キュレーターズノート
芸術の自律性をいかに回復させるか──あいちトリエンナーレ2019から私たちが引き継ぐべき課題
住友文彦(アーツ前橋)
2019年10月01日号
対象美術館
この連載は「キュレーターズノート」という名称で、展覧会レビューと自館事業の紹介を繰り返し行なっている。その定期的な報告が難しいと感じたのは東日本大震災のとき以来かもしれない。この8月から9月にかけて、なるべく普段通りの日常を過ごそうとする自分がいたのも確かだが、結局のところ、多くの時間が「あいちトリエンナーレ2019」をめぐって怒り、考えたことや知らなかったことをほかの人と共有し、いくつかの活動に参加することに費やされた。したがって、今回はいつもの連載とは異なり、「表現の不自由展・その後」展の中止とそれによって引き起こされた出来事をめぐって考えたことを書く。
戦争を生み出した人間の罪──《旅館アポリア》の複層性
ただ、もちろん今回のあいちトリエンナーレにも多くの優れた作品が展示され、それを十分に楽しんだ時間があったことも間違いない。それらについて書く機会はまたいずれあるだろうが、同じ記事のなかにもそのことを記しておくため、取り急ぎひとつだけ触れておこう。私にとって今回の白眉は、ホー・ツーニェンの《旅館アポリア》だった。豊田市の喜楽亭という豪奢な元料理旅館の建物を使って展示され、この地域の産業と戦争の歴史に取材した作品と見事に合致していた。建物の歴史を知ることでこうした作品のアイディアを思いついても、歴史的な木造建築の複数の部屋を使って映像投影を行なうには技術的に解決することがおそらく多く断念しかねない。しかし、本作はスクリーンの設置や音響についても丁寧につくりこまれていた。特に暗く狭い部屋のなかで長尺の映像を見る不快さを逆手に取るかのように、あちこちの引き戸や壁を低周波の効果音で震えさせ、鑑賞者を不穏な雰囲気のなかに包み込む。この演出は多くの人の記憶に刻まれたはずだ。さらに、この作品が優れていたのは戦争を生み出した人間の罪という誰もが考えざるを得ない大きな問題を、ひとつのナラティブのなかに押しとどめることなく重層的な経路によって考えることができる点である。ツーニェンは、小津安二郎の映画、横山隆一のアニメーション、そして自分の作品制作に関わった人たちとのやり取りを巧みに引用する。そして、国家、家族、技術、学問などが抱える問題を主旋律としてそれらが絡み合いながら人々を全体主義へと駆り立てていく不気味さを描き出す。引用される映像のよく知られた登場人物の顔は白く塗りつぶされ、過去に重ねられてきた引用元となる作品の解釈をいったん固有の文脈から引き剥がす。そうすることで、複数の異なる映像はこの作品のなかで独自の響き合いを見せる。しかも途中で波や風の音と映像、そして扇風機が身体へ直接感覚への働きかけをするため、前述した低周波音の効果と合わさり、まるで渦の中へ巻き込まれていくような経験を生み出していたように感じる。はたして彼は戦時中の人々もそうであったであろうという意図を持っていたのだろうか。これまでの彼の作品では、この感覚的な効果がスペクタクルすぎるように感じることもあったが、今回は部屋から部屋へと移動しながら鑑賞したためだろうか、没入感が薄くなり、鑑賞者の思考を大いに刺激する作品になっていたように思える。
来場したときの経験を振り返る
さて、まず今回私自身が経験したことから順番に記したい。あいちトリエンナーレは当初9月以降に見に行く予定だったが、展示ボイコットが増えると聞き、急遽8月16日と17日に訪れた。展覧会会場の内外で知り合いの関係者から話を聞き、想像以上の運営側の混乱、それと一般市民のヘイトスピーチと言える攻撃の実態にかなりショックを受けた。これは、差別的な攻撃を加えるヘイトスピーチなどの報道を見ていても、実際に私が攻撃を受ける側への想像を強く働かせた経験がこれまで欠如していた証拠でもあるだろう。小泉明郎の《帝国は今日も歌う》を見たときにも同じような衝撃を受けた。加えてイム・ミヌクやパク・チャンキョンのように過去に仕事をしたことがある韓国人アーティストの作品がすでに引き上げられていたことにも深刻な憂慮を覚えた。韓国人アーティストたちの展示ボイコットについて、それは攻撃側を喜ばせるだけだとはじめ私は反射的に考えていた。しかし、それは間違っていた。「平和の少女像」が日本で行なわれた展覧会で展示中止に追い込まれることは、歴史のなかだけでなく、現代にもう一度忘却を強いることであり、「そこで自分だけが作品を展示することはできない」という韓国人アーティストたちの強い痛みにもっと早く気づくことができればよかったと思った。
