キュレーターズノート
北九州の挑戦的アートスペース「Operation Table(QMAC)」
正路佐知子
2017年08月01日号
今号から、本枠で執筆の機会をいただけることとなった。福岡に来てもうすぐ丸10年になるが、特に近年、この地で起きていることを外に発信できていない風通の悪さが気になっていた。閉塞感のようなもの、これは私ひとりではなく福岡の美術関係者の多くも感じていることだと思うのだが、今年に入り、2つの動きが生まれている。ひとつは、九州・山口の展覧会情報を集約・発信するウェブサイト「ARTNE(アルトネ)」、もうひとつは公開編集会議を行ない、それをもとにweb版の美術誌を発行しようという「福岡アートジャーナル」である。これらの動きと並走しながら、この場でも今後、福岡を中心としたアートスペースや展覧会を紹介していきたいと思う。
福岡県内には、数多くのアートスペースがある。そのなかでも10年前からずっと、北九州の動きには目が離せないものがある。今年で言えば、20周年を迎え一年を通じ記念イベント目白押しのGallery SOAP、8月5〜26日に筑豊商店街を舞台に開催される槻田アンデパンダン、晩夏にグループ展が予定されている、「八万湯プロジェクト」など複数のプロジェクトが継続的に蠢いているのだ。これらの活動もいずれ紹介したいが、今回、先日じっくりと滞在することのできたOperation Table(QMAC)を取り上げることとしたい。
Operation Table(QMAC)
Operation Tableは、インディペンデント・キュレーターの真武真喜子が元動物病院の自宅を改修し、2011年4月にオープンさせたアーティスト・イン・レジデンス/オルタナティブ・スペースである。別名QMAC、これは北「九」州・真武(またはマイクロ)・アート・センターの略である。
水色の壁面やタイル、手術台や無影灯、薬品用戸棚など、動物病院当時に使われていたそのままを残す空間がOperation Tableの特徴である。展示をする作家にとっては、作品が呑まれかねない独特な空間をいかに使うか、挑戦しがいのあるギャラリーと言えるだろう。
もうひとつの特徴は、完全自主運営ならではの、何にも縛られることなく作家とキュレーターの動機とその実現を第一目的とする活動のあり方である。北九州市立美術館、国際芸術センター青森での学芸員経験を持つ真武の企画は、「手術台の上のミシンと蝙蝠傘の出会い」というロートレアモン伯爵の言葉にも依拠しながら、思いがけない作家との出会い、思いがけないテーマ設定や組み合わせを実現させてきた。出品作家は地元作家から国内外まで幅広く選ばれており、作家がここに滞在し、北九州をリサーチし、作品化・発表することもある。展覧会のオープニングには、九州・山口の作家、美術関係者が集い、サロンのような場にもなっている。
レジデンス、企画展だけではない。マイクロ・アート・センター(QMAC)として、全国の展覧会の情報が集まる場であるとともに、九州圏内の学芸員や美術家を講師に招いたセミナーも定期的に開催されている。このセミナーは誰でも参加可能だが、休館中の北九州市立美術館のボランティアの受け皿にもなっている。
横溝美由紀 光の箱/GRID
さて先日、終了間際の展覧会「横溝美由紀 光の箱/GRID」を見るため旅の最終目的地を北九州市に置いた私は、特別にQMACのレジデンスルームに宿泊させてもらった。深夜QMACに到着し、展示を見ることなく就寝。翌朝、ギャラリースペースとの仕切り戸を開けると、見知ったギャラリーとは大きく印象が異なる空間が目の前に現われた。動物病院の面影を色濃く残し、壁の色や既存の什器一つひとつが主張するOperation Tableの展示室が、横溝の作品と一体となり、窓から差す朝の光を内に抱え込んでいた。本展覧会のタイトル「光の箱/GRID」は、横溝作品の共通項として導き出された言葉である。しかし作品だけではない、ギャラリー空間も横溝の手によって「光の箱」そのものに変えられたかのようだった。
真武によれば
オープン以来、何度も訪れてきたこのスペースの印象がこれほど違って見えたのには、いくつかの理由がある。まず、作家の希望で、診察室の面影を残す薬品用ワゴンやラック等、移動可能な備品が今回すべて部屋から排除されていたこと。そこに横溝作品が配置されることで、空間そのものの特性が前景化していたのだ。
