キュレーターズノート

美術館とコレクション──開館30周年記念特別展「美術館の七燈」

角奈緒子(広島市現代美術館)

2019年04月01日号

ようやく暖かみを含んだ空気も感じられはじめ、広島市現代美術館のある比治山公園には、ヒサカキの花が咲くときに発せられるという、エグみを含んだメンマのような香りがそこここに漂っている。また、花見の時期に合わせて、毎年お目見えする「比治山公園」提灯の設置も完了。今年の花見シーズンももうすぐだ。


比治山公園園路に設置された提灯


全国的なコレクション展ラッシュ

そんなこの時期、全国の美術館を見渡してみれば偶然にも同時多発的に、各美術館の「所蔵作品」をメインに据えた特別展が開催されている、または近日中に開催される予定だということに気づく。たとえば、

など。

いずれも(未見のため)タイトルだけから推測するに、上記の展覧会は少なくとも2タイプに分かれるように思われる。ひとつは、美術館の改修工事を終えた直後のいわゆる杮落として、もうひとつは、美術館の周年事業の一環として、いずれにしても改めてコレクションに着目しようという考えに拠るものと思われる。「美術館」が負ういくつかの使命の中には、美術作品を「収集」し、「保存」「活用(展示)」していく、という活動が含まれることを思い起こせば、ごく自然な、とても理にかなった姿勢といえるだろう。実は、筆者が勤める広島市現代美術館でも、今月初頭に「開館30周年記念特別展 美術館の七燈」(3月9日〜)が始まった。

広島市現代美術館の30年

今から遡ること30年前。1989年(平成元年)5月3日、広島市現代美術館は、公立館としては国内初の「現代美術」を専門とする美術館として開館した。今回紹介する展覧会「美術館の七燈」は、いわば広島市現代美術館の30回目の誕生日を祝う意味も込められた展覧会である。奇しくも今年は「平成」最後の年、当館はまさに平成と歩みを共にしてきたことになる。「30年」という年月が長いかどうかはさておき、これまでの美術館活動を振り返り、これからも継続していくうえで欠かすことのできないファクターとして、「観客」「建築」「場所」「保存」「歴史」「逸脱」「あいだ」という7つのキーワードを挙げ、全7章から構成される、全館(文字通り、展示室「内」だけでなく「外」も含む)を使った展示となっている。ちなみに展覧会タイトルは、19世紀イギリスの美術評論家、ジョン・ラスキンの名著『建築の七燈』に着想を得ている。また、キャッチコピー(的なもの)として、「美術館がまもるものと、美術館をまもるもの」を掲げている。美術館の財産である「所蔵作品」を存分に活用した展覧会ではあるが、いわゆる「所蔵作品」をたとえばテーマ別に紹介するといった内容にはとどまらない。単なるコレクション展の拡大版ではないのだ。収蔵作品以外も含まれている、という端的な理由もあるが、「作品」そのものは、美術館を成立させるうえで、まず欠かせない要素であることは自明の理であるわけだから、今回においては、善かれ悪しかれ自分(=作品)が帰属してしまった美術館の歴史を物語る、いわば証人としても登場していただいている。ここで全貌を紹介するわけにはいかないが、部分的に取り上げつつ、いくつかの必見ポイントを匂わせておこう。