あいちトリエンナーレは、2013年に私もキュレーターとして仕事をした。そのときにテーマとして東日本大震災をわずか2年後に扱うことの是非や可能性をかなり議論した。異なる見方がすれ違うまま、やはり非難と賛同が混在する作品もあった。そのときの元同僚は何か感じていることがあるはずではないかと連絡を取り、できることはないか行動しようと呼びかけ、運営側とは異なるオーディエンス側に立つミーティングの実施を呼びかけた。
同時に、円頓寺という街なかのスペースで参加アーティストの一部が独自の活動を始めることを知った。このままネットやメディアだけで意見が交わされるのではなく、自分たちの手で芸術運動を確保する場をつくるという考えを聞き、その計画に強く共感した。中止に至った「表現の不自由展・その後」展には、白川昌生、小泉明郎らが参加し、その運動にも高山明などこれまで何度も一緒に仕事をしてきたアーティストが加わることもあり、再度名古屋に出向き8月25日の関係者ミーティングに出席し、「ReFreedom Aichi」のウェブサイトづくりを東京藝術大学の学生と行なうことにした。
いま思い返すと、ちょうど8月の中旬頃から、あいちトリエンナーレをめぐる周囲の人々とのメールや電話のやりとりが一気に増加したのを覚えている。私は過去にキュレーターとしての関わりや、参加アーティストとの関わりがあったが、かなり多くの美術関係者がもっと事態を把握したいがどうしていいかわからない、と感じていたのではないか。一連の出来事を振り返ると、先に報道や関係者からの話だけを聞いたときは私も多くの戸惑いや逡巡を抱えていた。つまり多くの人たちと同様に、ネット、テレビ、新聞、知人から得た、膨大な数の、しかも異なる見解に晒された。そして、実際に展覧会に足を運び、アーティストたちが選択した行動を通じ考える機会を得たことで、ひとつの動き出す道を見つけた。こういうときこそ調和的な枠組みに自分の感覚を沿わせない方がいい。展示ボイコットも、それぞれ感じたことを交換するのも、路上に出るのも、自分の感覚を解放する実践だ。
あいちトリエンナーレ2013のときに図録には、私たちが現実の社会と向き合うためのひとつの手段としてアートがあるのだから、アーティストから学ぶ方法は有用なはずである、と書いた。私たちは何を見て、何を見ないか、何を聴いて、聴かないか。たとえ個人の感性であっても、それは教育や文化、そして政治や法などに大きく影響を受け形成されている。だから、それまでの自分が受け止めきれない何かと出会って戸惑い立ち止まったところから、自分の感じたことを形にしてみるとき、普段からそれを実践している表現者たちが必要になる。今回もそれは同じだった。
さらに私が今回得たもっとも大きなことは、どのように芸術の自律性を回復させるかという努力だった。それをめぐって三つの互いに関わり合う問題と、今後に向けて考えていることを以下に記しておきたい。
美術展における検閲
ひとつ目は当然ながら検閲をめぐる問題である。今回「表現の不自由展・その後」が展示中止になった理由には、直接来場した人も含め多数のインターネットや電話を通じた同展への膨大な数(9月17日開催の第2回「あいちトリエンナーレのあり方検証委員会」では10,379件と報告されている)の抗議があり、それによって運営現場が機能不全になったことが挙げられている。展覧会の主催者がそれに屈するかたちで展示中止を決めたことになるが、独裁政権や検閲制度による介入とは異なり、圧力をかける主体が明確に可視化されないという特徴が指摘されている。理由は歴史認識だけでなく、例えば宗教上のタブー、性差別、動物愛護などさまざまな抗議が主催者に寄せられ展示が中止になるという出来事は世界中で数多く起きている。私たちは「自由な社会」という前提を信じることで、報道や文化の現場が問題意識を向けてこなかった自己検閲の仕組みと、それから「表現の自由」が誰かを傷つけ被害を及ぼす可能性について、しっかり検証し防止策を講じる必要がある。インターネットが匿名性の高い誹謗中傷を加速させ、ヘイトスピーチやフェイクニュースの温床となっている問題は大きい。異なる意見に耳を傾けるのではなく、同じ意見を持つ者同士が集まり、異なる意見を持つ者へ憎悪の感情をぶつける分断を進めている。それはポピュリズム的な政治と共犯関係を結び、責任を担わないまま「民意」の仮面を被って権力を振るうという問題にも関係しているのではないだろうか。
さらに、欧米においてこうした事件が起きているのに比べても、日本の同調性が強い社会は明らかに個人や専門家の自律性が侵される懸念が多い。それでも、過去に同様の出来事が起きたとき、教育や文化関係者は「表現の自由」について積極的に語ってきたとは言えない。「表現の不自由」展に関連した美術作品以外にも、日本の美術展における検閲の問題は近年話題に上る頻度が高くなっている。それは、補助金や助成金といった支援のかたちを取りながら、明らかに特定の表現を排除するものを含めれば、かなり広く行なわれていると言える。それは芸術のみならず、学問などほかの分野でも同じではないだろうか。
