2019年12月01日号
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キュレーターズノート

アーティストたちの客観性──高松コンテンポラリーアート・アニュアル vol.08/社会を解剖する

橘美貴(高松市美術館)

2019年10月15日号

高松コンテンポラリーアート・アニュアルは2009年にvol.00からスタートし、今回が9回目となる。今年は「社会を解剖する」をテーマに、碓井ゆい、盛圭太、照沼敦朗、加藤翼、村上慧がそれぞれ1部屋ずつ展示を行なった。本稿では、これら5名のアーティストたちの作品・展示と社会との関わりを追いながら展覧会をレポートする。

揺らぎうる歴史

まず1部屋目の碓井ゆいは《空(から)の名前》と《gastronomy map》を出品。

《空(から)の名前》は100以上の古い小さな瓶を並べた、涼しげな印象の作品である。それぞれの瓶には旧日本軍のもとで慰安婦たちが慰安所で付けられたという源氏名のラベルが貼られている。慰安婦については1990年代頃より社会問題として注目を集めているが、碓井自身はなかなか身近な問題として感じることができなかったという。しかし、フランスの小説「戦闘」に登場するヒロインのミツコ、彼女をモチーフにした香水「ミツコ」、そして偶然にも碓井の祖母が「光子(みつこ)」という名前であったことで、ふいにそれらがつながり、自身と無関係ではないものと考えはじめたそうだ。ラベルに印刷されている源氏名は元兵士による手記などに慰安婦として出てくる人々の名前が用いられているが、なかには「No.27」といった番号もある。慰安婦と呼ばれる人たちの名前を通して、女性差別や人権問題に焦点を当て、私たちに提起する作品である。

碓井ゆい《空(から)の名前》2013[撮影:木奥恵三]

また、《gastronomy map》は47都道府県の郷土料理をアップリケにして並べた作品である。近年、碓井が多く発表している手芸による作品で、その人柄を感じさせるような、柔らかで暖かい雰囲気をもち、見る者を落ち着いた気分にさせてくれる。しかし、そこには《空(から)の名前》同様、歴史的な背景がある。中央部分に展示されているソ連、アメリカ、中華民国、イギリスの国旗が立つ日本地図は、終戦直前にアメリカの参謀官が残した日本の分割統治計画を表わしている。地図では、それぞれの国の米料理が日本列島の形を成している。いま、私たちが当たり前に考えている「日本」という括り、また郷土の料理や言葉や文化も、もしもこの計画が実行されていたらいまとは異なったものになっていたかもしれないというメッセージが込められている。2017年にVOCA賞を受賞した同作家の《our crazy red dots》が「日本」のシンボルともいえる日の丸をテーマとしていたのに対し、本作はその根底にある「日本」という概念が揺らぎうるものであることを提示している。

碓井ゆい《gastronomy map》2018[撮影:木奥恵三]

 

制度が内包するエラー

2部屋目の盛圭太は今回、代表作《Bug report》を公開制作した。幅8.5メートル、高さ2.4メートル、ゆるくカーブを描いた真っ白な壁に盛は一本、また一本と糸を貼り付けていく。展覧会オープンまでの3日間とオープン後2日間で完成させた。隣の壁には襟元の糸がほどけたシャツがあり、その糸が本作へ伸びているという仕組みだ。その光景は、この不可思議なドローイングを構成する糸が、いかに私たちに身近なものであるかを再認識させる。《Bug report》は至るところで糸がほつれ、線が途切れ、ぶつかり、重なっている。これらの予期しない糸の様相を盛は社会のBugとしてとらえている。社会には明文化された法律から内輪だけで通じる暗黙のルールまで、大小さまざまな制度があるが、完璧な制度などはなく、どこかに矛盾やグレーゾーンを内包している。盛はそれらを社会のエラーとして考え、糸によるこのドローイングで社会の様相を表現しているのだ。

盛圭太《Bug report》2019[撮影:木奥恵三]

また、Bugのほかにも、社会や生命に通じるようなシステムや理論が反映されている。たとえば、対称性や二重性がそれだ。また、最近盛が関心を持っているという五線譜も本作には組み込まれている。さらに、公開制作の一番最後で加えられた画面の右端から左端に付けられた白い糸は大きな弧を描いてゆるく垂れ下がっている。背景の無数の糸の多くがピンと張られて人工的な印象を与えるのとは対照的に、重力という大きな力を対比させているかのようだ。盛はこのほかにも初期作品の《眠たい名前》や《strings》などを展示している。

社会を見ること/見ないこと

3部屋目は照沼敦朗の世界で満たされている。部屋の中心には《ミエテルカー》という車が置かれ、その近くにはそれぞれ幅約7メートルの《ミエテルノゾム君とユウモクセイ》と《ミエナイノゾミちゃんとユウモクセイ》が展示されている。

照沼敦朗 左:《ミエナイノゾミちゃんとユウモクセイ》2018、右:《ミエテルノゾム君とユウモクセイ》2019、前:《ミエテルカー》2011[撮影:木奥恵三]

生まれつき弱視の照沼が自身の分身として生み出した「ミエテルノゾム君」は、見たいという願望が強く、片目に単眼鏡を三つも付けている。彼とは真反対の存在として近年生まれた「ミエナイノゾミちゃん」は、目が良いからこそ、社会の裏側など見たくないものまで見えてしまい、それを嫌って目を閉じているというキャラクターだ。