黒川建築の存在感

普段、展覧会を見ることを目的として美術館に足を運ぶ人々にとって、美術館という「建物」はどのように映っているのだろうか。たかがハコ、されどハコ。「2章:蔵とシンボル」では、美術館建築と、建築と一体となった彫刻をはじめ、数々の野外彫刻に着目する。多くの方はすでにご存じだと思う(と信じたい)が、当館建築は黒川紀章の設計である。この建物は、建築家の黒川自身にとっても 80年代の試みの集大成のひとつであり、同時に 「日本建築学会賞」(1990)も受賞しており、 自他ともに認める重要作だ。今回、黒川紀章建築都市設計事務所から特別に、黒川本人による貴重なドローイングをお借りして、紹介している。見ようによっては先生が、油性マジックペン片手に鼻歌交じりでお絵描きしたようにしか見えないようなドローイングも含まれる。だが、驚くなかれ。そこで表わされた意匠やディテールの多くが、実際の建物で実現されているのだ。そのことに気づけば思わず感動と称賛を覚えずにはいられない(のだが、それが何/誰に対するものかは、考えれば考えるほどわからなくなる)。異様な存在感を放つ丸柱の存在だったり、思いのほか主張が激しい意匠が各所に施されていたりする、当館含む黒川建築。ゆえにおそらく、好き嫌いははっきり分かれることぐらい理解しているが、これまた驚くなかれ、住めば都(住んではいないはず、だが)、使えば使うほど慣れてくるどころか、愛着さえ湧いてくるのだ(※あくまで個人の感想です)。全国、全世界の「シスター・ミュージアムズ」で勤務した経験がある方々にぜひ感想を聞いてみたい、と密かに思っている。ところで、2020年の秋/冬以降、実は当館も(遅ればせながら)改修工事に入る予定である。目下、「基本設計」策定に向けて、市の関係部局との協議が続いているが、美術館施設としての機能回復は当然のこと、ひとつの大きな「建築作品」としての「黒川らしさ」をいかに保ちつつ、どこをどうリニューアルしていくのか、広島市民はもとより、全国の建築業界からの注目も大きい。



「2章:蔵とシンボル 美術館建築と野外彫刻」展示風景


ヒロシマ賞と作品購入

「場所」と美術館の関係を検証する3章では「広島、ヒロシマ」と題し、そのいずれかをテーマとした作品を紹介している。被爆都市である「ヒロシマ」をテーマに制作を委託した作品のほか、広島ゆかりの作家による作品、「広島」または「ヒロシマ」を表象した作品、そして開館当時より3年に一度、広島市が主催する「ヒロシマ賞」を機に収蔵した作品が並ぶ。今回の全展示中、もっとも「コレクション展」然とした様相のここでは、純粋に作品鑑賞を楽しんでいただくもよし。しかしながらここは、会場に掲出している解説パネルにも記されているとおり、とある事態を共有する場ともなっている。何かというと、それは、あるときから作品購入予算がゼロになったという事実である。展示をよく見ていただけば、ヒロシマ賞受賞作家の作品購入は途中から不可能となり、コレクションの充実に際しては、「寄贈」に頼らざるを得なくなっている事実にも気づくだろう。こうしている今も、優れた表現の新しい作品が世界中で生み出されていることを思えば、「現代美術」を専門とする美術館が、作品を購入することで同時代に活躍するアーティストを支援することも、「所蔵作品」を持つことで現代美術の流れを追うこともできていないという事実は関係者として痛ましく、たとえ一縷でも望みを捨てることなく、購入予算の復活を願い続けるほかない。



「3章:ここ 広島、ヒロシマ」展示風景


各種資料と「展覧」の壁で美術館の生い立ちをたどる

「5章:積み重ね」では、広島を拠点に活動するデザイン・ユニット、又又(マタマタ/鹿田義彦と入江早耶によって2016年に結成)による構成・デザインで、広島市現代美術館の生い立ちを振り返る。現代美術館の必要性が公に発表されたのが、1979年。その「構想」時期から「準備」「工事」など、各段階での一端を、さまざまな資料や書類、当時撮影された写真などを通して紹介している。比治山の地質調査から、山の地ならし工事、骨組みがむき出しの建設途中など、通常はあまり披露されることのない記録写真が並ぶ。ようやく迎える「開館」まで、いったいどれほどの人々が関わったのか想像もできないが、あらゆる段階でいくつもの思いもよらない問題が勃発したに違いないことは想像に難くない。しかし、美術館の「開館」はゴールではなく、むしろスタートなのだ。