アメリカでは1995年にスミソニアン航空宇宙博物館で原爆展が中止になっているが、その詳細な経緯は『拒絶された原爆展──歴史のなかの「エノラ・ゲイ」』(マーティン・ハーウィット著、みすず書房、1997)に書籍として公開されている。かなり複雑な交渉過程が記されているにもかかわらず、驚くことに原著は展覧会中止の翌年に出版されている。私は、表現の自由についても、芸術の自律についても、それらが社会のなかできちんと確保されるには、こうした交渉プロセスを多くの人が知る必要がある。これらの問題では美術館や芸術の政治からの自律性が議論になるが、スミソニアン博物館の一件から得られることは、公立博物館が完全に独立していると考えるのはおそらく理想主義であり、むしろ絶え間ない交渉によって自由を獲得しなければならないということだ。
知る権利と報道の自由
二つ目に触れたいのは日本における報道の自由、あるいは知る権利をめぐるものである。今回の件と関係する出来事とすれば、NHKが2001年に放送したETV特集「戦争をどう裁くか」の第2夜「問われる戦時性暴力」で扱われた日本軍性奴隷制を裁く女性国際戦犯法廷に対して、放映前に保守政治家による抗議があり、番組改変のために介入した疑惑だ。ちなみに、今回の「表現の不自由展・その後」展実行委員会の永田浩三氏はそのときのプロデューサーだった。その後もNHKに対する会長人事などで政権寄りの介入をしてきたことをはじめ、メディア統制に政権が関与しているという批判は繰り返されている。国際NGO団体「国境なき記者団」による報道の自由度ランキングによれば、日本は67位で、主要7カ国(G7)のなかで最下位である。ちなみに2010年の民主党政権下では11位に上がっていたことを考えると、国際的にかなり問題視されてもおかしくない。
それにおそらく関係するのは1990年代後半から活発になっている国内の歴史修正主義の動向である。戦後50年を迎えた1995年はさまざまな歴史的な振り返りがあったが、その翌年には「新しい歴史教科書をつくる会」が結成されている。この会は歴史認識をめぐる議論について「自虐史観」を是正するという主張によって保守政治家に強く支持されている。その背景には、こうした戦争の加害者としての歴史を振り返ることにひと区切りつけたい感情が、長引く不況によって保守化する社会において支持を得てきたこととも関係するだろう。また、こうした傾向において根強いと感じるのは権威主義である。それは天皇崇拝や女性蔑視とも無関係ではないと考えられる。すでに権力や強い立場にいる者が、既得権益を手放したくないと考え、歴史や現実を直視しない問題はかなり根深い。歴史学者をはじめとする各種専門家が、明確に事実を伝えようとしても、現代の情報メディアのなかで一般市民がそれらの証拠に到達することが困難な点がこれに拍車をかけている。つまり、この問題においては、芸術だけでない専門家との連携が重要になる。専門的な知識や歴史的事実にアクセスする、つまり知る権利の確保がこれだけ大きな課題になっていることを踏まえ、美術館やアーティストは作品の展示を行なう必要がある。表現として扱われている社会問題などを正確に把握することや、芸術へのアクセスが限定されている人たちへの丁寧な働きかけが今後ますます求められる。
文化の享受=市民の基本的な権利
三つ目は、美術展や美術館の運営体制である。こうした社会情勢のなかで表現の自由や多様性を確保するために、安全に鑑賞できる、知る権利をミュージアムはどうすれば保障できるのだろうか。このことは、日本社会における美術館や国際展の位置づけを丁寧に考える必要があるのではないだろうか。そもそも西欧近代社会に端を発した美術や美術館が、特権的な階層と結びついているという認識はおそらく現代においても根深いとあらためて感じている。近代以降の美術の歴史はその権力性を繰り返し批判し、そして新しい美術表現を生み出してきたわけだが、その成果はどれだけ私たちが住む日本の社会のなかで共有されているだろうか。
