キュレーターズノート
アッセンブリッジ ・ナゴヤ 2019/MAT, Nagoya Studio Project vol.5
吉田有里(MAT, Nagoya)
2019年10月01日号
9月7日からスタートしたアッセンブリッジ ・ナゴヤ 2019。2016年から、港まちを庭に見立てた「パノラマ庭園」のタイトルのもと「移ろう地図、侵食する風景」を副題に2年にわたるプロジェクトを展開している。
アッセンブリッジ・ナゴヤがスタートしてからの4年間、港まちの風景は変化を続けている。建物の取り壊しや、商店の閉店、空き地や空き家の増加の一方で、駐車場や高層マンションの建設などが進んでいる。このようなまちの変化を受け止め、観察を続けるとともに、このエリアを起点としたアーティストの滞在や調査、パフォーマンス、コレクティブワークなど、制作活動の総体を「プロジェクト」と定義し、この場で生まれた新たな表現を紹介している。
今回は、前編として参加アーティストの中から、青崎伸孝、碓井ゆいを紹介する(後編は次回1/15号へ続く)。
アッセンブリッジ・ナゴヤ2019
現代美術展「パノラマ庭園─移ろう地図、侵食する風景─」
碓井ゆい
碓井は、女性的な活動と認識されやすい手芸などの手仕事を軸に社会・文化へ向けた批評的な作品を制作している。これまでは文献の参照をベースに、無名の女性の歴史に焦点を当て、資本主義社会におけるジェンダー不平等などをテーマに取り扱ってきたが、今回の新作プロジェクトでは「港まちの女性と労働」を軸にさまざまな世代の女性に仕事や生活についてのインタビューを行なってきた。
調査のなかから1959年の伊勢湾台風の後、青空保育として始まったセツルメント活動や、1972年に港保育園で起きた運動「港保育園闘争」を知る。実際に当時の運動を経験した保育士や保育研究者、当時の父母たちへのインタビュー、エピソードや記録資料を収集し、抗議運動で掲げられていたスローガンやイラストを、保育士を象徴するエプロンにパッチワークや刺繍の技法で縫いつけた。
この運動は、組織体制の不備から生じた保育士不足から過労や心労で体調を崩す保育士が急増したこと、子どもの不慮の事故、港湾労働に従事していた多くの共働きの父母らが安心して働けるための長時間保育の実現、そして何よりも園内での子どもたちの環境の改善などのいくつかの要因が重なり、保育士と保護者たちが立ち上がり、市政に訴え、制度が改正されることとなった。
保育園での運動を通して、当時の「働く女性」をめぐる時代や社会の背景を回想するとともに、労働者たちがこの港湾エリアを支えてきたという地域性も色濃く現われている。碓井が資料をもとにエプロンに施したその切実な訴えが、47年後の現在にも、保育・社会をめぐる問題として深くつながっていることがわかる。
インスタレーションのパーツとなる園庭にあるフェンスをイメージした毛糸のネットは、港まちの住人を中心に活動をしている「港まち手芸部」のメンバーたちとともに当時の写真を参考に制作した。フェンスは、隔てるものでもあり、園児たちを守るものでもある。また3Fに展示している園児のスモッグが連結するインスタレーションでは、当時園児に支給された味気ないグレー色のスモッグに母親たちがアップリケをつけて装飾を工夫していたエピソードから、当時の保育士たちとともに、パッチワークを縫いつける共同制作を行なった。
青崎伸孝
青崎伸孝は、このあと紹介するMAT, Nagoyaのスタジオプロジェクトにも参加し、その約2カ月の滞在期間中に制作した11点(シリーズ含む)の作品群をアッセンブリッジ・ナゴヤ 2019では6カ所の会場で発表した。
これまで拠点であるNYで、進行形で制作しているプロジェクト《From Here to There》や《Groceries Portraits》などのシリーズを、港まちでもフィールドワークを続け、制作した。
また、このエリアにある場外舟券売場「ボートピア」に通い、そこに集う人たちを観察したなかから生まれた新作が《ボートピアの人々(ドローイング)》、《予想と計算》である。
このエリアのまちづくりや芸術活動は、このボートピアの売り上げの一部からの補助金として交付されている。迷惑施設と認識する住人も少なくないが、このまちを構成する大きな要素でもあり、ボートピアに通う人々の往来や誘導する警備員も、このまちの日常の景色のひとつである。青崎は、裏面に予想のメモやメッセージ、暗号などが書かれたレース券を拾い集め、その場所での人物スケッチとともに構成した。
