングやペインティングを経て生み出された動物たちは、ポーズや表情などデフォルメを加えながら鑿で彫りだし、油彩で着色されている。それらは、表現における、重厚さと軽やかさ、歴史性と現代性といったように、本来相反する二重の価値が、その作品のなかで絶妙なバランスで調和している。これらの点が、三沢厚彦作品に多くの人々が惹きつけられる要因のひとつではないかと筆者は考える。

 折しも、先の熊本地震で、熊本市動植物園は地割れや液状化による地盤沈下が起こり、給排水設備の分断や、動物舎が破損し、トラやユキヒョウなど(今回の三沢展の出品作とも一部重なる)4種5頭は、県外の動物園に疎開している。幸い、週末に一部開園をしているが、2018年4月の全面再開に向けた、長期休園がいまも続いている。先だってNHKの人気番組「ドキュメント72時間」で「キリンがみえる散歩道」として、熊本市動植物園の裏手の小道から園内を見物にやってくる人々の姿が放映されたが、人々は物言わぬ動物に語りかけ、さまざまな思いを仮託している様子が映しだされていた。道ばたのお地蔵様や、花の一輪であってもそうかもしれないが、何か命のかたちをしたものの前で、私たち自身もまた小さな命をもった生きもののひとつであることを、思い知るのかもしれない。熊本のまち全体が動植物園の復活を心待ちにする様子から、動物という命の存在の奥深さに気付かされた。

 今回の三沢展では、熊本市動植物園復興応援企画「がんばれ!アニマルズ」として、動植物園の獣医師とともにまわるギャラリーツアーや講演会、園内の動物資料館でのワークショップを企画している。この展覧会を通して、美術はもちろん、動物に関する科学的な視点や、文化施設としての美術館や動物園にも興味を持つきっかけになってもらえれば幸いである。

三沢厚彦 ANIMALS in 熊本

会期:2017年6月24日〜9月3日
会場:熊本市現代美術館
熊本市中央区上通町2番3号/TEL.096-278-7500

学芸員レポート「淺井裕介 アート・ロード・ミーティング つなぎの根っこ」

 本稿でも過去に熊本における淺井裕介の活動については、2011年4月15日号の「水・火・大地──創造の源を求めて」展での泥絵制作、2012年07月15日号の熊本市河原町での「植物になった白線@熊本 001河原町」、2014年07月15日号での「街なか子育て広場公開制作」の3度報告している。今回の「つなぎの根っこ」は、2014年のスタート時に紹介した、つなぎ美術館のプロジェクトが約4年を経て、完成を迎えたものである。


肥薩おれんじ鉄道津奈木駅ホーム[撮影=筆者]

 肥薩おれんじ鉄道津奈木駅のホームやその周辺5か所に、樹木や植物などをモチーフに道路用の白線をバーナーで焼きつけて「地上絵」をつくる同プロジェクトは、計13回のべ350人が参加して実施され、総延長は約700メートルにもなったという。筆者もプロジェクト最終日にようやく滑り込みで見に行ったが、4年間の歳月を物語るように、駅周辺のさまざまなところに地上絵があり、ファイナルにふさわしい不知火海名物「タチウオ」の大作が約20メートルにわたって描かれていた。淺井のプロジェクトの非常に興味深い点は、作業中にさまざまな人々が立寄ったり、声をかけていくことにある。筆者が行った日も、常連メンバーやおれんじ鉄道の車内でプロジェクトを知って隣県から通っている人、通りすがりの人が声をかけていく。(九州でも有数の交通量である国道3号線を道一本隔てた脇の道で、地面に這いつくばって人が延々と作業をしていれば、声をかけたくなるのは当然である)。人口4500人の町ではそれが普通なのか、逆に珍しいことなのかわからないが、役場の方も交代で次々に手伝いにやってくる。アートに関わるハードルが、この町ではとても低く感じる。

つなぎの根っこ「タチウオ」制作風景[提供=つなぎ美術館]

海の上に立つ旧・赤崎小学校をのぞむ展望スペースの淺井裕介。ここにも「つなぎの根っこ」が描かれている。
[提供=つなぎ美術館]

 「アーティストや若い人が来ると、年配の人が特に喜ぶ」と企画した楠本学芸員は言うが、つなぎでは、だいたい1人(か、多くても数人)のアーティストが折々にプロジェクトや展覧会でやってきて、そこに滞在して制作し、また違う土地に去っていく。「赤崎水曜日郵便局」、若手アーティストのレジデンス事業、この秋には西野達による、1日1組の宿泊施設「ホテル裸島 リゾート・オブ・メモリー」がオープンする。おれんじ鉄道に乗って、美術館をはじめ、町の各所に設置された彫刻群や、淺井の地上絵を見てまわり、西野のホテルに泊まる。そんな1日を過ごすのが、いまからとても楽しみだ。

淺井裕介 アート・ロード・ミーティング つなぎの根っこ

ワークショップ:2017年5月27日
公開制作:2017年5月28日
会場:つなぎ美術館及び津奈木町内

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