2019年10月15日号
次回11月1日更新予定

キュレーターズノート

収集活動と展覧会活動が次なる展覧会を生む──
「インカ・ショニバレCBE:Flower Power」

正路佐知子(福岡市美術館)

2019年04月15日号

2019年3月21日、福岡市美術館は2年半の休館期間を経てようやくリニューアルオープンした。リニューアルオープンを記念する展覧会は「これがわたしたちのコレクション+インカ・ショニバレCBE:Flower Power」、大規模なコレクション展示と、英国を代表する国際的なアーティストであるインカ・ショニバレCBE(1962- )の国内初個展の2本立てである。今回のキュレーターズノートでは、リニューアルオープンという大事業にあって十分に広報できているとはいえない、筆者が企画担当した後者の展覧会について紹介したい。

「インカ・ショニバレCBE:Flower Power」ポスター[デザイン:尾中俊介(Calamari Inc.)]

福岡市美術館とコレクション

前号のキュレーターズノートで広島市現代美術館の角奈緒子さんも述べておられたように、今春、全国の美術館でコレクションを紹介する展覧会が続々と開催されている。リニューアルや周年という機会に、美術館の「収集」「保存」「調査研究」「展示」という基本機能に立ち返り、研究の成果を提示しつつも、現在的アプローチによってコレクションに新たな光を当てる試みといえる。福岡市美術館のリニューアルオープン記念展における大規模なコレクション展示もそのひとつに数えられるだろうが、他館と異なるのは、あえて自主企画展を同時開催する道を選んだことだ。しかもそれが現代美術展であるからには、美術館のこれからの活動指針や意思表明を担うものでなければならないだろう。個展なのかテーマ展なのか、誰を選ぶのか、決定までにはかなりの時間を要した。

とはいえ、インカ・ショニバレの国内初個展を開催する決め手となったのは、コレクションとの関わりだった。古美術部門と近現代美術部門をもつ福岡市美術館は「時間的空間的幅も、紀元前5000年頃から紀元後2000年代、日本からアジア、ヨーロッパ、アメリカなど実に広く、作品の形状も絵画、彫刻、映像から屏風、陶磁器、染織と多岐にわた」るコレクションを有する(福岡市美術館ホームページ)。もう少し整理しておくと、福岡市美術館は1979年11月3日「アジア美術展第1部 近代アジアの美術──インド・中国・日本」をこけら落としに開館。開館当初の収集方針は、近代の九州・山口・沖縄の美術、国内外の近現代美術、近世以前の美術を3本の柱としながら、アジアの近現代美術への取り組みも特徴としていた。1999年に福岡アジア美術館の開館によってアジア近現代美術の収集・研究活動が同館に移管してからは、近現代美術分野では九州、日本、(欧米中心の)世界の20-21世紀の美術を収集対象とし、古美術分野においては近世以前の日本美術に加え、アジア関連の土器、陶磁器、仏像、染織等も収集対象となり、以降アジアの古美術は福岡市美術館の特色のひとつとなってきた。そのうちインドネシアをはじめとするアジアの染織については1990年代後半から調査と収集、そして展覧会というかたちでの成果公開が続けられ、そして2014年秋、その調査研究の集大成的展覧会として開催した「更紗の時代」展が、インカ・ショニバレ展開催につながる。

「更紗の時代」ポスター[デザイン:尾中俊介(Calamari Inc.)]

「更紗の時代」と「アフリカンプリント」

更紗。それは媒染模様染めと防染の技法を用いて彩られたインド発祥の木綿布のこと。「更紗の時代」は、インド更紗の大航海時代以後500年にわたる歴史を辿ろうという壮大な試みの展覧会だった。インド更紗に魅了された者たちがインドから輸入した更紗を仕立て着用し、あるいは希望のデザインをインドの職人に発注し、そして自らもそれをつくってゆくという、グローバルな交易の所産としての染織品とその歴史を紹介する同展は、更紗への、人間の尽きない欲望を示すものでもあった。そして産業革命は更紗の生産と需要に大きな転換をもたらす。機械製造による大量生産によって、更紗をルーツとするプリント布は多くの人にとって身近なものとなる。しかしながら素材としての木綿布はどこからもたらされ、ヨーロッパで製造された布はどこへ輸出されたのか。植民地主義の歴史のうえに、更紗が流通していったことも忘れてはならない。

企画者の岩永悦子(現・学芸課長)から誘われ、近現代美術を専門とする筆者が担当することになった最終章「更紗の遺伝子」では、更紗の子孫ともいえる現代に息づくさまざまなプリント布のなかから(例えばイギリスのリバティプリントも更紗がルーツともいえる)、鮮やかな発色と大胆な柄が特徴的な「アフリカンプリント」などに着目した。国立民族学博物館や京都工芸繊維大学による先行研究に多くを負いながら、西澤株式会社で当時アフリカへの布の輸出に携わっておられた冨江文雄氏にも協力を仰ぎ、この布についてはもちろん、日本で製造された「アフリカンプリント」の歴史の一端についても紹介することができた。

「更紗の時代」の展示風景[撮影:山﨑信一(スタジオパッション)]

「更紗の時代」より、最終章「更紗の遺伝子」の展示風景[撮影:山﨑信一(スタジオパッション)]