メモを覗き込むと、予想の計算式だけではなく、年金についての計算やこの時間にこの場にいることを誰かに伝えるメッセージ、図など、競艇を目的にボートピアを訪れた人々の行為が記録として断片的に浮かんでくる。
また、港まちのエリアには多くの喫茶店がある。そこでの会話をドローイングのように記した作品《まちで聞かれた会話のノート 港まち》では、このまちに暮らす人々の食事、病気、噂話などの他愛ない会話が浮かび上がってくる。またこの作品は《望遠鏡で見るまちの会話 港まち》と対になっていて、まちのなかに設置されたこのドローイングを、展望室から望遠鏡を使って覗くことができる。青崎は「無名の人びとの無為の行ない」を執拗に追い、記述していくことで、まちの生態を描き出した。いつ、どこでもできることを繰り返し積み重ねることで、時間や場所、そして人の生を間接的に描写する試みには、移りゆく変化を静観し、ユーモアをはらんだ創造性が垣間見えた。
イ・ラン
現代美術展に加えて、分野横断型プログラム「サウンドブリッジ」部門では、音楽、映画、漫画、イラスト、エッセイなど多岐にわたる活動表現をする韓国のアーティスト、イ・ランとチェロのイ・ヘジとのライブ公演を行なった。
彼女の歌詞は、日本語でプロジェクションされ、現代を困難に生きる人々への強いメッセージを持っていた。演奏の合間には、現在開催中のあいちトリエンナーレに出展され、その後、展示が閉鎖となった「平和の少女像」の作品についてや、日韓の国交の情勢などにも触れ、「自分がアーティストとしてできることは、歌やテキストでメッセージを届けていくこと。韓国や日本にいるチング(友達)たちとともに自分の表現によって意見を表明し、多くの人に伝え続けていく」という発言が印象的であった。少女像が着ている白と黒のチマチョゴリ(朝鮮学校の制服)を意識したステージ衣装を身につけ、パフォーマンスを行なった彼女の真摯で嘘のない発言や、姿勢・思考は、国籍や性別などさまざまな立場を超え、広く人びとの心を揺さぶり、多くの共感を呼んでいた。また、アンコールでは南北朝鮮の分断の象徴となっている川をテーマにした「イムジン河」を日本語、韓国語と手話を用いて歌い上げた。
アッセンブリッジ・ナゴヤ 2019
会場:名古屋港~築地口エリア一帯
会期:2019年9月7日(土)~11月10日(日)※会期中の木曜、金曜、土曜、日曜、祝日開催
公式サイト:http://assembridge.nagoya/
MAT, Nagoya Studio Project vol.5
港まちポットラックビルでは、6月から8月までの2カ月間、港まちエリアでアーティストやデザイナーの制作・活動発表をサポートする「MAT, Nagoya Studio Project vol.5」を開催した。2015年からスタートしたこのプロジェクトは、これまで14組のアーティストやデザイナーが参加している。
MAT, Nagoyaのプログラムでは、かつて名古屋港エリアで空き倉庫を活用したアートスペースやギャラリー、空き店舗を転用したオルタナティブスペースなどの活動を踏まえ、その素地を受け継ぎ、このまちに創造性をもって活動する人びとを再び歓迎し、制作・実践の場をつくることで創造的なアイディアをまちに活かすことを目指している。
今回は、青崎伸孝(アーティスト/NY在住)、阿部航太(デザイナー・文化人類学研究/東京在住)、蓮沼昌宏(アーティスト・記録写真家/愛知県在住)の3名を迎えて、約2カ月の間、公開制作やオープンスタジオ、イベントなどを開催した。
それぞれ制作媒体や表現手法、活動地域は異なるが、フィールドワークや周囲の環境を読み解くような方法論で作品制作や表現を行なっている彼らの活動を紹介したい。
青崎伸孝
アッセンブリッジ・ナゴヤ 2019にも出展している青崎は、2005年からNYを拠点に活動している。まちなかで人に道を訪ね、メモ帳や紙切れに描いてもらった地図を集積して、新たな地図を作り出す《From Here to There》や、まちなかで拾った買い物リストを指示書と見立て、買い物をして、それらの商品で構成したポートレートとレシート、買い物リストをあわせた《Groceries Portraits》シリーズなどを、この港まちでも展開した。自己と他者との関係性をコミュニケーションを通じて、または拾い集めた「モノ」を通して、自身の視点だけでは気がつかない風景や消費という行為を、スマホに代わり失いつつある「紙のメモ」という媒体から変換させている。
