キュレーターズノート
創造性を紡ぐ拠点を目指して
──デザイン・クリエイティブセンター神戸
近藤健史(デザイン・クリエイティブセンター神戸[KIITO])
2017年09月01日号
2012年にオープンして以来、デザイン、アート、食、まちづくりなどをテーマに、積極的に市民を巻き込むワークショップやレクチャーなどを展開しているデザイン・クリエイティブセンター神戸(KIITO)。本稿では、拠点とする建物の歴史や開設までの経緯、おもな活動について紹介したい。
神戸生糸検査所からKIITOへ
神戸港は開港以来、国際貿易港として重要な役割を果たしてきた。現在でも神戸の中心である三宮から元町、そこから海沿いの地域には往時の繁栄を感じられる近代建築が多く残っている。そのなかで、神戸三宮フェリーターミナル周辺は新港地区と呼ばれ、1920年代に建築された鉄筋コンクリート造の大規模な倉庫が建ち並び、神戸旧居留地と並んで、港を通した交易で栄えた時代の空気をいまに伝えている。
その新港地区の景観を形成する重要な建物のひとつであり、近代建築である神戸税関の建物と対峙するように建つゴシック様式の建物が、デザイン・クリエイティブセンター神戸である。
建物中央部にあるアーチ形のエントランス両脇の柱が空に向かう垂直方向を強調する歴史的建造物をコンバージョンした建物は、輸出絹糸の品質検査と格付けなどを行なっていた生糸検査所であったことから、デザイン・クリエイティブセンター神戸はKIITO(キイト=生糸)という愛称で呼ばれている。
フラワーロード沿いに神戸税関と面して建つ1927年に建築された旧神戸市立生糸検査所(旧館)と、1932年に旧館の東に増築された国立生糸検査所(新館)は、生糸が日本の輸出総額の約40%を占めていたという昭和初期、生糸輸出産業の絶頂期に建築されており、建物そのものの意匠や造作も優れている。旧館のエントランスの上部には「黄金の絹を吐く蚕 」をモチーフにしたとされるテラコッタの装飾、旧館塔屋まで続く中央の階段にある「繭」をモチーフにしたとされる親柱などは、この建物の歴史を伝えており、また、建物だけでなく残されている検査機器や什器・備品も重厚なものである。
生糸の輸出減退に伴い役割を終えた生糸検査所の建物は、農林水産消費技術センターなどの時代を経て、耐震強度の不足などから解体が検討された時期もあった。しかし、日本における近代建築の秀作として、また新港地区の景観形成における評価から、日本建築学会から保存要望書が出されるなど保存の機運が高まり、神戸市は2009年7 月、神戸市都市開発公社より土地建物を購入、都市としてのアイデンティティを高める文化資産として保存活用することになった。
その神戸市の決断の背景には、2008年10月16日、神戸市がユネスコ創造都市ネットワーク のデザイン都市に認定されたことが大きい。旧神戸生糸検査所は、デザイン・クリエイティブセンター神戸として、「デザイン都市・神戸」のシンボル、そして創造と交流の拠点施設として保存活用されることとなった。
2012年8月、デザイン・クリエイティブセンター神戸(KIITO)は、デザイン、アートなどの創造的な活動を通じて社会に貢献する人材の育成や集積、および交流や連携を図ることにより、市民生活の質を向上し、経済活動の活性化を図ることを目的として設立された。施設は、iop都市文化創造研究所・ピースリーマネジメント・神戸商工貿易センター共同事業体が指定管理者として管理運営を実施している。
歴史を残しつつ、クリエイティブな場をつくる
新館、旧館を合わせた建物の延床面積が13,779平方メートルに及ぶ大規模な建物の活用にあたっては、特長ある意匠が残る部分を中心に保存・保全を図るとともに、公共施設として必要な安全性等を確保した活用が必要とされた
完成した施設には、市民の多様な活動の場としての大規模なホール、ギャラリー、会議室といったレンタルスペース、生糸検査所時代からの歴史や検査工程を実物の機器、写真や映像で紹介する生糸検査所ギャラリー、各種資料に加え全国のフリーペーパーやイベントなどの案内を集積し、配架するライブラリ、交流の場としてだけでなく、「食」について考えるプラットフォームを目指すカフェを設置している。
施設の特長として、創造的活動に携わる法人、団体、個人のオフィスとして供用する「クリエイティブラボ」を擁することがあげられる。入居者にはセンターが実施する事業に協力いただくだけでなく、入居者同士の交流を促すことで分野や職種を超えた多様な事業の創出、展開を目指している。
