キュレーターズノート

物語を紡ぎ、文化の変容に立ち会う──四国の二つの展覧会より

橘美貴(高松市美術館)

2020年03月01日号

今回は四国内での二つの展覧会を紹介しつつ、物語をモチーフにした作品に着目する。地方で展示される作品において、物語はどのような役割を持つのだろうか。作品と鑑賞者の間に物語を置くことによって、鑑賞者は物語の要素を読み取ろうと一歩引いた客観的な立場から作品を見ることができるかもしれない。また、地域に根付く物語を主題にしたものは鑑賞者が親しみやすく、意図が伝わりやすいということもあるだろう。この冬、高知と徳島で開催された展覧会でもそのような作品が見られた。

複数人によって語り継がれる“昔話”

工藤夏海 展示風景[撮影:高橋洋策]

現代地方譚」は高知県須崎市のすさきまちかどギャラリーを主会場にして開催され、今年で7回目を迎える。今回はレジデンスを経た今井麗、佐々瞬、工藤夏海、中山晃子ら4名のアーティストが参加した。ここでは工藤夏海の作品に注目したい。工藤は会場となったギャラリーの旧三浦邸にしまわれていた茶道具などと自身の作品を並べて展示。彼女の作品はプリミティブな風合いを持ち、歴史ある屋敷に眠っていた品々との間にある時間の境界を曖昧にした。古いものと新しいものが入り混じった展示空間で、《新しい昔話》は壁際に置かれた机にそっと置かれている。本作ははじめの1行のみが記された紙と鉛筆のみで構成され、会期中に鑑賞者が少しずつ話を進めていく参加型の作品である。筆者が訪ねた段階で、おばあさんから始まった昔話が猫としらすの戦いを経て、子の代になりさらに転生したところだった。現在進行形で紡がれていく物語を昔話と呼べるのかという素朴な違和感がよぎるが、見ず知らずの者によって付け足されていく本作は、多くの語り手たちによって語り継がれるなかで形を変える昔話の生成過程に近似している。実際にどんな人たちがつくり手(語り手)になったのかわからないが、内容や筆跡から老若男女混じっていたようだ。不特定多数の来場者による物語といっても、須崎は高知のなかでも太平洋に面し、本州からのアクセスはそれほど良くない地域であるため、物語の主なつくり手は自ずと近隣の住民、同じ文化圏内の人々になり、内容には地方の色が濃く現われたことだろう。実際に物語には筆者には聞きなじみのない単語がいくつか出てきた。最後には物語がつくり手たちがそれぞれ背景に持つ文化の集積となって残される。

また、部屋の中央に置かれた三体の人形を使って、その場だけの人形劇を始めることもできる。展示に先駆けて行なわれたレジデンス中に工藤は観客を巻き込んだ即興の人形劇を行なったというが、人形劇はその場限りの物語で、同時にいる人にしか共有されず、記録しなければ消えていく。私たちはあったかもしれない無数の物語を知ることはできない。《新しい昔話》も人形劇のための人形も、工藤が用意したのは作品でありつつ、展示が始まると新しい物語を誰かが生み出すための装置として機能し始めるのだ。

工藤夏海 展示風景[撮影:高橋洋策]

地方文化の忘却・衰退への危機感

次に紹介する徳島城博物館で開かれた展覧会「芸術ハカセは見た!」は、金藤みなみ、堺友里、パルコキノシタの3名の現代アーティストがグループ「無知夢中」として開いたものである。3人は徳島出身という共通点を持ち、パルコの「現代アートに触れる機会が多くない地元・徳島で現代アートの展示を行ないたい」という声かけで結成・実現したという。

展覧会の発起人であるパルコは、失われていく文化の継承をテーマに、四国に伝わる狸の伝説をモチーフにした《阿波狸合戦絵巻》などを展示した。《阿波狸合戦絵巻》では横長の大きなキャンバスにモノクロで狸たちの戦いの様子が描かれている。四国には狸にまつわる伝説が多く残されており、なかでも阿波狸合戦は1939年に同名のタイトルで映画化され、1994年公開の『平成狸合戦ぽんぽこ』ではモデルの一部になるなど、有名なもののひとつである。本作の前には五つの遊山箱をモチーフにした作品とワークショップでつくった狸の人形も並べられていた。遊山箱も徳島に伝わるもので、桃の節句などで子どもたちが出かけるときに持った重箱だ。

パルコキノシタ《阿波狸合戦絵巻》(制作途中)

パルコが失われていく文化に思いを抱くようになったのは東日本大震災がきっかけだったという。多くの作家が東日本大震災を契機に活動を変化させたなか、パルコは阪神淡路大震災を経て抱いた無力感を克服するように、東日本大震災後、被災者に寄り添う活動を続け、移住した。そして東北で生活するうちに地方文化の忘却・衰退に危機感を覚えたという。災害による環境の変化によって、牡鹿半島をはじめ東北地方で築かれてきた文化を伝える人々がいなくなりつつある。人がいなくなって失われるのはモノとしての文化財だけではない。それらの核となる信仰や文化そのものも危うくなるのだ。このままでは急速な風化が進むことが予想され、文化の喪失は東北全体の問題となっている。パルコはその状況を目の当たりにして危機感を抱き、今回の徳島での展示にもつなげた。