インカ・ショニバレと「アフリカンプリント」

「アフリカンプリント」は、アフリカで現在も服地として愛用され、日本においても服飾雑貨等で目にする機会も多い。この布は実はアフリカ発祥ではなく、20世紀初めごろ英国やオランダ、スイスの会社によって製造されたバティック(インドネシアのろうけつ染め)の模倣品が西アフリカに輸出され、現地の趣向に合わせ色柄を展開させていき、根付いたものである(「アフリカンプリント」という名称も、ヨーロッパの繊維会社がつくったアフリカ輸出用のプリント布を商業的に識別するために用いられた呼称である)。インカ・ショニバレは、この布を用いて大英帝国のヴィクトリア朝スタイルの貴族の衣服を仕立て、首のない、または地球儀の頭部を持つマネキンに着せる。ヴィクトリア朝時代は、ショニバレのルーツであるナイジェリアを大英帝国が植民地化していた時代でもある。ナイジェリア人の両親のもとロンドンに生まれ、3歳から17歳までナイジェリアのラゴスで過ごしたショニバレは、植民地主義の落とし子であり、日常的な服地として今もアフリカで愛用される「アフリカンプリント」を用いることで、歴史(表象)における権力構造を明るみに出し、あるいは意味を巧妙にずらしてゆく。

2014年に「更紗の時代」展に関わることになったとき、展示のなかでインカ・ショニバレの作品も加えられないかという野望を抱いていたが、時間と予算の制約もありこのときは叶わなかった。しかしながら「更紗の時代」を契機にアジアの染織の系譜にある「アフリカンプリント」も美術館のコレクションに加わり、その後も調査を続けることができた。リニューアルオープン記念の特別展示としてインカ・ショニバレの個展を開催することになった理由はひとつではないが、福岡市美術館にとってこのアーティストは、古美術と現代美術をつなぎ、アジアとヨーロッパとアフリカをつなぐ存在でもあったといえる。

「インカ・ショニバレCBE:Flower Power」展より、オランダ製「アフリカンプリント」の展示風景[撮影:山中慎太郎(Qsyum!)]

リニューアルオープンした美術館でのインカ・ショニバレ

リニューアル休館前、改修工事前の美術館空間を生かしつつ地域や美術館という場について考察する/し続けることを目的とした展覧会「歴史する!Doing history!」を企画した理由のひとつに、赤茶色の床や染みの浮き出た布クロス壁など、40年の歴史を刻んだ空間への愛着があった。リニューアルは美術館にとって設備や機能の更新という点でも喜ばしいことではあるものの、愛着ある空間が変容したことには複雑な思いがないわけではない。しかし、新しくなった空間でこそ可能となる展示もあれば、新たに光が当たる作品もある。リニューアルオープン記念展は新しい空間のお披露目でもある。

「インカ・ショニバレCBE:Flower Power」展会場では特別展示室の新たな特徴といえる白い空間を存分に生かすこととした。それはもちろん表情豊かなショニバレ作品を際立たせるためでもある。作品のかたわらには、現代美術展では敬遠されがちなキャプションと解説を章解説パネル大(B0、B1)のサイズで掲示したが、これはショニバレ作品に特有の華やかさ、楽しさ、美しさの奥にある文脈、そしてアイロニー、歴史、美術史、哲学、思想、現代社会への示唆に富む多層性を、作品の間近で伝える必要があると考えてのこと(解説パネルの文字量は1作品につき最大800字ある)。福岡市美術館においても、わかりやすさや間口の広さ、敷居の低さが強く求められる傾向にあるが、豊かな色彩やチャーミングかつ絶妙なバランス感覚のある造形など、観る者を惹きつけるショニバレ作品には、キャッチコピーや華美な装飾は不要だ。

「インカ・ショニバレCBE:Flower Power」展より、インカ・ショニバレCBE《ダブルダッチ》(1994)[撮影:山中慎太郎(Qsyum!)]

「インカ・ショニバレCBE:Flower Power」の展示風景[撮影:山中慎太郎(Qsyum!)]

「インカ・ショニバレCBE:Flower Power」展より、インカ・ショニバレCBE《ぶらんこ(フラゴナールのあと)》(2001/手前)[撮影:山中慎太郎(Qsyum!)]

「インカ・ショニバレCBE:Flower Power」開催の経緯を述べるだけで紙幅が尽きてしまった。植民地主義時代より続く権力構造に着目するショニバレの作品は、固定観念を問い、文化が生まれる背景や歴史に目を向けさせるだけではく、排外的傾向の強まる現代社会についても再考を促すものと思う。写真では決してわからない情報量に圧倒されるショニバレ作品をまとめて実見できる本展を、ぜひ見逃さないでほしい。出品作品の解説はもとより、「Flower Power」というタイトルに託した思い、今ここでインカ・ショニバレの作品に対峙する意義、そして女性のエンパワーメントを主題に制作された新作《桜を放つ女性》の解釈可能性については、「インカ・ショニバレCBE:Flower Power」カタログ所収のエッセイに書いたので、あわせて手に取っていただきたい。

「インカ・ショニバレCBE:Flower Power」展より、インカ・ショニバレCBE《桜を放つ女性》(2019)[撮影:山中慎太郎(Qsyum!)]

インカ・ショニバレCBE《桜を放つ女性》(2019) 部分[撮影:山中慎太郎(Qsyum!)]

「インカ・ショニバレCBE:Flower Power」より、日本製「アフリカンプリント」130点の展示風景[撮影:山中慎太郎(Qsyum!)]


福岡市美術館リニューアルオープン記念展
これがわたしたちのコレクション+インカ・ショニバレCBE: Flower Power

会期:2019年3月21日(木)〜5月26日(日)
会場:福岡市美術館(福岡県福岡市中央区大濠公園1-6)
公式サイト:https://www.fukuoka-art-museum.jp/exhibition/renewalexhibition/

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  • 柳瀬安里《線を引く》
  • 収集活動と展覧会活動が次なる展覧会を生む──
    「インカ・ショニバレCBE:Flower Power」

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