また、施設維持管理業務だけでなく設置目的 を実現するために、年間200を超える自主事業を実施している 。
「+クリエイティブ」というコンセプト
KIITOの活動のコンセプトとして、わたしたちは「+(プラス)クリエイティブ」という言葉を掲げている。デザインやアートなどを用いて、プロジェクトや活動の魅力を高め、また、既成概念に捉われないアイディアや工夫を取り入れ、それらが抱える問題や課題を解決し、さらなる活性化を図るアプローチ手法と定義している。課題解決やまちづくりを、一部の専門家に任すのではなく、一人ひとりが自分の身の回りで創造性を発揮し、そして社会が抱える課題解決にも主体的に関わる、またそのような力があることを発見し、新しい神戸をつくっていく。この実践の積み重ねこそが、わたしたちの活動の中心と言えるだろう。
そして、「+クリエイティブ」というコンセプトのもと、「実践の場をつくる(プロジェクトを起こす)」「担い手をつくる」「交流の場をつくる」「情報を発信し、ネットワークの構築を図る」という4つの活動方針を立てている。
この方針に基づき、「KOBEデザインの日記念イベント」をはじめ、多彩なイベント、レクチャー、ワークショップ、展示などを実施している。「KOBEデザインの日記念イベント」として隔年で実施する、こどもの創造性を育むワークショッププログラム「ちびっこうべ」は、2012年のオープニングイベント以降3回実施され、プログラムの進化と成熟に伴い、国内外からも高い評価を受けるようになった 。
また、神戸は1995年1月17日の震災の体験から、防災教育や災害対応活動、そして地域コミュニティーによるまちづくりが盛んである。KIITOでは、2013年の「EARTH MANUAL PROJECT展」
において、自然災害に多く見舞われる日本を含む東南アジアを中心とした地域から+クリエイティブな視点を持つ防災活動を集め、クリエイターたちの想いや活動のプロセス、成果や課題を紹介する国際展覧会を開催した。同展以降、日英バイリンガルのアーカイブサイト構築 、フィリピン3都市、タイ2都市での巡回展を国際交流基金の協力を得て開催するなど、全世界のクリエイター、市民、NPOや行政が共有、連携、相互学習できるプラットフォームの構築が進んでいる。 「+クリエイティブゼミ」と呼ぶ人材育成プログラムは、神戸市や神戸を中心に活動する団体が抱える課題に対して、市民の小グループでリサーチ、ディスカッションを行ない、アクションプランの提案までを行なうゼミ形式のプログラムである。そこで提案された先入観にとらわれないアクションプランは、実際にまちの中で実践され、まちにインパクトを与えている。
ほかにも、「食」について考え、学び、アクションを起こすためのプラットフォーム形成を目指すさまざまな食関連のプログラムの実施に加え、スタジオレジデンスなどのアート関連のプロジェクトを実施していることも特徴といえるだろう。レジデンスに関しての紹介は次稿に譲るが、デザインによる課題解決と、アートによる課題発見という営為が並走し、あるいは交錯することで広がる視点、視野、そして視座は、これからのわたしたちの活動に大きな気づきを与えるだろう。
創造の交差点として
2017年8月、KIITOは開設から5年目を迎えた。さまざまな人や世代が交流し、そこから生まれるアイディアや工夫で社会的な問題を解決し、新しい神戸をつくっていく。この手法を「+クリエイティブ」と定義し、そこから紡ぎだされた活動を積み重ね、発信してきた。
活動の積み重ねによりみんながクリエイティブになること、そしてまちがクリエイティブになること。この場所が、そのための中心となること。
2017年は、神戸開港150年記念の様々なイベントが開催されている。かつて神戸港が世界中に生糸をはじめとする産物だけでなく文物をも輸出し、そして多様な生活様式や文化を輸入することで世界をつないだように、KIITOはわたしたちの活動と世界中の創造性をつなげることを目指してこれからも活動を紡ぎだしていく。
デザイン・クリエイティブセンター神戸(KIITO)
開館時間:9:00〜21:00
休館日:月曜日(祝日、振替休日の場合はその翌日)、年始年末(12/29〜1/3)
入館料:無料
兵庫県神戸市中央区小野浜町1-4/Tel. 078-325-2235