キュレーターズノート

金沢から十和田へ

鷲田めるろ(キュレーター)

2020年03月01日号

4月1日より、小池一子の後任として、十和田市現代美術館の館長を務めることになった。
私が初めて十和田市現代美術館を訪れたのは2008年5月、開館直後の頃である。2004年に開館した金沢21世紀美術館のコンセプトを、よりラディカルに推し進めた実験的な美術館として注目していた。



十和田市現代美術館外観[撮影:Alex Queen | Michael Warren 提供:十和田市現代美術館]



金沢21世紀美術館と十和田市現代美術館


金沢21世紀美術館の開館にあたって私は、レアンドロ・エルリッヒの《スイミング・プール》やジェームズ・タレルの《ブルー・プラネット・スカイ》など、建物と一体化した建築的なスケールのコミッションワークを担当していた。十和田市現代美術館は、そのコミッションワークの部分を大きく拡張した美術館と言うことができる。金沢21世紀美術館を含め、通常の美術館には収蔵庫があるが、十和田市現代美術館にはない。コレクションは常設で、展示空間と一体化して作られているため、作品の入れ替えや貸し出しがない。作品を見るためには、はるばる十和田まで足を運ぶしかない。

サイズやプロポーションの異なる展示室が分散している点で二つの美術館は共通しているが、金沢21世紀美術館には、全体を統合する円形の平屋の屋根がある。一方、十和田市現代美術館は、そのような役割を持つ屋根がなく、細い廊下で展示室のあいだがつながれている。そのぶん、展示室がより直接的に、まちに晒されている。

さらに、十和田市現代美術館の展示室は、壁に大きな窓があり、道路からも展示室の中が見える。金沢21世紀美術館でも、大きな窓を展示室に造作するアイディアがあった。だが、展示壁が少なくなることや室内の光環境の理由から実現できず、一部の展示室に小さな窓を設けるという縮小したかたちで残った。金沢21世紀美術館で実現しきれなかった実験が、十和田で展開されているように感じられた。



十和田市現代美術館外観(展示室内にスゥ・ドーホー《コーズ・アンド・エフェクト》が見える)[提供:十和田市現代美術館]


両館の開館当時、ホワイト・キューブでない場所での展示の可能性が広がっていた。例えば、1995年にはワタリウム美術館が主催して東京の青山の都市空間を会場とした「水の波紋」展が、ヤン・フートのキュレーションで行なわれた。2000年代に入ると「大地の芸術祭」など過疎地での芸術祭が始まり、廃校や民家などが会場として使われることも普通になった。

金沢21世紀美術館ではホワイト・キューブの展示室を用意したが、廊下や無料ゾーン、外の広場やまちなかも、美術の場として想定していた。美術館のトイレにはピピロッティ・リストの作品を設置し、まちなかを会場とする展覧会「金沢アートプラットホーム2008」も企画した。

十和田市現代美術館は、設計当初から企画展示室の面積を小さくし、まちが美術館であるという姿勢を、金沢21世紀美術館よりも明確に示していた。開館2年後には、道路を挟んで美術館の反対側に、草間彌生の作品などを展示する屋外展示場「アート広場」が完成し、通り全体を美術館に見立てるArts Towada計画がグランドオープンした。チェ・ジョンファやマイケル・リンなどの個展では、美術館内の展示室とともに市内の店舗でも積極的に展示が行なわれた。



松本茶舗外観[撮影:著者]



美術館とまちとの関係性


今日、中央商店街の松本茶舗を訪ねると、店内にはお茶や日用雑貨などの商品に混じって、これまでに関わった展覧会に際して制作された現代美術作品が残されている。店の商品を素材として作られた毛利悠子の作品の前を通り抜け、梯子で地下に降りていくと、栗林隆の作品が現われる。地下に水が溜まったときに、日本列島の形が浮かび上がる作品で、かつて水漏れがあったという地下室に合わせたサイトスペシフィックなインスタレーションである。



松本茶舗地下の栗林隆《Inseln Chaho》(2012)と藤浩志作品[撮影:著者]


一方、同じ通り沿いには、アメリカ合衆国出身のアレックス・クイーンとマイケル・ウォーレンが運営するイヴェント・交流スペース「14-54」がある。十和田市現代美術館も、このスペースにライブラリーを持っている。かたや100年以上続くローカルな店、かたやインターナショナルな移住によって生まれたスペース。この振幅の広さに、これまで十和田市現代美術館がまちで続けてきた活動の積み重ねが感じられる。



14-54[撮影・提供:Alex Queen]


2月から拠点を十和田に移したことにより、こうした目に見える関係だけではなく、金沢にいたときには気づき得なかった、まちとの関係も見えるようになった。例えば、ある保育園の園長先生は、かつて住んでいた一軒家をレジデンス施設として美術館に無償で提供してくださっている。アーティストやスタッフは、このレジデンスに滞在し、設営などを行なっている。2月に開催された保育園・幼稚園の先生方が美術館に集まって行なう合同研修会にも、同じ保育園から多数参加してくださっていた。さらに、この研修会の開催にご尽力くださった別の元園長先生も、個人として来年度の展覧会のまちなか会場を提供してくださる。こうした関係性も10年以上にわたる美術館の活動を通じて築かれてきたものだろう。



14-54内 十和田市現代美術館ライブラリースペース[撮影・提供:Alex Queen]



青森のアートシーンの今後


現代美術館は同時代の作品を対象とするにもかかわらず、常設のコレクションは時間の経過とともに同時代から離れていってしまうという課題を本質的に持っている。来年度は、開館以来初めて、新たに作品を追加することも視野に入れ、コレクションの拡充に努めたい。

4月から、Arts Towadaグランドオープン10周年を記念した企画展「インター+プレイ」を開催する。まちも美術館であるというArts Towadaの理念を大切にし、美術館の展示室内だけでなく、美術館前の広場には鈴木康広の、そして、まちなかの建物には目[mé]の作品を展開する。来年には、藤本壮介設計の地域交流センター(仮称)が、美術館のある官庁街通りと中央商店街との交差点に開館予定であり、美術とまちの関係がより強化される契機となるだろう。

また、青森県という地域に視野を広げれば、4月には、弘前に田根剛設計による弘前れんが倉庫美術館が開館し、来年には八戸市新美術館も開館予定である。青森県立美術館青森公立大学国際芸術センター青森(ACAC)とも連携し、海外を含む遠方からも訪ねてもらえるようにしていきたい。

この「artscape」には、2007年より「学芸員レポート」と、それを引き継ぐ「キュレーターズノート」を書いてきた。石川県から青森県へ拠点を移すことに伴い、この連載も今回が最後となる。これまで読んでくださった方に、お礼を申し上げたい。4月以降は、『すばる』という紙媒体に移って、今後も3カ月ごとに、見た展覧会についてご報告してゆく予定である。

十和田市現代美術館

住所:青森県十和田市西二番町10-9
公式サイト:http://towadaartcenter.com

金沢21世紀美術館

住所:石川県金沢市広坂1-2-1
公式サイト:https://www.kanazawa21.jp