照沼敦朗《ミエテルノゾム君とユウモクセイ》2019[撮影:木奥恵三]

本作は彼らがそれぞれに世界を動き回る様子が鏡合わせの構図で表現されている。照沼は初期の作品から一貫して「見る」ことをテーマにして制作しており、「ミエテルカー」も、視力が弱いために運転免許が取れないものの、幼い頃から車が大好きだったという願望を、分身であるノゾム君で叶えるために生み出された車である。その「見る」ことへの関心はいまも続いており、本作でも「眼遊館」などの言葉が登場する。そもそも、タイトルにある「ユウモクセイ」は「誘目性」のことで、これも「見る」ことへの関心が反映されたものだ。一方で、作品のなかには、社会を皮肉ったような風刺の言葉も登場する。例えば「イメージ宅配便」や「ノークレーム・ノーリターン学校」などである。照沼自身は初日のアーティスト・トークのなかで「社会」をテーマにしている本展覧会から声がかかったことに違和感を持ったことを明かしたが、これらの言葉に注目して見ると、彼もまた社会を冷静に観察している作家であると言えるだろう。

侵食される文化

4部屋目でインスタレーションを展開しているのは加藤翼である。展示室では、大きな構築物が傾けられ、そこに取り付けられたスクリーンと周囲の壁に映像が映し出される。

映像作品《Tepee rocket》《Boarding school》《Brack snake》はすべてネイティブアメリカンの居留地で行なわれたプロジェクトだ。「ティピー」はネイティブアメリカンが使っていたテント型の移動式住居のことで、三つの映像作品では唯一彼ら自身の文化にもともとあったものと言える。「ボーディングスクール」は寄宿舎学校のことだが、ネイティブアメリカンにとっては強制的に白人中心の文化や言語を学ばされる、マイナスな印象をもつもの。また、「ブラックスネイク」とは石油パイプラインのこと指し、パイプラインが通るということは彼らの生活区域が侵されることを意味している。ここで提示される社会問題が現地の人々にとって生活に直結する重大な問題である。しかし、その事情を理解したところで、本展の来場者がそれがどれほど大きな問題かを実感することは困難かもしれない。それでも、これらの映像作品が映し出す人々の協力する姿や、力を合わせようとするかけ声、また成功した時の歓声は、それがどこの国の風景かなどということを忘れさせ、見る者の心に訴えかける威力を持っている。

さらに加藤は社会問題を人間中心の視座に留めることなく、別室で映像作品《Underground orchestra》を展示。石油パイプラインの作業のためのブルドーザーや、作業に抗議する人々がテントを張ったことによって住む場所を追われたプレリードッグたちに焦点を当てることで、自然環境への侵食をも映し出す。

加藤翼《Tepee Rocket》2013[撮影:木奥恵三]

広告と生活

最後の5部屋目は村上慧の展示空間だ。村上といえば発泡スチロール製の家を背負いながら各地を歩く「移住を生活する」プロジェクトで知られるが、今回は「広告看板の家」というプロジェクトを行なった。

村上慧《広告看板の家》2019[撮影:木奥恵三]

展覧会オープン前、村上は美術館の玄関前に、大きな広告看板を設置し、その中で1週間生活をした。この看板は建築基準法などの都合から屋根がなく、雨が降った場合は中が濡れないように美術館の建物の下に移動させ、内部の使用を中止しなければならなかった(そのため、実際にプロジェクト期間中に村上がこの看板で夜を過ごしたのは5日間だった)。このプロジェクトの動機としては、村上がスウェーデンのオレブロ滞在中に現地の住民が家の外観を町の一部として重視していると感じたことや、広告収入という非物質的なお金の動きへの違和感などがあったという。そこで、本プロジェクトで広告(収入)の内部で生活(消費)することで、それらを一体化することを試みた。村上は高松市が支払った展示参加への謝礼などを広告収入に読み替え、このプロジェクトのためにかかった費用(広告看板の材料費や旅費など)と1週間の生活費を支出として、収支を計算しながら過ごした。この1週間で村上は「広告」や「生活」について考え、そこで生じた違和感や疑問を展示というかたちで私たちに提起する。そこから明確な答えを導くのは難しい。このプロジェクトは今回初めて実現したもので、今後もさまざまな場所で展開するとのことで、そのたびごとに村上は新しい何かを発見していくことだろう。今回がその大きな一歩になることを願う。

村上慧《広告看板の家》2019[撮影:木奥恵三]




現代では多くのアーティストが社会に向き合いながら制作を行なっている。今回のテーマに「解剖する」という言葉を入れたのは、アプローチ方法はさまざまであるが、そのなかでも、ここには社会と一定の距離を保ちながら、客観的な視線で観察し、制作された作品が目の前にあるということを来場者に意識してもらいたかったからである。作品は確かに各アーティストが制作したものであるが、それは彼らが「解剖」したものであり、そこで提示されたものをどう感じ、考えるかは来場者自身の手にいま一度委ねたい。


高松コンテンポラリーアート・アニュアル vol.08/社会を解剖する〔瀬戸内国際芸術祭2019県内連携事業〕

会場:高松市美術館(香川県高松市紺屋町10-4)
会期:2019年9月28日(土)~11月4日(月)
公式サイト:https://www.city.takamatsu.kagawa.jp/museum/takamatsu/event/exhibitions/exhibitions_2019/exhibitions_2019/ex_201909.html

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