阿部航太
阿部航太は、ロンドンの大学でデザインを学び、廣村デザイン事務所に入所、公共建築のサイン計画や、名古屋では「あいちトリエンナーレ2013」の広報物・会場デザイン、「名古屋城本丸御殿完成公開」の広報デザインなどを担当した。個人の活動としては、双子の弟で画家の阿部海太や装丁家、写真家の友人らとともに立ち上げた自主出版レーベル「Kite」の活動も行なっている。独立後、約半年間のメキシコ・ブラジルの滞在をきっかけに、現地でのフィールドワークをベースにしたグラフィティアーティストを追ったドキュメンタリー映画《グラフィテイロス》と、それと対となるコミック《都市の風景》の制作など、デザインの枠にとらわれない幅広い活動を行なっている。港まちの滞在中には、二つのプロジェクトを行なった。一つ目は、MAT, Nagoyaスタジオプロジェクトのポットキャストを立ち上げ、阿部が聞き役となって、参加アーティストや企画・運営スタッフへのインタビューを配信。
もう一つは、約110年前に築港され、埋立地であるこの港まちでは、誰もが移動してきたルーツを持っていることから、このまちに暮らす人、関わる人にインタビューをした音源とイメージドローイング、また冊子からなる《港まちサウンドトラック》と題した作品をプロジェクトとして制作、発表した。
蓮沼昌宏
2017年のドイツ・フランクフルトの滞在の後、子育てをきっかけに愛知に拠点を移した蓮沼は、物語や夢、イメージの自律性をテーマに、絵画作品を制作している。近年は映像の起源とも言われるフリップ・ブック(パラパラマンガ)の原理で絵が動く装置「キノーラ」を用いたアニメーション作品を数多く発表している。約500枚の小さな画面が円形状に配置され、中央に取り付けられたハンドルを回すと、絵が動きだす。蓮沼が、滞在した瀬戸内や陸前高田の景色が猫や船が主人公となり動き出す作品は、1枚の絵画では表現しきれない「時間」が再生されている。会期中には、都市を舞台にしたインスタレーションやツアー・パフォーマンスなど行なう演劇ユニット・PortBの主宰の高山明氏をゲストに迎えてトークイベントを行ない、PortB作品に併走してきた記録写真家としての蓮沼の一面も伺うことができた。
絵画を描く作家の視点を生かし、時間を切り取るように「出来事」とその合間を一枚の写真に収めていく。また記録写真家としての活動が自身の制作活動にもフィードバックし、相互に影響関係を与えているということを考察する機会となった。
「ボタンギャラリー 」と「UCO」のその後
最後に、スタジオプロジェクトの開催とほぼ同時に、2018年末に惜しまれつつも取り壊しとなった「ボタンギャラリー 」と「UCO」のその後についても紹介しておきたい。
ボタンギャラリー は、商店街や市役所の協力のもと旧築地公設市場内の一角にギャラリーとして移転した。スペースの制作と企画には、引き続き名古屋を拠点とするアーティストの渡辺英司が監修として関わり、ボタンギャラリーの取り壊しの際に保管しておいた床材などを再利用している。スーパーの一角にできたギャラリーであることから「スーパーギャラリー」として、新たにスペースを開いた。
また、L PACK.や建築家の米澤隆を中心に「まちの社交場」として活用されてきた「UCO」は、旧編み物教室である向かいの空き家にすべての建具や機能を移築し、再スタートした。昨年度のアッセンブリッジ・ナゴヤでL PACK.が発表した《8枚切りのアーカイブ》のように、すべての部材は、プラモデルのように保管され、新たな場所で組み立てられることで、また息を吹き返した。新しい(NEW)なUCO「NUCO」として、有志で集まったメンバーたちが、運営を続けている。
MAT, Nagoya Studio Project vol.5
会場:Minatomachi POTLUCK BUILDING 3F: Exhibition Space ほか
会期:2019年6月22日(土)〜8月24日(土)
公式サイト:http://www.mat-nagoya.jp/exhibition/4732.html