今回は展示中止をめぐる議論において、安全確保のための努力が足りなかったという批判が圧倒的に多い。特に美術館は受益者負担という行政側の考えが色濃くあり、美術展は関心ある人が行けばよい、という位置づけになっていると思われる。つまり文化の享受は、市民の基本的な権利であるという認識は共有されていない。それには、社会における美術館の役割を広く市民に働きかける普及活動などを長年怠ってきた美術館側の問題も認めなくてはならないだろう。そのため、実際に人の配置や予算について脆弱な美術館が多く存在し、そうした貧しいガバナンス体制ゆえに、電凸や政治による介入が許されているともいえる。だからといって、このような事件は国内でもっとも潤沢に予算を持っているあいちトリエンナーレであれば、本当はもっとうまくできたのではないかと私は思わない。それは前述したように、まず個人の多様性を認め合う文化の享受が市民の基本的な権利であるという認識が社会に共有されていない限り、専門家の育成や予算確保だけでは解決しない問題だからだ。例えば、対応方法のひとつとして話題になっているアーツカウンシルの設置については、そこで重要な指針が示されたとしても、多様性を認める教育や文化の醸成、および予算や人員の不足について解決されなければかえって現場は板挟みとなり、政治家が体裁よく責任転嫁できる組織が増えるだけだ。
キュレーションと美術の自律性
またアーツカウンシルと同じような役割として、今回は迅速に「あいちトリエンナーレのあり方検証委員会」が設置された。大村知事は「あいち宣言」を出す予定も発表している。もちろん理念として賛同するが、それが実質的な役割を果たす長い道のりは政治家のパフォーマンスの域を大きく超えるはずだ。かなり複雑で困難な課題と向き合うこの委員会は、おそらく大きな役割を果たすであろうが、短期で結論を出すことを求められているにすぎない。先述のマーティン・ハーウィットのような検証までは期待できない。
ちなみに、具体的な検討点として同委員会がすでに示している内容で私には気になる点がある。それは展示方法の不備についての指摘だ。はじめに記したように私は「表現の不自由展・その後」は見ていない。展示説明文や作品の選択、あるいは配置方法について、いろいろな問題点を指摘する意見が出ている。しかし、展示方法や作品の優劣を問題視する必要はまったくないと私は考えている。たしかにキュレーションとは作品の選択や鑑賞体験をつくり上げるものだが万能ではなく、むしろその限界こそひとつの可能性をつくり出すような実践だからだ。キュレーターという職業の専門性として、積み上げられてきた経験や知識によって解決できる問題があると私も確かに考えるが、この展示は何よりもこれまでの美術展を批判的に検証するという可能性を持っていた。その作品選択や配置方法を否定するときの価値観は、この展示が批判するこれまでの美術展を前提にしているにすぎないはずだ。今回の検証作業でも指摘されているように、津田芸術監督がほかのキュレーターと協働体制がつくれなかった理由には、契約などをめぐる同展実行委員会側との間の見解の齟齬と同時に、同展のコンセプトが従来の美術展をつくってきた「専門家」にとって躊躇するものだったのは確かだ。私は協働が絶対に不可能だったとは思わないが、検討資料で明らかにされたスケジュールではそのための十分な時間がかけられていないように思える。
それから、美術館の自律性をめぐり美術関係者が向き合わないといけないのは、公立の美術館が税金で担われている以上は、政治家や行政の考えが反映されるのは仕方ないという同調性だ。実際に美術館も行政の一機関であるという考えは、特に館長が役所の天下り先になっているなど、トップが専門家でない美術館の多さにも表われている。つまりこうした役所の一機関にすぎないという見方が多数を占めていることはよく知られているにもかかわらず、真剣に解決に向けて議論されてこなかったのではないだろうか。さらに行政との関係にとどまらず、資本主義による浸食も深刻だと言わざるをえない。大きく宣伝メディアを利用できるマスコミが主催側に入り利益を得ることができる展覧会を公立美術館で実施することをめぐって、美術館が自律性を失ってきている点も広く知られているにもかかわらず、美術館関係者が積極的に議論していない問題だ。前述した報道の自由の観点からも、自社事業を優先するマスコミから芸術批評の機会が奪われていると言わざるをえない。私はこの仕事を始めてから、ずっとこの二つの問題に慣れきってしまった美術館関係者の言葉を聞き続けている。
したがって、こうした問題を先送りにしながらこの国で「国際展」を実施してきた弊害が、今回露呈したといえる。それは愛知県だけが抱える問題ではもちろんない。愛知県立美術館の館長は天下りではない、あるいはあいちトリエンナーレへのマスコミの影響が少ないとしても、表面の内側をしっかり見れば美術館や美術展を資金や人的に支えるガバナンス体制においてこうした問題点を指摘できる。国レベルでもまったく同じような構造は存在する。