徳島には、阿波踊りに代表されるように豊かな伝統文化がある。しかし、注目を浴びる文化がある一方で、とても多くの文化が忘れ去られていく。なかでも口承によって受け継がれる伝説などの文化は、そこに住む人がいなくなってしまうとすぐに消失してしまいかねない。阿波狸合戦は比較的よく知られた伝説であり、すぐに失われるとは考え難いが、四国に眠るほかの狸伝説はすでに失われつつあるという。モノとして残れば、博物館などが展示して伝え続けることができるが、語りの文化はそうもいかない。パルコはこの点に、アーティストの存在価値を見出したという。会場となった徳島城博物館は徳島の歴史や伝統文化に関するモノを中心に展示を行なう博物館であり、パルコがモノだけを拠り所としない文化に着目している点で良い対照を成している。

語り直す方法の多様さ

《阿波狸合戦絵巻》の奥に釣り下がった赤い笠のようなものは金藤みなみによる《金藤みなみの鉢かづき姫》のインスタレーションだ。笠だと思ったものは昔話『鉢かづき姫』で姫が被っていた鉢で、鑑賞者はその下に座って姫になりきることができる。『鉢かづき姫』については諸説あるが、徳島の民話としても親しまれているそうだ。金藤はほかにも鉢かづき姫と河童を合わせた《河童としての鉢かづき姫》やシェイクスピアの『じゃじゃ馬ならし』を題材にした映像作品《金藤みなみのじゃじゃ馬ならし》などを出品した。ステイトメントにあるように彼女の作品やパフォーマンスは「その性質上、身体の交換不可能性を内在し強調しつつも、同時に『全く違う立場の役にあっという間に変身すること』が可能なもの」であり、彼女の作品は作家自身や鑑賞者が物語の役を纏うことで成立する。一見、鑑賞者が物語に没入していくかたちだが、その一方で物語としての情報を見つけようと、客観的に作品と向き合うことになる。

金藤みなみ《金藤みなみの鉢かづき姫》

また、徳島という地方性はないが、堺友里も物語をモチーフにした《未来の恋人たち》を展示した。本作も『じゃじゃ馬ならし』をモチーフにしたもので、この戯曲をLINEの画面で展開させている。障子に立てかけられた二つのモニターにLINEのトーク画面が映し出され、二人の主人公キャタリーナ(ケイト)とペトルーチオがトークしている。画面の上部にはそれぞれ「ペト♥」「ケイト♥」とトーク相手の名前が出ている。ペトが「こわがらなくてもいいよ、ケイト」午前2:49、「おまえには指一本触らせやしない」午前2:50、「相手が百万人だろうと大丈夫」午前2:50と1分たたないうちにメッセージを送信すると、ケイトが頬を染めたウサギのスタンプを午前2:50に送信する。いわゆるバカップルの深夜テンションの会話はこのような感じだろうか、と冷めた目で見てしまうやりとりだが、二人のリアルなトーク画面を覗き見するように眺め続けてしまう。モニターにつながれたイヤホンから流れるさだまさしの「関白宣言」と西野カナの「トリセツ」が二人の盲目の関係をさらに強調する。そこには堺が自身の過去の失恋を作品化した《恋》にも通じる盲目の恋の恐ろしさや痛々しさがある。

堺友里《未来の恋人たち》

堺は本作において戯曲での人々の軽快なやりとりをLINEに置き換えて現代化した。メッセージが打ち込まれる間の時間からは二人の心理を読むことができ、彼らの身振りや表情が伝わってくる。画面上だけでのやりとりは、現代化したシナリオによる演劇よりも、より現代的な表現方法かもしれない。

文化のリノベーション

今回は物語をモチーフにした作品を取り上げた。「無知夢中」の三人のアーティストたちの作品は、既存の物語をモチーフにしつつ、何かを切り捨て、付け加え、言い換える作業を経て作品化されたものだ。パルコはこの過程を文化のリノベーションと呼び、文化の継承に必要な作業だとする。はじめに紹介した工藤の作品は装置としての機能を持ち、鑑賞者は物語を紡ぐという行為を通して自身の持つ文化の痕跡を残していく。残された物語は文化の欠片の集積であり、これもまた一種のリノベーションと言えるだろう。それぞれ、物語を取り入れることによってその背景にある文化に光を当て、新しい物語(文化)の可能性を示す。私たちは作品を通して文化が変容するさまを垣間見ている。



現代地方譚7「食の間(タベルノアイダ)」

会場:すさきまちかどギャラリー/旧三浦邸(高知県須崎市青木町1−16)ほか
会期:2020年1月18日(土)~2月16日(日)
公式サイト:http://airsusaki.machikado-gallery.com/

芸術ハカセは見た!

会場:徳島城博物館 和室(徳島県徳島市徳島町城内1-8)
会期:2020年1月9日(木)〜1月24日(金)
公式サイト:https://www.city.tokushima.tokushima.jp/johaku/moyoushimono/R02_Dr_Arts.html