「5章:積み重ね 資料と関連作品による活動の記録」展示風景


「展覧」の壁は、開館以来開催した展覧会のポスターやチラシを、いわゆる「年表」スタイルで並べたものである。各展覧会の記録写真につけたコメントにも目を通していただきながら、各時代の雰囲気を思い出して懐かしむもよし、想像して冷やかすもよし。その時代をオンタイムで知っているかどうか、そのときに何歳だったかによって、向き合い方や感じ方が人それぞれ異なるのは当然のこと。ちなみに、展示室ほぼ中央に位置する「補遺」の壁には、1980年代の社会や世相を象徴するような物品が並ぶ。この5章の展示を構想するに際して、又又といっしょに自館の歴史を物語る資料や書類をひっくり返す作業が必要だった。その過程で、私なぞ10年とちょっとしかココと関わりがないとはいえ、一関係者の立場として、先達の努力や苦労をつくづく感じずにはいられなかった。世に生み出した施設を、責任をもって継続させることの難しさを。もちろん、今の視点から振り返れば、「何か違う」とか「もっとこうできたのでは」とかいう思いもなくはない。しかしながら、時代とともに美術館のあり方も変わるものだし、より正確に言うならば、変わるべきところもあるし、同じくらい変わってはならないところもあるのだと思う。そんなことをおさらいでき、考えを新たにするよい機会となった。


5章より「展覧」の壁



入江早耶《美術館の亡霊》シリーズ、(2019)より。入江はユニット「又又」としてだけでなく、一作家としても本展に参加。「かつてここにあったもの」を「亡霊」に見立て、七つの作品を展開。


新作インスタレーションから歴史を読み直す

さて、広島市現代美術館は、あるとき(00年代後半)から作品の新規購入予算がついていないことはすでに述べたとおりである。そうすると、どういう事態が起こるかというと、新進気鋭のアーティストたちの活躍を「所蔵作品」を通して紹介することがたいへん難しくなる。そうした事情もあり、「6章:(リ)サーチ」では、田村友一郎氏に新作インスタレーションの制作を依頼した。彼は、場所性やそこにまつわる歴史を(リ)サーチし、連想による飛躍と逸脱で、あるストーリーを紡ぎだし、作品を通じて新たな視座を提示するという手法が特徴だからだ。彼の今回の作品の見事なストーリー展開をここで解説して、ネタバレするわけにもいくまい。広島市現代美術館が開館した「1989年5月3日」に撮影された1枚の写真を軸として(または手がかりにして)、話は大胆に展開する、と言うだけに留めておこう。



田村友一郎《ずるい彼》(2019)、参考写真


上記のほかにも、ここでは取り上げなかったが、「観客」が積極的に関わることによって成立するあり方の作品を紹介する1章や、作品の保存・修復にまつわる諸問題を共有すべく、簡易の小さな修復工房を設え、修復家が公開で修復作業を行なう「4章:残すこと」、さらには、おもに「ゲンビどこでも企画公募」展を通じて実現された、美術館における「その他」的スペースを活用したアーティストと作品を紹介する「7章:あいだ、隙間、その他」も、当然ながら必見である。いつもとは異なり、すべての展示室(と、展示室外)を鑑賞して、ひとつの展覧会を見たことになる。一度に見ることが難しい場合は、二度に分けて見ていただくことも可能なので、ぜひ時間をかけて、一美術館の生い立ちを共有していただければ幸いである。

話を最初に戻してみよう。同時多発的に開催されるいくつかの「所蔵作品フィーチャー展」のうち、福岡市美術館、東京都現代美術館、愛知県美術館の三館は、改修工事が完了したタイミングであることから、改修完了した建築もいっしょに、心機一転いろいろお披露目することが意図されているのだろう。それに引き替え、広島市現代美術館と横浜美術館は、今後の改修が予定されているタイミングである。横浜美術館さんの目論見はさておき、少なくとも当館については、改修前だからこそこれまでの歩みを振り返ることで、私たちはかつて何をしてきたのか、いま私たちはどこにいるのか、という過去と現状とを、美術館の活動を応援してくれる多くの方々と共有し、そして、「私たちはどこへ向かうのか」という先行きを考える機会になればと思っている。いずれにしても、「そうはいっても、しょせんコレクション展でしょ」と侮るべきではない。美術館にとって「所蔵作品」は、その館の形成と特徴を如実に示す、重要な財産なのだ。


開館30周年記念特別展 美術館の七燈

会期:2019年3月9日(土)〜5月26日(日)
会場:広島市現代美術館
広島県広島市南区比治山公園1-1


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