つまり国外の作家を招聘して、海外広報も行なっていれば「国際展」ができるのではない。根本的な問題として、二つ目に挙げた歴史認識について美術や文化政策の関係者が真剣に取り組み、異なる民族や国の間でお互いに信頼できる関係性をつくることが国際化において重要なことである。もしそれが実現していれば、この国で私たちは「平和の少女」像を見ることができるはずだ。美術展と美術館には異なる意見や感じ方の多様性に触れる大事な役割があるから、それを守るのに必要な予算と人員を持つべきであると、日本の市民社会と美術の専門家の双方が働きかけないとこの問題は解決しないのだ。
分断に眼を向けていくこと
最後になるが、「ReFreedom Aichi」についても触れておきたい。アーティストたちによるこの活動はあいちトリエンナーレ2019だけでなく、これまで積み重ねられてきた政治圧力に対して、表現の自由、学問の自由、知る権利を主張する重要なものになると考えている。それは、今回の出来事がこれまで以上に報道などで一般に知られていること、それと現政権下で今後も政治介入が増加することが予想されるからである。
実際に自己検閲は欧米も含めて世界各地で起きており、表現の自由はそれぞれの社会や文化を前提に努力して獲得しなければならないと考えるべきだ。その際に芸術自体が特権的な階級のもの、とすでに見なしている人も決して少なくない。トランプ流のポピュリズムによって、そうした社会的な分断は加速している。だから、芸術関係者は「表現の自由」を特権のように扱うのではなく、その分断にしっかり眼を向けていく必要がある。
ReFreedom Aichiは、アーティスト主導だがいろいろな立場の人を巻き込む意図を持っていて、それは注目するべき特徴だ。私はできるだけ異なる専門家が活動に参加し、さらに芸術を安全に享受したいと考える多くの市民を巻き込むような運動になることを期待している。そうすることで、歴史的事実やエビデンスを重視し、基本的な主張や間違いの指摘による論争に必要な人材にも参加してほしい。
また、大村知事の態度には期待することも多いが、「あいち宣言」などの政治パフォーマンスがトップダウンではなく、ボトムアップ型のメッセージとして社会に発信されることはとても大事だと思う。そのためにもReFreedom Aichiの活動が重要になってくるだろう。
さらに、これまで指摘してきた各問題は、同質性の高い日本社会に特有のものという指摘もできる。個人主義の強い欧米では、アーティストや主催者の宣言や態度表明が大きな意味を持つ場合も多いが、情報伝達や社会問題が複雑化し、個人の能力やカリスマ性で解決できないことが増加し、近年はコレクティヴなアクションが持つ可能性も重要になっている。例えば性差別や人種差別に抗議してきたゲリラガール、HIV陽性者の権利拡大を働きかけるACT UPなどがすでに十分成果を挙げている。ReFreedom Aichiも草の根レベルで専門家からアマチュアまでいろいろな人を巻き込むやりかたに新しい可能性を感じる。彼らは、地域の人々や美術愛好家にも働きかけるため、政治家にも無視できないものになるのではないか。あるいは、電話応対をするコールセンターを高山明が考案するプランも、アーティストの創造性を社会の問題解決のために実践する試みとして非常に興味深い。
私は日本の戦後美術は戦争への反省によって特徴づけられる面が大きいと考えている。なぜ人間は悲惨な戦争という行為に手を付けたのだろうか、という批判的な問いかけを根底に持ち、豊かな絵画、彫刻、映像、パフォーマンスなどを生み出してきた。それがいま、世代を超えて受け継がれているのか、と問われている気がしている。ReFreedom Aichiの運動を実践しているアーティストにはその批判性が流れ込んでいると信じられることが、私が彼・彼女らを支援する理由である。これを書いている現在は、今後のことを予想しきれていない。来年あるいは10年後に後悔しないために、美術の仕事に関わる人はもとより、芸術を愛好する人、学問の自由を求める人、市民の知る権利を守る人が、これを対岸の火事として傍観することなく立場を超えて支援することを期待している。
関連リンク
ReFreedom Aichi
https://www.refreedomaichi.net/
クラウドファンディング「ReFreedom_Aichi──あいトリ2019を『表現の自由』のシンボルへ」
https://camp-fire.jp/projects/view/195875
あいちトリエンナーレ2019 情の時代
会場:愛知芸術文化センター、名古屋市美術館、名古屋市内のまちなか(四間道・円頓寺)、豊田市(豊田市美術館及び豊田市駅周辺)ほか
会期:2019年8月1日(木)~10月14日(月・祝)
公式サイト:https://aichitriennale.jp/