水色の壁、空間の中央に置かれた手術台はこのスペースの特徴だが、壁面のタイル、床、壁に埋め込まれた浅い薬品棚。手術台と窓に作品《aero_sculpture》(2007-)がぴたりと収められることで、半透明の箱が積み重ねられることで生まれるグリッド。色とりどりの石鹸が一つひとつビニルケースに入れられ、金具で連結され、入口壁面に展示されている《Please wash away》がつくり出すグリッド。それらがQMACの空間に点在するグリッドと呼応する。
今回、横溝の作品を初めてじっくりと見た私は、これまで彼女の作品を追いかけてきたわけではないが、身近な人工素材を用い、単純な手作業を繰り返し、ミニマルな形態に落とし込むことが横溝作品の特徴と言えるだろう。加えて、本展示を見るなかで、ミニマルなフォルムを取りながらも、手の仕事によるノイズのようなものが作品をより魅力的にしていると感じられた。
例えば、絵の具の容器であるチューブを素材とする作品《torso》(2017)は、チューブを絞り、ひねる動作から生まれている。一つひとつが身体の動作を想起させるとともに、タイトルにあるようにひねることで生まれたフォルムが身体をも思い起こさせる。すでに述べた《areo_sculpture》は、プラスティックのシートで成形された直方体に透明なテープが巻きつけられているが、テープの貼り方は一様ではなく、制作時期が一つひとつ異なるために、それぞれ違う表情を持つ。厚みのあるキャンバスを支持体とする《veil》(2017)、銀箔の表面を持つ《Untitled》もまた、油絵の具またはエナメル材を塗布した糸を弾くという単純な作業の反復によって画面が構成されている。
入口に展示された作品《Please wash away》は、オモチャあるいはドロップのような人工的な色にも明らかなように、実際90個ある石鹸のほとんどが、樹脂やパラフィンを流し固めつくられた模造品、フェイクである。しかし、数個のみ本物の石鹸が含まれていることで、微かに周囲に石鹸の香りも漂う。作品に相対したとき、模造品であることと石鹸にまつわる身体行為が混ざり合い奇妙な感覚を与えてくる。そしていくつものグリッドから成りながらも、この場所が血液や肉といった身体性とも不可分であることに思い至る。
本展は、横溝美由紀が1990年末〜2000年代初めに注目されるきっかけとなった代表作《Please wash away》(1998-)から最新作まで、5つのシリーズ作品で構成されていた。聞けば、小規模とはいえ過去作を集め、作品の変遷が辿れる展示は横溝にとっても初であったという。美術館に比べれば、決して広いとは言えない空間ではあるが、このような意欲的な展示が実現できたことは、Operation Tableの懐の深さによるものと思う。
横溝美由紀展は7月17日に終了したが、Operation Tableでは、下記にまとめているように、この後も立て続けに展覧会が予定されている。この夏、ぜひ訪れてもらいたい。
Operation Table(QMAC):展覧会情報
福岡県北九州市八幡東区東鉄町8-18
http://operation-table.com/
※開廊は展覧会によって異なるため要確認
横溝美由紀 光の箱/GRID
会期:2017年5月5日〜7月17日〈終了〉
http://operation-table.com/yokomizo.html
山福朱実「水はみどろの宮」挿絵版画展
会期:2017年8月5日〜16日(会期中無休) 11時〜18時
鷹野隆大 ヤハタ式
会期:2017年8月19日〜10月22日(※土・日のみオープン、平日は予約制) 11時〜18時
GALLERY SOAP 20th ANNIVERSARY PROJECT
会場:GALLERY SOAP
福岡県北九州市小倉北区鍛冶町1-8-23
詳細:http://g-soap.jp/SOAP20/index_20.html
槻田アンデパンダン2017──私たちのスクラップ&ビルド展
会場:筑豊商店街
北九州市八幡東区茶屋町1-7
会期:2017年8月5日(土)〜26日(土) 9〜17時
休み:日祝、8/14(月)〜16(水)
詳細:https://www.facebook.com/pg/Tsukida-Independent-Show-1921417821224666/about/